第八章 信じてくれ!

第三十六話 ちょうどよいところに

 数日後、昼下がりの静かな喫茶店。倉田と倫典が喫茶店で向かい合って座っていた。

 目が細いウエイターがメニューと水、おしぼりを置いて、にっこり微笑んだ。どうやらウェイターは倉田を知っているようで深く会釈した。


「今限定で里芋のグラタンを出しておりますので、よろしければどうぞ」


 ウェイターは去って行った。

 二人の話題はすぐに倫典が切り出した内容へと戻る。


「……そりゃ三葉さんが信じられないのも無理はないですよね。普通、夜に男女が二人きりで部屋にいて、何もなかったって言われても……」


 倉田は彼から全ての経緯を聞いた上で、ため息をついた。


「そうだな。普通は、そう思われるだろう」

「倉田さんもそう思いますよね?」


 倫典が同意を求める。倉田は水を一口含んだ。


「……まあ、一般的な男性なら、そうかもしれない。私自身はどうか分からないが……。ただ、三葉さんから連絡がないというのも気になるな」


 倫典は頷く。

「僕のところにも全然連絡ないんですよ。あの夜、家まで送って行ってから……まったく」

 倫典はしょんぼりと肩を落とした。



 その後、二人は里芋のグラタンを頼み、フーフーと冷ましながら一口ずつ食べる。倫典は熱々のグラタンを口に運ぶ。


「三葉さん、しばらく体調悪かったし……仕事は行ってるみたいだけど大丈夫かなぁ。もう僕、有給も使い切っちゃいましたよ」


 倫典がため息をつきながら続ける。

「実は……三葉さんのことが心配で、有給使って無理やり時間を作ってたんです。それでも、気に入ってもらいたくて」


 その言葉を聞いた倉田は、思わず吹き出して笑ってしまった。

「何笑ってるんですかぁ、倉田さん!」


 倫典が少し怒ったように言うが、倉田は笑いながら首を横に振った。


「いや、君には敵わないなと思っただけだ。そこまで熱意を持てるのはすごい」

「……バカだと思いますよね。自分ながらも……付き合える保証なんてないのに」


 倫典が自嘲気味に言うと、倉田は真剣な表情で言った。


「いや、そうじゃない。君のその熱意には負けた。それだけ、三葉さんのことが好きなんだろう?」


 倫典は少し赤くなりながら、グラタンをつついた。

「……ん、てことは」


 倉田は優しい目で倫典を見つめ、静かに言った。


「いやー私もあと少し若かったらグイグイいけたけどなかなかです」

「て、ちゃんと言ってください。三葉さんのことは」


 倫典はしっかりとした答えを聞きたかったようだ。

 倉田はやれやれと

「負けです、わたしの。三葉さんを支えられるのは君だ」


 と倫典に言うと倫典は顔を真っ赤にした。

「私もできることはサポートします。このままだと倫典くんでさえも信じてくれるかわからない。わたしが倫典くんの恋をサポートします」

「ふえっ?!」

 口から里芋を落とした。


「一応わたしはこれでもお寺でお見合いパーティを何百回もやって成婚率も高いです」

「どんだけあんたのところビジネス広げてるんだよ……墓といい、仏壇に婚活とか」

「遺骨ジュエリー、幼稚園経営、雑誌創刊……やりたいことはなんでもやります」


 二人は談笑しながら食べながら、会話を続けた。温かい料理の香りが、少し重かった空気を和らげていくようだった。


 カランカラン


 大きく店のチャイムがなって倫典は玄関先を見た。

「こら、美守! 静かに開けなさい」

 そこにはとある親子が。美守と呼ばれた子供はカウンターから出てきたマスターに頭を撫でられていた。


 倉田がまず立った。

「美帆子さん」

「あらー、倉田さんに……倫典くんじゃない」




 この店は美帆子の現在の夫が営む喫茶店である。

 美帆子はその店の上で女性相談をしているとのこと。

 そして倉田とは経営者としての仲であり、美帆子は倉田を三葉を紹介した。


 二人の席に美帆子たちも座った。

「この人誰ー」

 倫典をじーっと見る美守。

「ママの知り合いです……」

「ふぅん」

 少し愛想が悪いようだ。


「美守、赤ちゃんの頃会ったんだけどね、覚えてないか……今日は小学校早く終わって給食まだ食べていないから」


 そこに先ほどのウェイターが鉄板オムライスを二つ持ってきた。

 そんな美味しそうなものあるの? とどうやら里芋グラタンは倫典は微妙だったらしく、ぐつぐつと美味しそうな匂いがするオムライスに目を輝かせる。


「美帆子さん……ちょうど良かった。お話ししたいことが」

「僕もです」

 倉田に乗っかるように倫典と前のめりに。

 急に二人の男に言われた美帆子はオムライスをつっつこうとしたのに体を引っ込めた。


「何よ……二人してぇ」

 



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