第七章 ちゃんと話したい

第三十一話 ショック二連発

 集まった供物を前に川本の奥さん房江が目を細め、

「毎回ね、処分しているのよね……本当に勿体ないけど」

 と呟くと、隣の川本が

「酒は飲みたいなぁ」

 と箱の中にあるビールや焼酎を見ながらぼやいた。房江はすかさず

「バカ!」

 と一喝し気まずそうに謝る。なんとなくこの夫婦の力関係が見て取れる。


 そんな場の中、三葉の前には、かつて大島と親しかった女性、館彩子が立っていた。彩子は少し緊張している。

「彩子先生もいつもありがとうございます……」

 という三葉の挨拶に応え、

「いえ、大島先生にはいつもお世話になってましたし」

 と微笑む。


 どうやら三葉と彩子は以前から交流があったらしい。

 スケキヨは、

『な、な、なっ……なんで彩子先生がここに?』

といますぐにでも逃げたい気持ちだが猫で良かったというのもある。

 隣にいる噂話を耳にした湊音や、倫典の微妙な表情に気づく。震えながらもスケキヨは

『……お前ら、あれは誤解なんだ……てか彩子先生が三葉は以前どんなふうにあったことがあったのか??』

 と内心で焦り始める。


 その時、彩子がスケキヨに目を留めて、

「あ、この猫ちゃんが大島先生が助けた猫なんですね。可愛い、パンダさん」

 と微笑む。三葉が

「パンダに見える? スケキヨっていうのよ、わかる? ミステリー映画のキャラなんだけど」

 と説明すると、彩子は

「んー、わからないです」

 と首をかしげる。


「そうよね、世代が違いすぎますもの、ほほほ」

 と三葉が笑うと、二人の間に微妙な空気が流れ、スケキヨはますます震え上がる。

 誤解を解かねばと思いつつも、彼は身動きできずにその場にいることしかできなかった。


 三葉は倫典にいったんスケキヨを預けた。段ボールに入った花束やお酒などを一つ一つ見る。

「念のため三葉さん、手袋を」

 と湊音がゴム手袋を三葉に渡した。


 色んな花、お酒、お菓子、タバコ。三葉は一眼見ただけでこれらは大島が好んでいたものではない。だがそれを正直には言えない。


「先生ありがとう」

 などと手紙が書いてあるものもあった。三葉は一つ一つ目を通した。


 三葉は手を止めた。

「……」

 三葉は絶句した。

「どうしたんだい……三葉さん」

 倫典に抱かれたスケキヨも気になる。

 倫典が手前にある大きな花束についていた手紙を見る。


「……あの医師がいた病院から……?!」

 轢き逃げ犯の濱野が務めていた不妊治療センターの病院からの花束だったのだ。

「……なんだとっ!!」

 スケキヨも信じられない様子だ。


 三葉は首を横に振る。代わりに彩子が答えた。


「……何度もここの病院からの献花はありましたよね。月に一度月命日に置かれてました。病院の関係者の誰がいつ置いたかわからなかったけど」

 場が静まり返る。


 すると湊音が


「ごめん、黙ってるのもアレだったが……学園長と僕であの……大島先生を轢いた医師が病院の代表として花を持ってきて置いたのを見たことがあった。他の人に聞くと毎月。もちろんまだ捕まる前だ」


 三葉は両手で顔を覆い、沈黙の中で肩を震わせた。その様子に場の誰もが言葉を失った。スケキヨも……。


「私もそれを聞いて一度病院に電話したんです、でも濱野先生は診察中で出られないと。もしかして自分が轢いたことを隠して毎月……花を供えてたのね……」


 倫典は

「まさか、そんな風に偽善を重ねていたなんて……酷い話だよ。花を置いておきながら、ずっと真実を隠していたなんて」


 三葉は深く息を吸い、手を下ろすと、かすかに震える声で言った。

「それでも……彼はそのたびに、私たち遺族の前で偽り続けていたのね。死んだ和樹さんに対しても、残された私たちに対しても」

 すると彩子が三葉の背中をさする。その時だった。


「彩子先生、奥さんに触らないでちょうだい」

 房江がすごい剣幕でそう言ったのだ。エッとした表情の彩子。三葉はなぜ? と。


「……彩子先生、一緒にボランティアで活動してくれたのはありがたいけど、どんなお気持ちでされていたのかしら」

 その言葉に倫典、湊音、スケキヨはもしかして……と心がざわつき湊音に関しては後退りしてる。

 彩子は俯いた。


「よしなさい……」

 川本さんが宥めるも房江は止まらない。

「うるさいわね、湊音先生も学園長も知ってるでしょ! 彩子先生が転勤してきたのも前の学校で男性教師たぶらかして人間関係ぐちゃぐちゃになったとか? 噂は早いわよー」

「そ、それは……噂でして」

 学園長も少し取り乱しながらも反論するが……。


 スケキヨはその噂は聞いていた。

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