第三十話 献花
ナミと大聖夫婦が一週間ほど近くのホテルで過ごすことになり、今日はホテルでナミが静養する予定だという。
「後輩と連絡が取れたら、明日以降お会いしたいと伝えてください」
「分かったわ。明日なら休みだから……それ以降は夜でいいかしら」
三葉はそう返し、ナミと大聖夫婦を先に見送り、警察署を出ようとしたとき、ちょうど茜部刑事が声をかけてきた。
「三葉さん、実は…最近、三葉さんの住んでいる地域で窃盗や強盗事件が増えているんです。念のため注意をお伝えしにきました。犯人はまだ捕まっていないので、くれぐれもお気をつけください」
「そうなんですね…気をつけます。ありがとうございます」
三葉は不安を覚えつつも、気を引き締める必要があると思い、署を出て外に出ると、営業帰りらしい倫典が車で迎えに来ていた。
「三葉さん」
倫典がにこやかに声をかけ、その笑顔に三葉はほっとした気持ちになった。
「じゃあ、まっすぐ帰りましょう。遅くなると倉田さんにまた『フェアじゃない』って言われますからね」と、冗談めかして倫典が笑う。
だが、三葉は少し考えた後、
「実は行きたいところがあるの」
と話し、倫典も快く引き受けることに。
まず自宅に寄り、再び戻ってきた三葉の腕には愛猫のスケキヨがいた。スケキヨはキョトンとした顔で周囲を見回しつつも、倫典の車に乗り込んだ。
「スケキヨ、体調が悪いんですか?」
「いいえ。ただ、和樹さんの高校に行こうと思って…ついでに、この子をもらったところに行きたいの」
「了解です! 実は僕も行きたかったんですよ……湊音もいるし。多分この時間だと部活動の時間かなぁ?」
倫典は車を走らせた。道中、スケキヨは
『三葉、倫典を少し使い過ぎかも』
と思ったものの……これをきっかけに色々と問題を抱えた高校にも行けるしいいか、と。
高校の近くに差し掛かると、ちょうど事故現場の前の道路にたくさんの花が供えられているのが見えた。信号で車が止まったため、自然と目がそこに向く。
「やっぱり、犯人が捕まったからいつもよりたくさん花が供えられているのね……」
と三葉がポツリと漏らす。
「事故現場の献花は、剣道部の方々や高校が月に一度管理してくれてるわ。私も時々行っているの」
スケキヨも顔を上げ、その多くの花に驚いた様子で、倫典もそれを見て目頭を熱くしていた。
「事故現場に花が供えられているのを見かけることはありますけど……知っている人の場所だと思うと、やはり……」
と倫典が静かに言い、涙をぬぐう姿に三葉も深く胸を締めつけられるようだった。
三葉は静かに話を続けた。
「高校のみんなが街頭に立ってくれて、犯人の目撃情報を集めてくれたり、調査に協力してくれたりしたの。それがいくつもの証拠として積み重なって、最終的に警察が犯人を突き止めたらしいの」
「……一年もかかって……」
「ええ、それでも見つけ出せたのは、犯人……濱野さんが自分で自分を追い詰めたから。事故車を金で業者に修理させて、口止めまでしてたらしいけど……それがかえって墓穴を掘ったみたい」
三葉の話を聞きながら、スケキヨの中の大島は、事故に遭った瞬間をふと思い出していた。車に撥ねられた時の感覚、瞬間的に走った激痛、それがあまりに強烈だったのか、ほどなく意識が遠のいたあの感覚……。何より、そんな事故を起こしておきながら、見殺しにして逃げる濱野の行動が信じられなかった。
『人を撥ねておいて、平然と隠すなんて……ありえないだろう』
スケキヨの体が、怒りで震えた。
車を駐車場に停めると、学園長の女性がちょうど出迎えに現れた。倫典は初めて彼女に会ったため、その美しさに少し見惚れてしまう。彼女は美月に似た端正な顔立ちで、気品を漂わせる魅力を持っていた。
その様子を見たスケキヨは、三葉に一途であることもあって、倫典の反応に軽く
『おいおい』
と心の中でツッコミを入れていた。
学園長は穏やかな笑顔で三葉に向かい、丁寧に頭を下げた。
「いつもお世話になっております。この度は、犯人が無事に見つかってほっとしましたが……まだまだお辛い時期でしょう」
その気遣いに満ちた言葉に、三葉は抑えていた感情が溢れ、目から涙がこぼれ落ちた。きっと彼女はこの場に来るまで、心の中で耐えていたのだろう。学園長は優しく三葉の肩に手を置き、そっと寄り添っていた。
「可愛い猫ちゃん……おとなしいけど凛々しい顔してるわ」
と学園長が優しくスケキヨを撫でる。とても気持ちよく慣れた手つきだ……気持ち良いとうっとりする。だがスケキヨは知ってる。学園長はかなりのドS、猫に対してはこんなに優しいのか……と思いながらも意外な一面をこんな時に知るとは思わなかっただろう。
そこに湊音がやってきた。段ボールを乗せてきたが花がたくさん……献花として置かれた花たちだろう。
「三葉さん! って倫典何でここにいるんだ」
湊音は相変わらずぶっきらぼうだが三葉に対しては礼儀は良い。三葉の腕にいるスケキヨをみると少し微笑む。
「三葉さんがここに用事があって……それって」
「ああ、たくさんあって生徒が通るので一部取りに行ってました。今順番に他の先生やボランティアの生徒が運んでます」
「すいません……私も手伝います」
と三葉がスケキヨを倫典に渡そうとすると倫典は首を振って自分が、と。
「よかったら僕の車の後ろ今空いてるので運びますよ」
「ありがとう。でもほとんど処分したり、持っていってもらったり……でも本当にありがたく思うけどやっぱり処分するのが多いわ。特に今日はたくさんあるでしょう……スケキヨは川本さんに一旦預けて私も手伝います」
倫典は三葉からスケキヨを受け取る。すると遠くから
「おーい三葉さん!」
川本夫妻がいた。彼らも学校のボランティアとしても活動をしていたのだ。
そして川本夫妻の後ろからももう一人女性が。それを見たスケキヨはゾゾゾっと毛が震えたった。
「どした、スケキヨ。寒いか?」
倫典がスケキヨを撫でてやると隣にいた湊音が倫典に行った。
「……倫典、あの女が大島さんの……愛人と噂の」
スケキヨは発狂した。
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