第二十九話 味方

 三葉と倫典が部屋を出て、再び静寂が戻った空間で、スケキヨはただじっと待っていた。しかし、待つ間にふと、気になることが頭をよぎる。


『そういえば最近、三葉はパソコンに向かうことが多かったなー』


 以前の三葉は、パソコンどころかスマホさえほとんど見ない人だった。

 連絡も最低限で、仕事を家に持ち帰ることはほぼなく、料理や家事をこなしながら二人の時間を大切にしていた。そんな彼女が、何かに取り憑かれたようにパソコンの画面に向かう姿を思い出した。


『まぁ、気のせいかもしれないな』

 と自分に言い聞かせるように、スケキヨは気持ちを切り替え、置いてあった爪研ぎへと向かう。まずは両前足を伸ばして軽く背伸びをし、爪をぎゅっと立てて引っ掻き始めた。カリカリと心地よい音が部屋に響き、少し気持ちが落ち着く。


 続いて、ふさふさの尻尾を軽く揺らしながら周囲をぐるりと見渡し、三葉の帰宅を待ちながらいつでも飛びつけるように身構えている。やがてソファの端に飛び乗り、そこに丸くなって寝転がると、しばらくそのまま目を閉じ、音に敏感に耳を立てつつ、彼女が帰ってくる気配を待ち続けた。







 倫典に警察署まで送ってもらった三葉は、彼の

「今日は仕事で営業中だから、何かあったらすぐ連絡して。駆けつけますから」

 という言葉に軽くうなずき、彼を見送った。周囲を見渡すと、別の入り口には報道陣がカメラを構えて待ち構えている。意識しないよう努めつつ、三葉は入り口へと向かった。


 警察署内に入ると、待ち受けていたのは刑事の茜部だった。

 三葉は一瞬彼を見て驚いた。なぜなら夫の体格に似て筋肉質だった。

 だがそれは夫ではない……。


 彼の案内で進むと、すでに部屋の中には大島の妹・ナミとその夫・大聖が来ていた。三葉が姿を見せるやいなや、ナミは立ち上がり、大聖に支えられながらも歩き、そして三葉に抱きついた。


「三葉さん!」


 三葉も優しく彼女を抱きしめ、

「よく来てくれたわ」

 と応じる。大聖も深々と頭を下げ、ナミの肩を優しく支えている。


「僕自身もよく分からないことが多いのですが、茜部さんがいろいろと教えてくれるそうです」


「ええ、私も……。でもナミさんと大聖さんがいるだけで本当に心強いです」


 しばらくして、茜部が穏やかな口調で説明を始めた。

 轢き逃げから約一年が経ち、ようやく犯人が捕まった状況について、これまでの捜査の経緯や犯人の供述について話が進んでいった。茜部はできる限り事実を丁寧に説明し、今後の手続きについてもわかりやすく伝えてくれる。


「これから、犯人は取り調べを受け、裁判に進む予定です。もしも希望されるならば、裁判に出廷していただくこともできます。犯人に対して、意見陳述という形で皆さんのお気持ちを述べる場も設けられるかと思います」


 茜部の言葉に、ナミは深くうなずき、涙ながらに小さく

「伝えたいことがたくさんあります」

 とつぶやく。三葉も同じ気持ちで、家族としての思いを告げることの重みを感じながら、ナミの背を優しくさすった。


 さらに茜部は、民事での損害賠償請求についても説明を加えた。

 刑事裁判とは別に、民事で訴えを起こすことができること、もし希望するならば法律の専門家と相談しながら進めていけると話してくれる。


「私たちがサポートできることは何でも協力しますから、いつでもご連絡をください。被害者支援団体ともつながっているので、心のケアや生活の支援などもサポート可能です」


 その言葉に、三葉たちは少し肩の力が抜けるのを感じた。


 最後に茜部は、今後の流れを再確認し、何か不安なことがあればすぐに相談できることを約束して部屋を後にした。


 静寂が戻った中、三葉とナミ、大聖は互いに見つめあった。


「……やることはたくさんあるけども少しずつ……私が中心になってやっていくからナミさんたちが北海道に戻ってもスムーズに勧められるようやっていきましょうね」

「はい……少し色々聞いてたら疲れちゃいましたね」

「大丈夫? 水をしっかり飲んで」

 ナミの顔色は良くない。これだと彼女が裁判に耐えれるようなものではない。

 三葉は自分が代わりになんとかしなくては……と。


「あ、三葉さん。そういえば……こちらに寄ったついでにあれですけど」

 と大聖。

 三葉はそうだわ、と何かを思い出して大きな封筒を彼に渡す。


「一応メールでも送ったけど実物も渡しておくわ。お願いします」

「いえ、こちらこそ。あれだけの文章……本当に後輩もすごいと言ってました。すぐにでも……! と」

「拙い文章ですが……また今日のことも纏めたらメールで送りますわ」

「助かります」

 三葉はホッとしてた。

 彼女は大聖の大学時代の後輩である大手出版社の編集者から今回の夫の轢き逃げに関して手記を出さないかと言われたという。

 最初はナミに、と頼まれたが自分では……と。その代わりに三葉が書くということになった。

 だから彼女は日頃から思いをパソコンに打ち込んでいたのだ。


「わたしも読みました……兄の死が報われます。これはもしかしたら裁判とかでも有利かなるかしら」

 とナミ。大聖は頷いた。

「まぁ有利というか味方をつけるって感じかな。メディアの関心も引くだろうし」

「ありがとう、でも犯人が捕まってしまったから……どうなるのかしら」

「そうですね、後輩からの返事を待ちましょう」


 三葉はふぅ、とため息をついてスマホを見た。

「三葉さんお疲れ様です!いつでもお待ちしてます!」

 倫典からのメールだ。


 そして

「三葉さん、今夜はもしお会いしたいのであればまた連絡ください。無理に会わなくても大事ですよ」

 と倉田からのメールも。


 そっとスマホの電源を切った。

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