第二十八話 自分がいなくても

「お、おかえりなさい、三葉さん!大丈夫ですか?」

 倫典が慌てて声をかけ、顔を真っ赤にしながら心配そうに近寄った。


 倉田も少し視線をそらし、咳払いをしながらも

「リラックスできましたか?」

 と、声をかけた。


 三葉はにっこりと微笑んだ。

「ありがとう、ふらっとすることもなかったしゆっくりできました」

 と、感謝を伝えた。しかしその無防備な微笑みがさらに二人の心を揺さぶる。


 スケキヨはそっと三葉のそばに寄り添った。


 倫典が台所に行きお茶を持ってきた。

「お風呂上がりはちゃんと水分取らないと」

「ありがとう」

 と微笑んだ。その姿にスケキヨは

『……三葉、姫扱いだな』

 とその様子を見ている。こんなにも周囲の男性たちから尽くされているのを見ていると、彼女がいかに二人から愛されているかを改めて感じさせられる。少し悔しさがある、スケキヨ。


「今日はゆっくり寝てください。朝、迎えに来ますから。それとスケキヨの水もセットしておきますね」

「本当に色々とありがとう、助かるわ。倉田さんも来てくださって、心強かったです」

 と三葉が感謝すると、倉田はスケキヨを撫でながら

「いえいえ、明日は色々と大変でしょうから、また何かあれば夜でも駆けつけますよ。明日の朝はこの倫典くんに託しておきますから」

 と軽く倫典の背中を叩いた。






 そんな二人が帰った後、ようやく三葉と二人きりになったスケキヨ。三葉はため息をつきながら、

「もう、二人して過保護すぎるのよ」

 と笑い、ふと視線をスケキヨに。

「まぁ、和樹さんもいたらもーっと過保護だったかなぁ。ねぇ、スケキヨ」


 スケキヨはニャーと返事をした。

『俺だって心配だよ』

と。


「さてさて、早く寝ないと、またあの二人が心配するわね」

 と、三葉がベッドへと向かい、スケキヨも布団の中に入る。


 三葉がすぐ寝てしまったのだがスケキヨはなかなか眠れなかった。

 貧血で倒れたばかりの三葉に、事件のことや今後の流れを話すことが負担になるのではないかと気になってしまう。

 さらには、遠く北海道からやってくる大島の妹・ナミのことも心配だった。体調が安定しないナミと彼女の夫がどんな状況でここまで来るのか、無理をしていないかがスケキヨは心配していたのだ。

『三葉、こんなことになるとは思わなかったな……でも周りの人たちがいい人たちでよかったよ。俺が何もできないからよ』





 翌朝、三葉はリビングで警察からの手紙を見つめていた。


 スケキヨはすりすりとすり寄るしかない。


 すでに倫典も来ていた。



「三葉さん、大丈夫ですか?」 

 と心配そうに尋ねる。


「ありがとう、倫典くん」

 とお礼を言いながらも、三葉は少し疲れた顔で手紙を指し、

「これからのことを考えると不安が消えないの」

 と話した。


 倫典はそっと彼女の隣に座った。

「犯人の取り調べや裁判の過程がどう進むか、不安も多いと思いますが、何か質問があれば僕が警察と相談してみます。あと、裁判が始まったら、意見陳述の場もあるかもしれません。ご希望があれば、伝えたい気持ちを裁判で述べられるように準備しましょう」


 三葉はうなづいた。

「意見陳述……そうね。どれほど大切な存在を失ったかを伝えることができれば……」


「裁判の判決に納得がいかなかったら、検察官に控訴を検討するよう話すこともできると思います。もちろん、三葉さんの意思を尊重しながら、できるだけのサポートをします。知り合いの弁護士もいますから」


「ありがとう、倫典くん。こんなにも頼りになる存在がそばにいることに、本当に感謝しているわ」


「刑事事件とは別に、民事の賠償請求も可能だと聞いています。そちらも考慮して、三葉さんが納得できる形に向かって進んでいきましょう」

 と提案した。


「今はまだ気持ちの整理がつかないけれどね……」


 倫典がここまで詳しいとは……スケキヨは感心した。自分だったらここまでできたのだろうか……いやするつもりだが……と思いながらも。

「ちょっとメモするね。色々とまとめたいから」

 と三葉はパソコンに行った。

「そうです、心情とか思ったことを吐き出すことが1番ですよ。僕も恩師を失った気持ちとして……あ、湊音……とくに湊音も自分の父親以上に大島先生を慕ってました」

「そうね。……湊音くん、大丈夫なの?」

 ああ、湊音か。スケキヨは彼と彼が自分の代わりに担当するであろう剣道部のこともまた気になり始めた。


『ああああああ!!!!』

 スケキヨは暴れた。


「スケキヨ? どうしたの? 痒いの?」

『心配しなきゃいけないことが多すぎる!!! 死んだ自分が何もできないのが辛い!!!』

 とのたうち回っていた。

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