第二十五話 坊ちゃんの恋
「無事で何よりでしたわ……」
「本当ご迷惑をおかけしました」
三葉は病院の入り口で看護師の前で頭を下げる。
「よかったよ……もし僕が戻ってなかったら」
と隣にいたのは倫典であった。彼は食事会がお開きになったあと、車の鍵が見当たらず倉田を見送った後に三葉の元に戻ったのだ。
スケキヨもなんとかして倫典を部屋に入らせて、倒れた三葉を助けて欲しかった。
唯一できるのは壁際のインターフォンのみ。スケキヨの体を信じた。猫の身体能力と言うものを。うまく椅子を使ってそれでも高さが足りないが思いっきりジャンプをしてマンション入口と部屋の鍵を開けることに成功した。
2回ほどジャンプしてその2回で2個のボタンを押した。
大島はかつて鍵は鍵で開けるものだ、電子制御……パネルで入り口はいいとして玄関の鍵が開くのはおかしいと思っていたものだが三葉に説得されてオプションとして取り付けた。もちろんその分お金は取られるためそれも悩んだが快諾した自分と決めた三葉に大感謝するしかなかった。
「ほんとう、そうね。ありがとう倫典くん」
三葉は警察からの手紙で大島を轢いた犯人が捕まった知らせを知ってショックか何かで倒れてしまったのだ。
だが実際は睡眠不足と貧血であった。
「心当たりはありました。ここ最近忙しかったのと寝不足で……気をつけます」
「そうよ、無理もしちゃダメよ……あ、坊ちゃん」
と倫典をそう呼ぶ看護師。三葉を連れて行ったのは倫典の家族が経営する病院。どの人も医者ではない倫典のことも坊ちゃんととりあえず呼ぶのだ。
「お連れの猫、看守さんの部屋にいますからね」
そう、スケキヨは三葉が心配であった。なんとかして助けに入った倫典だが入ると倒れている三葉を発見したのだが狼狽すぎてるうちに三葉が目を覚ましたのだ。
そのあと2人で車で病院に向かうと言うのもありスケキヨはなんとかして倫典の体にしがみつき車に乗ったものの、やはり病院には猫を連れて行かなかったため倫典は面識のあったベテラン看護師に声をかけてスケキヨを預けたのであった。
「すいません、勝手についてきちゃって……車の中には置いていけなかったから。じゃあ三葉さん、僕がスケキヨ取りに行きます」
「私も行くわ」
「いや、車で先に待っててください。鍵、わたしますね」
とダッシュでスケキヨを迎えに行った。
三葉は看護師にまた頭を下げると
「坊ちゃんにこんな素敵な女性が……」
なんて言われ三葉は赤面する。
「あ、その……」
「坊ちゃんね、色々と苦労してるから……私も話も聞いてたけど変な噂話よりも実際ちゃんと挨拶もしてくれるしちょーっとお調子者かもしれないけど優しい子だからね。大事にしてやってね」
「え、ええ。その通りです」
「あなた年上だから……そのほうが坊ちゃんも楽かもしれんねぇ」
と看護師は去っていった。
「……倫典くんは年下、倉田さんと和樹さんは年上……」
何やら考えているようで。
スケキヨを連れてきた倫典と共に車に入り三葉はスケキヨを抱きしめほっと一安心する。
スケキヨもほっと一安心。
「さてー帰って三葉さんはゆっくり休んでくださいね」
「ありがとう……本当に」
「いえいえー、三葉さんのためなら僕はなんでもしますよ!」
「本当?」
「え、ええ! お任せあれ!」
スケキヨは倫典が頼りになるか心配したが今回の件で少しはましになった気がした。
しかし今の顔を見るとデレデレで調子こいた顔になっている倫典を見てまだ気が抜けない。
「ねぇ倫典君、聞いてもいいかな?」
「はい、なんでも!」
なになに? とスケキヨは聞き耳を立てる。
「……仕事は今正社員なんだよね?」
「そうですよ、少し前までは派遣でしたけど親戚のおじさん……母の兄の奥さんの実家がやってるドラッグストアがうちの傘下に入って。僕そこの創業者の社長さんに子供の時お世話になっててね。よかったら働かないかーって」
「そうなの、しばらくは派遣だったんだ」
「はい……なんでかつかつですけどね」
「ふぅん」
三葉はなにか探っている様子である。
「かつかつって……」
「貯金ほぼないっす。この車も社長からお下がりで。かっこいいでしょ」
たしかに某有名メーカーの外国車で見た目もカッコよく静かな走行音である。
「もらったんだね、ラッキーじゃん」
「うんうん、ラッキー! 僕はとにかくラッキーです」
「ラッキー……」
「だって倒れた三葉さんを助けたんですからね」
と親指を立てる倫典。三葉はそれを見て笑った。
「そうね、ほんと。私もラッキーだわ」
「でしょでしょ、お金もない、キャリアもない、親家族の信頼もない望みもない。でも、ラッキーで生きてきましたから!」
と言い張る倫典。しかしスケキヨは一抹の不安を感じる。
『ラッキーなのはいいが……なぁ』
と顔を上げて三葉を見るが少し苦笑いしてるようにも見えた。そりゃ当たり前だわ、と思いながらも三葉の身体に身を寄せたスケキヨは彼女の鼓動が増し、体温が上がっているのに気づく。
「あ……その、僕も聞いていいですか」
「え、ええ……変なこと聞いてごめんね」
「別に大丈夫です。三葉さんの質問は全部答えます」
「あら、ありがとう。で……なに?」
「……大島先生轢いたやつ……」
三葉は頷いた。
「……そう、捕まった」
「信じられないですよね、三葉さん」
ああ、信じられないさ。
「まさかあの人が……私たちの不妊治療の担当医……だったなんて」
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