第二十四話 軍配

 スケキヨは、倫典の緊張を敏感に察知し、彼の足元でじっとしていたが、突然倉田の目の前に移動して座り込んだ。


「スケキヨっ」

 三葉が呼びかけるが、スケキヨは無視して倉田を見つめ続けている。


 倉田は少し驚いたが、動じずにスケキヨの頭を軽く撫でた。

「三葉さんは強い女性だよ。彼女が自分の道をしっかり歩んでいる姿に魅力を感じている。でも、それ以上のことを考えるのは、まだ早いかもしれない」


「まだ早い……?」

 と、倫典はその言葉に引っかかりながら、スケキヨもじっと倉田を見つめ続けた。彼の言葉にはまだどこかしっくりこないものがある。


 倫典は少し話題を逸らそうと思い、質問を変えた。

「倉田さん、猫を飼っているって言ってましたよね。どんなふうに接してるんですか?」


 倉田はためらいもなく答える。

「うちの猫たちは、霊園の広い敷地で自由に生きてるよ。特別なことはしないけど、ちゃんと世話はしているつもりだ」


「ねえ、スケキヨ」

 と、三葉が笑顔で猫の方を見ながら言った。

「倉田さんに可愛がってもらえてよかったね」


 ふにゃあ、ととりあえず鳴いてみたスケキヨ。


「それにしても三葉さん、本当に料理がお上手ですね。こんな美味しい料理を毎日食べられるなんて、ご主人も幸せだったでしょう」

 倉田が微笑みながら言った。


 三葉は少し照れながらも微笑み返した。

「だと思います……」


 倫典は、そのやり取りを見て焦り始めた。自分は倉田に比べて何も持っていないと感じていた。

「大島先生や倉田さんよりも劣っているかもしれません、でも僕は……僕は……」

 と何かを言いかけるが、肝心な言葉が出てこない。


 その様子を見て、倉田は首を軽く振り、落ち着いた声で言った。

「自分をそんなに卑下しちゃだめだよ、倫典くん。お兄さんたちから色々と聞いてはいたが今日ほぼ初めて君と少し話したけど、そんなふうには思わなかった」


「えっ……」


 その言葉に、スケキヨも心の中で同意する。

『そうだ、倫典は確かに勉強は苦手かもしれないが、ムードメーカーでみんなを楽しませるやつだ。他の兄弟も受けもったがこいつが1番人間味があるぞ! ってもう人間じゃない俺がいうのもあれだがな!!!』


 と冗談も言うが伝わることはなく。倫典は複雑な顔だった。

「……すいません、こんな食事の場で。取り乱しました」

 と、倫典は鼻を啜りながら言った。泣いているのだろう。彼は下を向き、残った麻婆豆腐をかき込む。


「倫典くん……」

 と、三葉は心配してティッシュを渡す。

「ただ鼻水がひどいだけです。麻婆の何かが効いてるかもしれませんね」

 と、倫典は笑った。


「……花椒かな、うむ」

 と、倉田は気を遣いながら倫典の背中をさすった。スケキヨも彼の足元に寄り添い、体をなすりつける。


「倫典くん、スケキヨも……」

 と、三葉が微笑む。

「ほんとだ、スケキヨに倉田さんに三葉さんに……何に慰められてるんだか」

 と、倫典は苦笑した。


 大島は、何度か倫典の家族との確執を聞いていた。結局、問題は解決しなかったし、彼自身もまぁいいやと諦めている節もあった。しかし、卒業後も彼がこれほどまでに拗らせているとは思わなかった。





 そしてこの会もお開きとなり、三葉は二人を見送った。帰り際に、倉田は

「倫典くんとはまた是非ともお話ししたいし……あ、もちろん三葉さんともですよ」

 と言うがどう見ても、今回の軍配は倉田にあった。


『……やはり倉田なのだろうか。三葉と次に一緒にいてくれるのは』

 と、スケキヨは唸る。







 その後、三葉が部屋に戻ると、白い封書を手にしていた。郵便受けに入っていたのだ。昼に届いていたが気付かなかったようである。

「……警察、なにかしら」


 封を開け、内容を読み進めるうちに、彼女の表情は次第に暗くなっていった。


「……」


 スケキヨが彼女の足元に寄り添い、彼女の不安を感じ取った。


「スケキヨ……」

 彼女はそのまま崩れ落ちた。


 スケキヨは彼女のそばに座り、心配そうに見つめていた。

『三葉!!』

 叫んでもニャーしか声が出ない。



 ふと三葉が落とした手紙を見る。


「拝啓 大島三葉様


 この度は、貴方様のご家族がご被害に遭われた事故についてお知らせいたします。


 先日、発生した轢き逃げ事件に関しまして、捜査を進めておりましたが、加害者が特定され、逮捕されましたことをお知らせいたします。逮捕されたのは……」

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