第二十三話 見守ることしかできない猫
スケキヨは部屋の隅で静かに座り、倉田と倫典のやり取りを観察していた。二人の間には微妙な緊張感が漂っていたが、その原因は主に倫典にあるようだった。スケキヨはその空気を敏感に察知していた。
三葉がキッチンで料理の仕上げをしている間、リビングには倉田と倫典だけが残っていた。沈黙が続き、気まずさを感じた倫典が話を切り出した。
「倉田さんって、若いのに倉田グループの社長なんてすごいですね」
スケキヨは、倫典の言葉がいかにも当たり障りのない話題だと気づいた。おそらく二人きりの状況が落ち着かないのだろう、と彼は思った。
倉田は穏やかな笑顔で答えた。
「若いって……40過ぎてますけどね。それに家業を継いだだけです。父が突然亡くなって、兄弟たちが引き継ぐのを嫌がったんですよ。結局、長男の僕がやるしかなくて」
スケキヨは毛づくろいをしながら考えた。自分ならここで
『確かに長男が家業を継ぐのは大変だよな』と軽く同調するが、倫典は三男坊で家族との距離もある。長男の苦労には共感しにくいかもしれない、と推測した。
倫典はさらに問いかけた。
「大変だったんじゃないですか? 雑誌で見ましたけど、地方紙の営業マンだったのに、神社や霊園の経営とか、特殊な業界で難しそうだなって思って」
倉田は肩をすくめて答えた。
「もちろん最初は大変でした。でも慣れればなんとかなります。学生時代に宗教や仏教を学んでいたことが役に立ちましたし、修行でお坊さんたちと寝食を共に過ごした経験もあります。あと、父が生前に作ったマニュアルや、信頼できるスタッフのおかげで経営は順調です。あ、余談ですが社会科の教職免許もあって……大島さんと同じように先生もできるんですよ」
スケキヨの耳がピクッと動いた。
『教職も持ってるって? しかも社会科、俺と一緒じゃん!』
倫典がどんな反応を示すか、スケキヨは興味津々だった。
「プレッシャーとかは? 先代の社長と比べられたりするんじゃないですか?」
倫典がさらに踏み込んだ質問をする。スケキヨは心の中で
『そこに突っ込むのか?』
と思った。
倉田は笑みを崩さず答えた。
「経営者として大事なのは、感情に流されず冷静でいることです。それを心掛けていれば、プレッシャーも乗り越えられますよ」
倉田はあくまで冷静だったが、倫典の表情は硬かった。スケキヨは彼の内心に嫉妬のような感情があるのではないかと察した。
そのとき、三葉がキッチンから料理を運んできた。香ばしい匂いが部屋いっぱいに広がり、スケキヨは鼻をひくつかせた。
『これは期待できそうだ!』
倉田が立ち上がり、手伝いを申し出た。
「何か手伝いましょうか?」
「じゃあコップをお願いします。倫典くんは小皿を出してね」
三葉の指示に、スケキヨは懐かしさを覚えた。結婚前、自分もよく彼女にこうして指示を出されていたことを思い出したのだ。
テーブルに料理が並べられ、三葉が笑顔で言った。
「お待たせしました。さあ、召し上がってください」
倫典は
「いただきます」
と手を合わせ、倉田も続いた。豪華な料理に二人は感嘆の声を漏らす。
「このエビチリ、プリプリで最高だ!」
「天津飯の卵がふわふわで絶妙ですね」
そのやり取りを見ながら、スケキヨは目の前のキャットフードに落胆しつつも、仕方なく食べ始めた。
和やかな雰囲気が続く中、突然倫典が箸を置いて倉田に向き直った。
「倉田さん、あの……三葉さんのこと、どう思ってますか?」
スケキヨの耳がピクッと動く。
『今、それを聞く?』
一瞬の沈黙。倉田は驚いた様子を見せたが、すぐに笑顔を取り戻した。
「三葉さんですか? もちろん、素敵な方と思っていますよ」
その場を和ませるように、三葉が笑顔で口を挟んだ。
「もう、二人とも何の話してるの? せっかくの料理が冷めますよ!」
その言葉で場の緊張は解け、再び穏やかな空気が戻った。スケキヨは三人のやり取りを見守りながら思った。
『まあ、俺には関係ないけど、こういうのを見るのは悪くないなー』
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