第十九話 ひとりごと

 家に戻った三葉とスケキヨ。車から降りた倫典が

「部屋までついていくよ」

 と申し出るが、三葉は

「1人で大丈夫よ」

 と断った。


 ようやく2人きり……実際には三葉1人とスケキヨ一匹だが、静かな空間が戻ってきた。


 晩御飯の時間だが、スケキヨはそれほどお腹が空いているわけではない。しばらくはねこねこゼリーもお預けらしい。

 医者によると、普通のタイプよりもプレミアムの方が高カロリーらしい。確かに色からして添加物が多そうだと思いつつも、味が美味しいのは間違いないと大島は内心で認めていた。


「疲れたね……結構混んでたし。でも、優先的に診てもらえたのは倫典くんの親戚の病院だったから。スケキヨ、命拾いしたわね」

「にゃお」

 スケキヨが小さく鳴く。たまたま通っていた動物病院が倫典の親戚の病院だったとは。確かに、病院の看板には大森家の象徴である木のアイコンが描かれていたのを思い出した。


「さて、ご飯はどうしようかな……レンチンでいいか。スケキヨはどうしよう。キャットフードは嫌がるし、でもお医者さんの言うとおりにしないとね。ねこまんま……川本さんに教えてもらったやつ……作ろうかな」


 三葉が困った顔をしていた。彼女はスケキヨの健康を第一に考えてくれているのは大島が生きていた頃と同じである。

 そして彼女がねこまんまを作らなかった理由はわかっているスケキヨ。

 なんと同じ理由で、幼少期の頃にご飯と味噌汁を一緒に混ぜて食べるというねこまんまシステムなのだが三葉は中華料理の店主である父から、大島(スケキヨ)に関しては普段怒らない祖母がその食べ方に大激怒してそれ以来食べる気がしなかったというのだ。

その互いの共通点につい笑ってしまったのも少し前、生前の普段の会話で知ったこと。それを思い出すだけでスケキヨはほろっとくる。

そういうこともあって三葉はねこまんまを作るのに抵抗を感じて出してなかったのだ。


『ねこまんま……一応三葉の作った手料理食べれるのか……悪くはないけど……うん』


 部屋の中に静けさが漂う中、三葉が川本さんから教えてもらったねこまんまをササッと作りスケキヨの前に差し出す。匂いは悪くないが、やはり食べる気が起きない。食べるだけで激怒して豹変した祖母の顔を思い出す。でも匂いが独特なキャットフードよりマシだが。


「食べないか……やっぱりゼリーじゃないとダメか」

 三葉は少し困ったようにため息をつき、彼女自身もレンチンした食事をテーブルに置いた。


『……無理だけど食べないとスケキヨの身体も死ぬし、三葉も困ってしまう。食べるか……』

 スケキヨは皿のキャットフードに顔を近づけた。匂いは良い。トラウマを乗り越え仕方なく一口。


『……あれ?』


 意外にも口の中に広がったのは、悪くない味だった。


 スケキヨの舌が勝手に動き、もう一口、そしてもう一口と食べ進めていく。見た目と過去のトラウマに反して、食べすすめていく。


「ん? どうしたの? 食べてるじゃない!」

 三葉が驚きながらも嬉しそうに微笑んだ。スケキヨはもぐもぐと食べ続ける。


『うんめぇーーーーー! さすが三葉の味!!!』

 心の中で叫び、スケキヨはペロリと平らげていった。


 だが三葉が餌皿を取り上げた。

「いきなりそんなに食べて大丈夫? 一応お薬のところは食べたわね。なら今日はここまで」

「にゃ……」

 目を潤ませるスケキヨ。美味しかったのに、まだ食べたいのに……と。


「そんな目で見てもダメー。……確かこれは栄養士さんと有名シェフのコラボしたキャットフードとかいうけど他のとどう違うのかしら」


 そこに着信が。メールのようだ。


「倫典くんったら、心配症ね」

 どうやら倫典のようだ。こんなにグイグイなる男だったのか? とスケキヨは思いながらもどんなメールか気になるが三葉が立っているため見ることができない。


 それに悔しさと歯痒さがある。しかしそう思っている中ですこしずつまどろんでいくスケキヨ。ねこまんまに入ってた病院の薬の中には眠くなる成分もあるのだろう。


 三葉はメールを終えて、座ってノートパソコンを開き、レンチンで作ったスパゲティを食べながら、いろいろと考えていた。スケキヨは実際、そっちの方も食べたいくらいだ。


「はぁ、あーは言ったものの……どうすんのよ」

 三葉の独り言が始まった。

「社長と一応金持ちの御曹司、二人の舌に合うのかしらー。はぁー、考えるのめんどくさっ」


 スケキヨは驚いた。こういうネガティブなことを口にするのはあまり見たことがない。連日の彼女の独り言は聞いていたが、少し毒づいたのは久しぶりだった。


 大島が生きていた頃は、三葉は「はい」と頷き、ダメなことはやんわりと断りながらニコニコしていたのを思い出す。


 だが、次の言葉に意外性を感じた。

「って……そんなこと思っちゃダメね。当たって砕けろ! マンション代のローンも残ってるし、不妊治療代も残ってる!!! 狙え、玉の輿!!!!」


 三葉がいきなり立ち上がって叫んだので、スケキヨは新婚さんいらっしゃい! の司会者のようにずっこけてしまった。


「ねぇ、スケキヨ」

 不敵な笑みをこぼした三葉。

「にゃあ……」

 情けない声を出すスケキヨ。まぁ確かにと思いながらも、複雑な気持ちだった。


「でもそう簡単にはいかないよね。……んー、まぁ定番の和食かしら。肉じゃがに魚、サラダに味噌汁……」

「ふにゃー」

「それかやっぱり甘南家自慢の中華料理フルコース!!!」

「ふにゃー!!!」

 スケキヨは、美味しそうだにゃーと答えているつもりだ。三葉が出してくれた中華料理は、今でも忘れられない……転生しても忘れられないものだ。


 三葉がスケキヨを見る。

「どーしたの、よだれダラダラ」

 その瞬間、電話が鳴った。誰だろうと毎回楽しみになる。

「……ナミさんからだわ」

 と、またもや毎回誰からかを教えてくれるのはありがたい。


 にしても、なぜ大島の妹から電話が来たのだろう。それも気になり、耳を澄ましたが、口の周りのよだれが気になって仕方がないスケキヨ。


「そんなそんなー、たいしたものじゃないのに」

 たいしたもの?


「ええ……でも……うん」

 うん?


「わかったわ、そうよね……やっぱり自分の力でやるってことが1番よね……ううん何でもない。今までもそうだったし」


『自分の力? 今までもそうだった? 三葉は一体何をナミと話しているのだろうか』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る