第十話 再会するのは少々

 二、三年前のことだ。そんな昔ではないが、大島と三葉が再会するまでには長い時間が必要だった。三葉が教育実習生として大島の高校に来た時から、すでに十数年が経過していたのだから。


 大島は相変わらず剣道部の顧問を務め、高校教師としてのキャリアも積み上げ、責任の重い仕事も増えた。

 年齢も40を超え、独り身の生活はさほど寂しいわけではないが、出会いの機会は若い頃よりもむしろ減っていた。友人や同僚、部下、そして卒業生たちが次々と社会に出ていき、結婚し、家庭を持つ中、妹も大学を卒業後に同級生と結婚し、北海道へと嫁いでいった。


 そんな折、大島は地元のバーで行われる婚活パーティーのチラシを手にする。しかし一人で参加するのは気が引けたため、ちょうど離婚したばかりの部下、槻山湊音を誘うことにした。


「男性は5000円で飲み放題」という条件は酒好きの大島には少し痛いと感じたが。

 だがたとえ良い出会いがなくても、普段は駅裏の居酒屋で飲んでいる大島にとって、小洒落たバーで飲むのも悪くないと気持ちを切り替えた。


「大島先生……?」

 その場で大島はふと名前を呼ばれ、振り向いた。

 そこには三葉が立っていたのだ。


 言葉を失う大島。まさかここで彼女と再会するとは思ってもみなかった。しかも、再会の場所が婚活パーティーとは、大島にとって複雑な思いを抱かせるものだった。


「久しぶりですね、大島先生……それに槻山くんも」

 と三葉は少し照れた様子で言った。湊音もまた

「ああ」

 と声をあげた。彼もまた、三葉が教育実習生の頃に生徒として面識があった。


「ええ、久しぶりですね。元気そうで何よりです」

 とぎこちなく返す大島。

 三葉は少し微笑み、

「そうですね……お互いここにいるってことは……」

 その言葉に大島は返事ができず、ただ小さく頷くだけだった。


 婚活パーティーでの再会は、大島にとって三葉と再び会えた喜び……そしてあの頃の未練が再び心に疼いている。




 だが、今は楽しむべきだ……。大島は頼んだジョッキビールを一気に飲み干し、同じテーブルの男女たちから感嘆の声が上がった。それを横で見ていた三葉は笑っている。

 大島は思わず「ヨシッ」と心の中でつぶやいた。教師という職業柄、あるいは元々の性格からか、賑やかしな大島は周りのテーブルを一気に盛り上げていく。


 一方、同伴の湊音は人見知りのせいかオドオドしている様子で、大島は彼を連れてきたことをすっかり忘れてしまうほど盛り上がっていた。


「大島先生、こんなに面白い人だったんですね」

 と三葉が言う。


「あの頃はなかなか喋れなかったもんなぁ……」

 と大島が懐かしむと、気づけば周りにもカップルができ始め、湊音も小柄な女性と話をしているのを見てほっとした。何より、大島は今度こそ三葉ともっと近づきたいと思い、十数年間の空白を埋めるように様々な話を続けた。三葉は何度も笑い、大島のビールを注ぎ合いながらお互いの身の上話をした。


 大島のどんな話にも三葉はうまく返し、相槌を打つので、大島は心地よさを感じた。酒の力もあったのだろうが。


「あの時は……何度も断ってごめんなさい。少し……その、言うのもあれですけど、大島先生が怖いというか」

 と三葉が言うと、


「まぁ、あの頃の俺はオラついてたからな、無理もない。今日この日のための前段階だったんだ。気にするな」

 と大島は微笑む。


「ふふふ、そういうことですね」

 と三葉も笑う。大島は照れくさくなる。


 二人は見つめ合って笑った。


「じゃあさ、今度こそ……次のデートに誘うのは……」

 とドキドキしながら言う大島。盛り上がっているとはいえ、社交辞令での盛り上がりかもしれないと心配になる。もし断られたら、運命が完全に終わってしまうのではないかと。


 すると三葉は頬を赤く染め、

「ぜひ、またデートに行きましょう。具体的に、場所も日にちも決めて」

 と答えた。


「よっしゃー!!!」

 と大島は思わず立ち上がって喜ぶ。


 周りは

「おめでとう!」

 と拍手が起き、三葉は照れくさそうに微笑みながら拍手を返す。


「人生で一番最高な気分ですよ……10何年間、ちゃんとした恋人ができなかったのも、三葉さん、あなたのことがあったからなのかもしれません」

 と言いながら、三葉の手を握る。


「ちゃんとした?」

 と三葉が問い返す。


「あっ、その……えっと……上手く言えないけど」

 と、饒舌なはずの大島が戸惑う。こういう時にはどうしてもそうなってしまうようだ。


 三葉は笑った。

「面白い、大島先生……いえ、大島さん……下の名前は……」


「和樹、和樹です!!!」

 と大島が答える。


「和樹さん……私とお付き合いしてください」

 と三葉が告白する。


 急展開に大島は声も出ない。周りはさらに盛り上がっている。


「だめですか?」

 と三葉が少し不安そうに聞く。


「いや、ダメじゃない……むしろ……オッケーです……いや、そんな上から目線はだめだ。よろしくお願いします!!!!」

 と頭を下げた。


「はい、こちらこそよろしくお願いします」と三葉も微笑み返す。

 店内は再び盛り上がる。

 婚活パーティーの流れでは最後に気に入った相手の名前を書いて自分の連絡先を主催者に渡し、それを最後に主催者から個人に渡されるが、この二人にはその必要がなくなった。


 大島は嬉しさのあまり泣いてしまった。ふと三葉の顔を見ると、彼女も泣いていた。


「……三葉さん?」

 と大島が問いかける。


「私、和樹さんを初めて見たとき、怖いと思ったけど……少しかっこいいな、って。でも担当じゃなかったから……なかなか知ることができなくて、誘いにも簡単に乗れなかった……だから今こうしていることが嬉しいんです」

 と三葉は告げた。実は、二人は両片思いだったのだ。

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