第十一話 人生色々

 大島は、それから幸せな日々を送るようになった。ずっと心の中に秘めていた三葉という存在が、今は自分のそばにいる。彼女を愛おしく抱きしめ、キスを交わし、心も身体も繋がる日々が続く。

 そんな関係になったことで、大島は心が満たされていくのを感じた。


 三葉もまた、大島と共にいることに大きな幸せを感じていた。二人の関係は徐々に深まり、互いの存在が日々を輝かせる。周りの人々からは「美女と野獣」と囃し立てられることもあったが、それも二人には心地よい冗談で、ただの愛の証のように感じられた。


 そして、互いの年齢も考えた結果、同居をするのであれば自然と結婚という形に落ち着いた。ただ、三葉はその場面を大切にしたいと考えていた。

 彼女は、大島が彼女にプロポーズできるように心の準備を整えるために、細やかな心遣いでその場をセッティングした。


 大島にとって、こういった特別なシーンはどうも苦手だ。

 しかし、三葉は彼がプロポーズする瞬間を静かに待ち、緊張する大島が自然に想いを伝えられるよう、サポートしていた。


「ベタだけどさ……三葉、家族になってくれ」


 互いに、家族という存在がずっと希薄だった二人にとって、これ以上ない最適なプロポーズだった。

 三葉は、その言葉に緊張が解けたのか、溢れ出た涙をこらえることができなかった。


「はい……」


 マンションを購入し、小規模であるが結婚式もした。


 これから子供も増え家族がたくさん……。


 本当に幸せだった。二人は幸せの絶頂にいた。


 しかし、その後、最初の困難が二人を待ち受けていた。


 なかなか妊娠の兆しが訪れなかったのだ。年齢的にもその可能性は覚悟していたが、いざ現実となるとやはり苦しいものだった。結婚式をシンプルにしてよかったと思えたのは、不妊治療費にお金を回すことになったときだった。


 大島もできる限り協力しようと努めた。教師としての仕事も忙しさを増していたが、家族を増やしたいという思いが何よりも強かった。


「……大変申し上げにくいのですが、ご主人の精子の運動量が少ないですね」


「嘘だろ? 俺は毎日剣道や筋トレをしてるし、妻と結婚してからは朝昼晩としっかり食べてるんだぞ!」


 大島は必死に抗議したが、その言葉には、動揺と焦りがにじんでいた。




「和樹さん……」

 三葉は大島の手を優しく握った。


「じゃあ、もう子供は諦めろってことか?」

 大島の声には苛立ちがにじんでいた。


 医師は大島と同世代の濱野。彼は冷静に答えた。

「可能性が全くないわけではありませんが、次の段階は体外受精が考えられますね。ただ、奥様もご主人も年齢的には高齢出産にあたりますので、リスクもあります。

 それでもまだ希望を持っていただきたいですが、治療は今後高額になるため、よくお二人で話し合ってお決めください」


 診察室から出た後、大島はすぐに駐車場へと向かい、車に駆け込んだ。その後ろを三葉が追いかけ、彼をそっと抱きしめた。


「和樹さん……先生もまだ望みはあると言ってくれたでしょう?」

「でも、三葉はこの数ヶ月ずっと辛い思いをして治療してきたのに、俺はただ検査で精子を出して、それで『俺が原因でした』なんて……どうしようもないじゃないか!」


 大島は、先に三葉が治療を始めたこと、そして自分の方が原因だったということに深く打ちのめされていた。


「和樹さんらしくない……ねぇ、和樹さん!」

 三葉は彼の肩を軽く揺さぶりながら、大島にもう一度立ち上がる気力を与えようとしていた。


 その言葉に、大島は何かを思い出すように、ふと冷静さを取り戻した。


 家に戻った後も、大島は珍しくふさぎ込んでいた。彼の心には、自己嫌悪と将来への不安が渦巻いていた。


「俺の家系は短命だ……ナミだって持病がある。俺は子供ができにくい。子孫を残すことができないのか……」

 大島はぼそりと呟いた。


 すると、三葉は微笑みながら言った。

「最近では、不妊治療を続けてようやく授かる人や、結局授からず夫婦二人で暮らしていく人、いろいろよね。

 美帆子のところだって長い間相手がEDで、酔わせてようやく妊娠したなんてこともあったみたい。でもその後、結局離婚しちゃったけどね……」


「……なんでお前はそんなに前向きなんだよ。治療だって、辛そうだったのに」

 大島は三葉を見つめて、彼女の強さに驚いていた。


「もちろん辛かったわ。でも、その時あなたはちゃんと私のことを気にかけてくれたし、寄り添ってくれた。そして、家事もできる限り助けてくれた。

 そのおかげで乗り越えられたのよ。私たちの未来に私たちの子供ができるなら、それはとても嬉しいことだけど……そればかりじゃない」


「……三葉」

「それに、人生いろいろよ。私の家系だって、長生きすると言われてたのに、皆結構早くに亡くなったりしたし。まあ、仕事のしすぎもあったけどね」


「人生、色々……かぁ」


 三葉は、病院でもらってきた今後の治療に関するパンフレットを大島の前に差し出した。

「まだ読んでないでしょ? 落ち着いたら読んでみて。私は和樹さんの決断に従うわ。治療を続けるにしても、続けないにしても、どちらでもいいの」


 大島はしばらく黙っていたが、ようやく三葉の顔を見て微笑んだ。

「ありがとう、三葉……俺は本当にお前と結婚して良かったよ」


 三葉は大島に寄り添い、彼の手をぎゅっと握りしめた。そして二人は、どんな未来が待ち受けていようと、一緒に乗り越えることを決意した。







 そんなことを思い出した。死んで猫に生まれ変わってしまった大島。

『俺が死んだことも……、猫に生まれ変わったのも人生いろいろ、ってことだろうか。ん、猫だから人生?! ん?』

 夜寝る時は三葉に抱かれて。

 寝付くまでが長いがスケキヨの毛を撫でて次第に眠りにつく彼女に寄り添ってるうちに自分も寝てしまっている。


 幸せだ。だが……。

「三葉は幸せか?」

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