第六話 偏食は仕方がない
そんなこんながあって、三葉は遺品整理や仏壇の購入、そして様々な手続きを進めていた。一方、その間も川本夫婦はスケキヨに関する手続きや検診を済ませていた。
スケキヨは、その間、残りの猫の世界を存分に味わっていた。母猫や兄弟猫、そして先輩猫たちにもみくちゃにされながら過ごす日々。自分が大島であることを誰にも知られず、猫として生きる新しい日常が始まっていた。
外に出ることはまずなかった。本当は外に出て近くにある自分が勤めていた高校に行きたかった。そのためにこっそり家から抜け出そうとしたら川本夫人に見つかり連れ戻される。
もし三葉が引き取らなかった場合は歩いて行けないかは何度か考えたようだがどう考えても距離的に無理に等しいものだった。
これまで人間として過ごしてきた世界とはまったく違う生活に戸惑いながらも、徐々に慣れ始めていた。
猫たちのルールに従い、時には兄弟猫にじゃれられ、時には先輩猫に押し倒される。猫の世界の厳しさと温かさの両方を感じる日々だった。
『こんな生活、まさか自分が体験することになるとは……』
とスケキヨは思いながらも、仕方なくその流れに身を任せていた。
三葉の手続きが進むにつれ、再び彼女と共に暮らす日が近づいていることを感じその日を心待ちにしながら、猫としての時間を過ごしていた。
そしてカゴに入れられ車が向かう先はいつもの病院ではなく自分が住んでいたあのマンション。
迎え入れられた時の大島の心からの嬉しさは計り知れなかった。
『わーい!!!』
という奇跡的なことが起きて三葉と過ごせているのだ。
今日もまたゴロゴロしているスケキヨ。死ぬ前は20年近く剣道部の顧問を務め、高校教師として学年主任や責任の重い仕事で毎日へとへとだった。
その反動か、猫としてゴロゴロする日々が妙に心地よく感じられている。
「はーい、スケキヨ。ねこねこゼリーよー」
その声に反応して、スケキヨはだらけていた体をシャキッと起こし、三葉の元へと駆け寄る。猫に転生して最初に困ったことの一つは、やはり食事だった。
猫の母乳はあまり口に合わず、大島は何度も吐き出してしまった。見かねた川本夫人が市販の子猫用ミルクを与えてくれたが、それでも味はなんとか我慢できる程度。
結局、スケキヨは栄養失調気味になり、動物病院に通って苦い薬を投与される羽目になった。
キャットフードも同様で、人間だった頃の記憶が強すぎてどうにも食べられない。しかし、川本夫婦が試行錯誤の末に見つけてくれた特定のキャットフードだけはなんとか食べることができた。
それでも腹は満たされず、そんな中で唯一、スケキヨの心と胃を満たしてくれたのが「ねこねこゼリー」だった。
さっぱりとした味わいで、スケキヨはこれがすっかりお気に入りになった。
しかし、三葉は苦笑いしながらも封を開け、「ほんとこれ高いのよねー」
とぼやきつつスケキヨの口元にゼリーを差し出した。それを大喜びで食べ始める。
「偏食の多い子は困るわね……なんでも食べる和樹さんを見習ってほしいわぁ」
と言われるたびに、スケキヨは心の中で反論せざるを得なかった。
「いくらなんでもキャットフードを食えっていうのは無理だよ……猫になったら味覚も変わるかと思ったけど、やっぱりダメだわ。すまん、三葉」
ふと、三葉がぽつりとつぶやく。
「……和樹さんにもっとご飯を食べてほしかったな……」
三葉のご飯は一人分なのにしっかりと作られている。彼女の両親が中華料理店を営んでいたこともあって、料理の腕は確かで、大島も三葉の手料理に感激していたものだ。
自身の母親は彼が中学生の時に亡くなり、それまでも仕事に追われて料理はいつも簡素なものだった。そのため、三葉の料理がどれほど温かく、特別だったかを改めて感じていた。
「もっと俺も食べたかった……」
かつて知人から、
「あんなに美しくて料理も上手い女性と結婚なんて不釣り合いだ」
とからかわれたことを思い出す。そのときは「知るかよ」と思いながらも、心の奥底で喜びを噛みしめていた。
そして、三葉と出会った頃のことを思い出し、彼女と過ごした日々を懐かしむスケキヨであった。
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