第二章 美女と野獣
第七話 大島と三葉の出会い
大島と三葉が出会ったのは、今からかれこれ十数年近く前になる。大島が高校教師を始めて三、四年目の頃、三葉は大学四年生で教育実習生として彼の赴任していた高校にやってきた。
当時、大島は教師としても徐々に自信がつき、剣道部の顧問としても精力的に活動していた。
教育実習生を受け持つのは2度目だったが、前年に担当したのはやる気のない男子実習生で、厳しく指導した結果、その実習生は途中で実習をやめて学校に来なくなってしまった。
そのことで大島は、「まだ学生に対して厳しすぎる」と上司や大学から注意を受けることになった。
大島が高校教師を目指した理由は、自身の過去にあった。親が亡くなり病弱な妹を養うため、公務員という安定した職を求めたこと、そして、そんな大島と妹を助けてくれた教師たちの存在が大きかった。
バイトで新聞配達をしていたことで時事や政治に詳しくなり、社会科の教師を選んだ。また、自分の好きな剣道を生かし、剣道部の顧問としても活躍することに期待を抱いていた。
しかし、実際に教師の仕事を始めてみると、その難しさに直面することになる。
親を亡くした生徒、家庭環境の厳しい生徒、問題を抱えた生徒、さらにはモンスターペアレンツ、教師間のトラブルや教育委員会のしがらみ、剣道部でも他校とのトラブルなど、数えきれない課題が次々に降りかかってきた。
それでも教師という仕事には、自分のこれまでに希薄だった人間関係を広げる喜びや、生徒に教える楽しさもあった。
だからこそ、大島は生半可な気持ちで教育実習を受けに来る学生がどうしても許せなかった。
若さも手伝って血の気が多かった大島は、きつい言動で注意したのだ。後にその厳しさを振り返り、反省することになったが、当時は教師としてのプライドと使命感が強く、妥協を許せなかったのだ。
大島にとって二度目の教育実習生を迎えることになったが、昨年の反省を踏まえて、大島のクラスには副担任が実習生の主な相談役としてつくことになった。
「今回は名古屋の女学校2校の学生さんらしいですよ」
と副担任の井沼が伝える。井沼は大島よりもベテラン教師で、子育て中のため副担任としての役割を果たしているが、昨年の自分の過ちを反省しているかどうかを遠回しに確認されているようで、大島は若干の苛立ちを覚えながらも
「わかりました……」
と返事をする。
しかし、女学生という響きに大島は内心期待していた。
普段は彼女がいない生活で、たまに合コンや飲み会に参加してもお持ち帰りする程度のだらしない関係しかなかったからだ。
「くれぐれも手を出さないように」
と井沼に言われたことで、自分の下心が見透かされているのだと気づき、大島は少し焦りつつも楽しみにしていた。
実習生たちが職員室に入ってくると、むさ苦しい雰囲気の中に若い女学生たちが入ったことで、一気に空気が華やいだ。井沼が隣にいるため浮ついた気持ちは抑えつつも、10人の教育実習生の姿を見渡す。
その中で大島の目に真っ先に止まったのが、
三葉はワンレングスの髪を持ち、育ちの良さと品のある雰囲気を醸し出しており、大島にとって他の学生たちよりも明らかに輝いて見えた。
他の学生たちは緊張で顔がこわばっている中、三葉は物怖じせず、余裕のある笑みを浮かべ、堂々と立っていた。
「一応我が校もここの推薦枠がありますからね、くれぐれも……」
と井沼が念を押すたびに、大島は苛立ちを覚えながらも、三葉が自分の担当にならないかと担当発表を心待ちにしていた。
「では甘南三葉さん」
「はい」
と穏やかに返事をする三葉。彼女は一歩前に出て、すらすらと適度な長さの挨拶を行い、丁寧で美しいお辞儀を見せた。
その姿に大島はますます惹かれた。大島以外の教員たちもだ。
しかし、主任の
「甘南さんは一組の塚地先生のクラスで」
という言葉を聞いた瞬間、大島はがっくりと肩を落とした。
その後、次々と学生たちの挨拶と担当の振り分けが行われたが、結局、大島は三葉と同じ女子大出身の
三葉に比べると美帆子はシャキシャキとして尖った印象があったが、大島は経験から、彼女がその強さで弱さを隠していることを見抜いた。
実習中に真面目にノートを取る姿は、昨年のやる気のなかった学生と比べると大いにまともに見え、大島はほっとした。
また、美帆子が三葉の友人であることから、大島は彼女を通じて三葉に近づく方法はないかと考えていた。
そして、実習1日目の夜、飲みに行こうという流れになった際、三葉も誘ってみたが、彼女にはあいにく予定があり、美帆子と二人で行くことになった。
美帆子が教師になりたいという情熱を語る中で、大島の教育への熱意も重なり、二人はお酒を飲みながら熱く語り合った。
最後には、お互いの身の上話をするようになり、美帆子が大島の妹よりも二つ年上であること、そして彼女も大島と同じく両親を早くに亡くし、親戚もいないため長く一人暮らしをしていることが分かった。
酒の勢いもあり、その晩、大島と美帆子は身体の関係を持つことになった。
しかし、大島は依然として三葉のことが気になっていた。
だが、三葉は警戒心が強く、大島はなかなか接点を持てないまま、実習期間は終わってしまった。
実習後、井沼が
「美帆子への指導が格段に良かった」
と、何か含みのあるような言い方をしたが、大島はその言葉に複雑な気持ちを抱えた。
実習が終わった後も、美帆子との関係はしばらく続いたが、自然にフェードアウトするように終わりを迎えた。
そして、その次の年、大島は三葉が養護教員として他の市にある高校に就職したという風の噂を耳にした。
大島が勤務する高校は私立で、特に理由がなければ転勤はない上、現在はベテランの養護教員が在籍しているため、三葉がこの学校に来ることはまずないだろうと悟った。
「もう会うことはないだろう」
と、大島は彼女のことを諦めることにした。
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