第10話 キューアンドエー
ムイは不満そうにしているがそれぞれが一緒に調達する人選を終わらせて私も中央に向かう。
前は相変わらずタロウのようで安心して挨拶を済ましてから、後ろは知らない人物だ。
「大人気だったようだな。ハッパって呼んでくれ。ナナミでいいか?」
「好きに呼んでもらって、よろしくお願いします」
「まぁリュック背負ってるから早々入れ替わりなんて見落とさないと思うけどちゃんと見とくよ」
五番の連中は後列にいるので元々いた連中の一人なんだろうが、結構話すんだな。トイチ以外は口数が少ないのだと勝手に思ってた。
あとは扉を開けてどちらに進むかという話しだが、私達は左に進むことになった。
扉を開けてから慎重に出ていくのだが、前方から三番目というのは想像以上に視界が確保しやすい。
身長差で若干見えづらいのは仕方ない部分だとしても、先になにがあるか分かりやすい分、私が注意しなければ死にやすいと思い周辺の確認をしながら進む。
帰りの時は右手側にセーフルームがあることも意識しておかないといけない。
どこかの廊下なのだろうが、絵画も見当たらないし、通常のカーペットで罠らしい罠もない。
かといって天井に何かが潜んでいるかと言われたらそうでもないから今回は比較的安全に勧めるのかと思う。
シシーも進行速度がククと違って若干遅めなのもあり、時間はかかるが二手に分かれたことでお互い九人ずつで少人数。どちらかが全滅するだけで痛手と思えばこれくらい慎重でいい。
ただ進行速度が襲いにしてもひたすらにまっすぐな廊下で罠も見当たらないので気が緩みそうになる。
こっちが安全だということは反対側が危険の可能性も考えられるが、それならそれで収穫は欲しい。私達がようやく異変を見つけたら向こうから小さな女の子が泣きながら歩いて来ている。
迷い人。この館に入り込んだものは髪の毛も変色しているのか染められているのか髪色が変わった色の者もいるし、瞳の色も変わってる者もいる。ただ泣いているその女の子の瞳が、瞳孔が人の物とは思えないような瞳をしているのを一瞬垣間見て人間ではないのだろうと推測する。
白い髪に赤い瞳の獣のような瞳孔の少女。
シシーとタロウがどうするか見ていると、シシーがそのまま進むので、これは無視して素通りが正解なのかと思って進もうとすれば。
「お腹空いたのお兄さん。何か食べるもの持ってない?」
少女らしい声で先頭にいるシシーに話しかけてきている。意思疎通ができるなら無視した時点で敵対されてもおかしくない。
そんな不安を他所にシシーが黙って素通りしようとして、後ろから五番の連中だろう人が不用意に前に出てくる。列を乱す時点で不安なものだが少女はシシーではなく前に出てきた男を見上げる。
「果物…持ってるけど食べるか?」
「食べていいの?」
「これくらいしか持ってないけど。どうぞ」
普通に…会話が成り立っている。そのことで緊張が解れていく。
あとは少女をこのまま横を通っても大丈夫と思いシシーもそう感じたのか前に進み始める。
「ああああアアアアアアアあああ、なにしてんがこのガキ!痛てえええええええ!」
最初に何が起こったのか、前を向いていた頭を横に剥けると少女が果物を差し出していた手を口の中に入れて叫び声にかき消されていたが、指から少しずつ肉と骨を嚙み潰す音を小さく出しながらゆっくりと食べ進めていく。
果物をあげた男は右手をゆっくりと食べられて、左手で少女の頭を取り押さえるようにするが力が少女の方が勝っているのか止まることはない。
私達は少なくとも少し前進している。このまま進むべきか戻るべきかという中なわけで、ハッパの方を振り返ると、この状況に付いていけてないのかセーフルームまで走って逃げていく。
シシー達を見ると無言で前進し始めるので、私もどちらかを選ばなければいけないのだが…。
「そこで立ってないでお前も助けろよ女!痛いんだよ!俺の手が、手がああアア!」
少女の方を見れば満足そうに食べ進めて右腕の肘辺りまで食事が進んでいるようだ。小柄にしては案外大食いなのかもしれない。
話しかけたらいけない生き物なのなら…それなら会話が成立していた部分を考えたらこの人喰いがわざわざ食べていいか聞いていた部分を聞こえていた私は、食べちゃだめと言えば食べられないのではないか。
あまりやりたくはないが、食事中なら私が食べられないことを思って私は少女に話しかける。
「お名前なんて言うんですか?」
「はあお前頭イカれてんのかよ!助けろって言ってんだよ!」
少女は面倒くさそうに私を見るが、口の中の肉を食べてから涙目になりながら言葉を交わしてくる。
「ヴィクトリア・ベローチェ…お姉さん食べていい?」
「食べちゃだめです」
「じゃあ邪魔しないで?」
「その人私達の物なんです。食べるなら代わりに人間の飲み物か食べ物教えてくれませんか?」
タロウ達も足を止めて私とこの少女…ヴィクトリアとのやり取りをじっと立ち止まって眺めている。
食べられている男は私の方まで伸ばそうとしていた左手をヴィクトリアにへし折られて悲鳴を上げている。
「場所は知らない。この先中央を進んだら面倒くさいのがいるから左に行けばいいと思う。右は私が通ったけど何もなかったよ」
「教えてくれてありがとうございます。邪魔してごめんなさい」
「…いいよ」
意思疎通ができる者もいるんだな。それに探索範囲が省略されて楽になったのもありがたい。
私はタロウの元へ行き、後ろで「恨んでやる!殺してやる!」と喚いてる男を置いてヴィクトリアに対して無駄死にしなかったことへ感謝しつつシシー達にどうするか聞く。
「あの子の話しだと中央は危険らしいですよ」
「あ、あぁ…ナナミちゃんが話しかけたときは驚いたが。答えてくれるもんなんだな…」
「というかその話し信じていいのか?後ろにいた奴ら帰ったし俺たちも帰ったほうがいいんじゃないか?」
「むしろナナミちゃんが聞き出してくれたんだから進むべきじゃないか?それに…一人を犠牲にしてるわけだし」
ここで意見が割れるのか。シシーはなんというか進もうとしてた割に消極的な気がする。ムイ達が調達を成功するかもわからないし、できれば私はこのまま先行したい。恐らくヴィクトリアは徘徊型の怪物なのだろうしそれが丁寧に教えてくれるなんてチャンスもあまりないだろう。
「ナナミちゃんはどうしたい?」
「そのイカれた女に聞いても意味ないだろ…リーダーなんだからタロウが決めろよ」
「私は行くべきだと思います。少女に話しかけたのも食事をすでに持っているから話しかけただけですから、餌をあげたら会話が成立する相手も――」
「ナナミちゃん…言い方を選んでくれてるのかもしれないけど、餌とかはやめてくれ」
「…すいません。とにかく悪意は感じませんでした」
血の匂いがする中ここに居座る方が危険だと思うが、シシー達がまだ悩んでいると先ほどまで悠長に食べていたヴィクトリアがこちらに歩いてくる。
手元にはもう喋らない男を引きずっているから食事にはまだ困ってないと思うんだが。
「ナナミ、お前が行けよ」
「それよりは進むべきじゃないか?」
駄目だ意見がまた割れてる。ただ悪意が無かったように感じたのを信じてヴィクトリアの前に出る。
「どうしたんですか?」
「名前、聞き忘れてた」
「私のですか?」
「そう」
「山田ナナミです」
「分かった。私の香りが残ってる間は大丈夫だと思うけど時間が経てば面倒くさいの動くだろうから早めに食事見つけてお家に帰ったほうがいいよ」
香りと言われて血生臭いことが先に来るが、どことなく甘い香りがすることにも気付いてこの事かと思う。
ヴィクトリアの香りにどんな意味があるかは分からないが、この香りがヴィクトリアのテリトリーみたいに縄張りを示すものなら罠だけ気を付ければ良いのかもしれない。
「ありがとうございますヴィクトリア」
「…いいよ」
シシー達も聞こえていただろうから話しは分かると思うが。二回も会話をして大丈夫だったんだからこのまま進むべきだ。ヴィクトリアが嘘をつくためだけに私の所に戻ってきたとは思えない。
「俺は…」
「シシー、行こう。ナナミちゃんが頑張ってくれたんだから香りというのが残ってる間に進むべきだ」
「付いていけねぇ…俺も戻るわ。お前らで行ってくれ、やっぱりムトウがリーダーだった方が良かった」
「シシー…。ナナミちゃん行こう」
結局残ったのは二人。持って帰れる量は大した量じゃないだろうけど仕方ない。
罠に注意しながら進むと絵画も罠も無く、十字路に着いてヴィクトリアの言ってた通り左に進む。
ヴィクトリアが通ってないらしいというのもあって、罠などが随所にあり、注意しながら進んでいく。
進めば、絵画などもありいつもの話しかけてくる声を無視しながら進めばタロウが罠でも見つけたのか、立ち止まる。
もしかして立ったまま死んだか?と思ったがそうではないようで振り返ってからハンドサインのような物で前方の壁際を確認するように見せられるので、確認すると扉がある。これはセーフルーム?
一旦絵画の範囲から外れるために前方に移動しようと人差し指と中指を歩くように動かして伝えて、何の声も聞こえないのを確認してから改めてタロウを見る。
「分からないんですけど扉って全部セーフルームなんですか?」
「いや…セーフルームじゃないときもある。中に入れば閉じて開くことはないような罠もあるから扉を開けるだけなら多分大丈夫だ」
「どうしましょうか…。二人しかいない状態で見るだけとかは危険ですか?」
「危険だとは思うが…もしここがセーフルームで…誰もいなくて食料があるなら…」
言いづらそうに少しずつ喋っているが、つまり奪えそうなら奪いたいと言うことだろう。
そしたら困るのはここにいる奴らで私たちは潤う。別に奪う目的ではなくとも距離的にも合併することを視野に入れたらセーフルームだった方がありがたい。
「それなら開けましょうか」
「ああ…」
タロウが乗り気でないのなら私が開けようかと思ったが、一応リーダー。タロウが開けてくれるみたいで後ろから覗けるように見て、慎重に扉を開く。
中は…灰色をした人型の凹凸が激しい怪物がセーフルームと少し似た空間で何かを貪っている。それが見えた時点でタロウがそっと扉を閉める。
「見られたと思います?」
「いや、大丈夫だと思う…」
扉にはこういうのもあるんだなと覚えて、私たちはまだ先に進む。
すると数は少ないが果物が少し廊下の端に置いてあるのが見えてようやく食料を手に入れることができると思ったらタロウが悩み始める。
「取らないんですか?」
「住処にしたばかりなのかもしれない…食料が少なすぎる」
「似た場所に出たとしてさっきの怪物の近くに住まわれてたら、また取りに来れる保証はないですよ」
「そ、そうか…その通りだ。全部持っていこう」
それにさっきの怪物が…セーフルームみたいな所に住んでいたと言うことが気がかりで仕方ない。
私は急いで果物をリュックに入れれるだけ入れてタロウも両手に抱えて最初から廊下に何もなかった状態にしてから来た道を戻る。
足音だけは静かに早足で、罠の位置に注意しながら進んでいこうとしたら気にしていた扉が開いて灰色の怪物が顔?を出してくる。こちらを見て喜んでいる様子が見られるし言語もとてもではないが人間が理解できるものではない。
タロウも分かっているのか走って、私も一緒に走る。後ろに囮がいない状態がこんなに切羽詰まったものだとは。二手に分かれたはいいが実質これじゃあタロウと私の追放みたいなものだ。
さすがにこれで戻れたら配給に文句を言いたい。
急いで走るが向こうが扉で詰まって出遅れていたのがあっても速度は向こうが早く追い付かれるのも時間の問題だと思い、絵画の廊下を走り抜けていくと後ろから肉が裂けるような音や骨の音が鳴り響く。
怪物も絵画にとっては捕食対象なのか。
振り返ることなく進んで十字路を右に曲がり、ここから先は罠がない事を知ってるが、天井などを徘徊してないか念のため確認しつつセーフルームの扉が見えてようやく安全だと思う。
ただ、タロウがここに来て扉を開けずに振り返る。
「あいつらは扉を開けれる…逃げればセーフルームに入ってくるんじゃないのか?」
「今まで入ってきたことはないんでしょう?それにあの部屋とここのセーフルームは少し形が違ってました…あとは甘い香りがまだ残ってます。信じて入りましょう」
「そ、そうか…そうだよな…」
後ろを振り返れば追いかけてきてる者も居ないし多分大丈夫だろう。それにここでセーフルームに戻らないことを選べば私達は日が変わって位置が分からなくなる状態になればそれこそ詰みだ。
扉を開けて中に入ればムイ達もとっくに戻っていたのか果物が中央に増えている。扉を閉めるのは私だと思い、静かに閉めて一息吐く。
「ナナミ!大丈夫だった!?」
ムイが走ってこちらに駆け寄るが、私よりもタロウの方が青い顔をして今にも倒れそうだ。
「大丈夫です。こちらも食料を確保できました…ただ…状況は先に、逃げた。人達から聞いているのではないですか?」
「聞いたよ、シシーも零番の癖にナナミが命懸けで作ったチャンスを捨てたってね」
「違う!そいつは怪物と会話してたんだぞ!むしろ怪物はそいつだ!」
「はあ?食べてる最中に話しかけれるかと思ってナナミが命懸けで聞いたんでしょ?お前の説明だとナナミが怪物なんてどこにもないだろ!」
「ありえないだろ!無視するべきだったのに勝手に話しかける奴がいてそいつは目の前で食われたんだぞ!」
「最初に話しかけた奴は知らないよ、ナナミはその後に話しかけたんだから!」
「黙ってくれ!」
タロウが大きい声で怒鳴ると、ムイもシシーも静かになって気まずい空気になる。
「ナナミちゃんはよくやってくれた。あの後も一緒に探索したからこそナナミちゃんは怪物なんかじゃない…ただ…状況説明は少し休ませてくれ」
そう言って中央に食料を追加して、私もリュックから果物を取り出して置く。
ムイ達の調達班は順調だったようで明るい雰囲気だが、こちらは一人死んで、五番からは新しいリーダーを一人選出しないといけないことになる。
今日のことを思い出しながら徘徊型…恐らく部屋にいた奴も徘徊型だと思っていいかもしれないが。意思疎通が出来るものから情報が得られればかなり有利に立てることが分かった。
ただ今回は一人食べさせたから上手くいっただけで次もやるなら餌が必要になるだろう。
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