第8話 ヒトヒトヒト
せっかく貰った乾パンを盗んだ扱いされるのは嫌なので零番に乾パンをもらったことを報告するとそのまま私で食べていいと言われたのでリュックに大事に入れておく。
羨ましそうに他のグループから見られたがあとでどうこう言われても大丈夫なために報告したので受け入れてほしい。
時間を見ると部屋が移動する前に新しい人員を連れてくるとは思うがこの場合何番のグループになるのか。もし二十八番が増えないなら確定で私が調達だ。
そもそもどういう人が来るか分からないが、女性が来ることはないだろうから男性二十人を送れるという理由が気になる。ムイも気にして向こうの方がマッピングしていると言ってたがここに送るということはそれなりに世話してたわけだし、ここに来たら帰りたいと言われるんじゃないのだろうか。
それに、ここにきた連中が一人も残らなかったと言うのはこちらで言う零番があの二十人程でやってきた連中ということだろう。
それだけの数がこちらよりも文化レベルも高く存在している。そりゃ女を買う余裕もあるわけだと納得すれば終わりだが、何かコツみたいなものがあるのか。
リュックを背負っていると死にやすくなると言う言葉も気になる。単純に体積が増えるから怪物に捕まりやすいと言うことだろうか?もしくは重量的な問題。
この二つなら確かに死にやすくなると言った言葉にも納得は出来る。
三時間経てば、扉が開き。中に見覚えのある顔数人が知らない顔の十四人をムトウに渡して静かに帰って行った。
特に会話らしい会話はなかったが、こいつらは納得して来たのかが問題だ。
「ムイ、何番が空いてる?」
「なんで私にみんな聞くかねえ。五番空いてるはずだよ」
「というわけだ、お前たちはこれから五番というグループになってもらう。十四人のうちリーダーを三人決めるように」
状況は飲み込めているのか、端の方にやる気なさそうに集まってそれぞれが話し合いを始める。
それにしても全員を同じグループにするのにリーダーを三人決めるって雑なやり方だ。わりと元々が雑な気はするがそれでも一つのグループでリーダーが三人とはどうなのだろうか。
新しく来た人たちの中でも私の存在はやはり気になるのか視線を感じるが気にしないことにして、今後の調達について考える。
戦力とまで言われたのだから今後強制的に調達には行かないといけないのだろうが、ムイのやり方…二手に分かれるやり方と、ククの意志を継いでムトウが全員行動するかだ。
今残ってる奴らと合わせても新規でリーダー三人で二十人に届くか届かない程度の人数。運が悪ければ十人単位で削れるなら二手に分かれて全滅はありえる人数だ。
交換した食料を見ても、一週間はこの人数なら大丈夫だと思うが水分の心配はいつも懸念される。
乾パンと水を交換したのも私から見たら悪手に見えたがそれほど食料の方が大事なのだろうか?
やがて五番からリーダーが三人選出されて調達の話しをしてから五番全員が無気力に寝転がり始める。
当然と言えば当然だろう。向こうでの扱いがどうだったかは分からないがこっちで命の危険が伴っているとなれば来る途中に死んだ奴もいるだろうから死を間近に捉えてる連中だ。
ただこの館に来たばかりの連中よりは泣いたり吐いたりしてない点はまだ使えると思われてるのだろう。
中央で今後の話しをしているが、はっきり言って空気が悪い。リュックを枕にして眠ろうと思っても小さないがみ合いが聞こえてきてしまう。
しばらくして静かになったかなと思ったらムイがまたこっちに来る。
「ナナミ…」
小声で話しかけてくるのでまた怪しい相談か。私に言われても答えれることはないんだ。
「殺そう…」
ないんだが、本当に実行するとなれば話しが少し変わる。まずなんで私に毎回話しを振ってくるんだこの子は。
「ちょっと落ち着いてもらえますか?」
「私は落ち着いてる。次はいつ館に迷い人…ナナミみたいに新しく来た人たちが来るか分からないし戦力になるかもわからないのに全員で向かえば死ぬだけ。ナナミ言ってたよね?前方にいる方が視界が確保しやすいって。それで実際生きてる。それなのに一列になってるだけなんて馬鹿げてる」
「言いたいことは分かります。零番でムイの意見に賛成なのは誰ですか?」
「オクラは知ってるでしょ?あとクシンって男」
「タロウは?」
「中立だよ、だから多数決ではこっちが勝ってるのにリーダーだからって意見を強引にしようとしてる」
ということはククが生きてたら同票だったわけだ。死んだ人間のことをいつまでも引きずるわけではないが、ここで殺せば少なくともタロウも敵対するかもしれない。ただムイが私に言ってくるのを関係ないと一蹴したら勝手に争い合って逃げるタイミングすら失ってしまうので表向きは話しを合わせておかないと…。
「方法はあるんですか?」
「水をすり替える」
「水?」
「シャワー室の水はコップ一日一杯以上飲めばどういうわけか知らないけどお腹が膨張して破裂して死ぬんだよ。それを使えば殺せると思う」
それはつまり普段置いてあるペットボトルの中身を入れ替えるから下手したら余計に被害が大きくなるんじゃないのか?
あまり賛成できかねない。もっと殺すにしても事故死みたいな方法は無いのか。
「その水を誰かが誤飲することはないんですか?」
「そっか…それは困るわ。じゃあどうする?」
私に聞くな。とはいえこのままだとムイの殺意が収まることはないだろう。一旦話し合いで…というのも無理か?いや、私が会話に参加すれば多少はなんとかなるかもしれない…ムイの味方をすればオクラとクシンと言う奴が味方になる。零番の内三人を味方にできるなら私が会話に混ざるのは理にかなってる。
そのまま殺し合いとかも避けてくれればいいんだが…セーフルームがもう一個ほしい。
本当にどうすればいいかな。
「各リーダーで投票制にしませんか?」
「投票?」
「どちらの意見がいいかとか、結局意見が分かれるくらいなら全員巻き込んだ方がいいと思いますけど」
「投票はなぁ…弱気な連中ほど群れるでしょ。だからムトウの意見に賛同すると思う」
それはもうムトウの意見採用でいいのではないか。なんて言えないんだけど。
「……殺すならもう堂々と殺しませんか?」
「堂々と?」
「ここの時計の針って弄ったりできますか?」
「いや…触ったことないからわかんないかな?なんで?」
「部屋の位置が移動するのは日替わり、つまり弄って調達に行かせたあと扉を閉めて移動した後ムイがリーダーになればいいです」
「そっか。追放しちゃえばいいわけか。時計を弄れなかったらどうしようか?」
「そうですね…シャワー室のお湯は何度まで熱くできますか?」
「わかんない…ごめんね、今から試してこようか?」
「これは可能性の話しですけど。シャワー室の水が水分量ではなく毒性の物が混じってお腹が破裂するなら、熱くして余計な水分を蒸発させて毒濃度を高めた水を口の中に放れば不自然な死の出来上がりです」
「天才じゃん!あはっ。ナナミに相談してよかった。試すだけ試してみようよ」
できれば死なずに失敗することを祈るが…試すなら時計よりは人目の問題も含めてシャワー室からだろう。こっちは飲み水として活用されることもあるが、ムイなら女性だしオクラくらいしか入っていくものはいない。
あとは本当に毒性の物がシャワー室から出ているかだが、成分を確かめようにも機材がないので実践あるのみ…。
「ナナミ行こう?」
私も行くのか…。殺人の片棒を担がされるというのはなんとも言えない気分だ。私はそこまでこの館に順応してないから忌避感の方が高い。追放のやり方ももし相手の立場が自分だったらなんて考えるくらいには数日は立ち直れないだろう。
リュックを背負って一緒にシャワー室に入ってから、お湯を出してもらうが、シャワー室に湯気が溜まるのを見てすぐに危険な可能性がよぎる。
「ムイ、シャワーを浴びていて喉が破裂した人は居ましたか?」
「いや?居なかったはずだよ?」
シャワーなんて浴びるのは冷水で浴びる人間は少ないだろう。それならお湯を出して湯気が出ても今までそんな事故死が起きていたら禁止事項が増えるはずだ。
湯気を吸いこんでもそうはならない…気道から入る湯気はどこにいく?肺か?それなら肺が破裂するだろう。
ムイは食べ終わった乾パンの缶にお湯を入れてその缶に温度を高めたシャワーで外から熱する。
仮に水分量で破裂するか決まるなら胃だけ膨れ上がって破裂するなんてことならこの湯気を吸い続けると私とムイは肺が破裂することになる。
「ムイ止めてください。毒性ではなく水分量で死がきまるのなら私達がこのままここに居続けると肺が破裂してしまいます別の方法を考えましょう」
「そうなの?ちっ。上手くいかないなぁ」
「換気が出来れば作れたかもしれませんね」
「そっか…そうだね。他の考えよっか」
「湯舟が禁止の理由ってなにかあったとかですか?」
「あぁ、破裂したからだけど…ん?これも湯気ってこと?」
「いえ…それもありえるかもしれませんけど、皮膚が水分を吸収したっていう可能性も…。シャワーが大丈夫で湯舟は駄目…となると吸収した水分の出口があるかないかの差…ですかね」
なんでこんな真面目に殺す方法考えてるんだろうって今さらに思う。
コップ一杯なんていう曖昧な量が思考を鈍らせただけだと思いたい殺し方だったが、それならもうペットボトルすり替え作戦の方が誤飲の可能性もあるけど私のリスク的におすすめしたい。
「このままシャワー浴びちゃおうか?時間経って濡れてないのも変だし」
「そうですね…」
やはり時計が弄れたらそれが無難だろうか。人の目があるからあまりしたくないが…。
「鏡はどうですか?」
「それは危険じゃない?私達中央にいつもいるし多分あいつだけを一人に出来ないよ」
「そうですか…」
いっそ、スマートにシャワーの水をそのまま…。なんだか馬鹿らしくなってきた。
ムイの目の前で溜息を吐くのを我慢しながら雑な方法を考える。
「この缶にシャワーの水とお茶を混ぜて飲ませた後に勝手に自滅するようにしたらどうですか?」
「いいじゃん、飲んでくれるかは分からないけどそれなら私が飲んだ後に渡して、あとはあいつが勝手にシャワー室の水を飲むわけでしょ?」
「そうですね。そしたら疑われても同じ飲み物を飲んでるわけだから疑念の目も届かないと思います」
実際に自分がそれをされたら嫌だな。
仲間から手渡されたお茶の中にシャワーの水で薄めたものを飲んで、節約するためにシャワーの水も飲む。時間がどれほどかかるかは分からないが即効性ならシャワー室で死んでいて、遅効性ならセーフルームの真ん中で膨れ上がって破裂する。
本当にする気か?と聞きたいが、ペットボトルをすり替えるよりは被害が大きくならないから大丈夫だと思いたい。
シャワーから上がると、私が角に行くからムイも一緒に角で髪の毛の水滴を指で梳いていく。
「ナナミが一緒に考えてくれて嬉しい」
「それなら良かったです」
ムイの目を見ると正気とは思えない目だ。実行はするだろうが、失敗に終わるといいな。
ただ調達の途中で暴走されるのだけはやめてほしいからその時は諦めてほしい。出来る限り穏便な方法は考えたが、多数決が拒否された時点で私が会話に混ざっても意味はないだろうし。
生乾きの髪になった時点でムイが私の顔を真っすぐに見つめてくる。
「なんかナナミって眠れてない?いつも寝てるように見えるけど隈できてるよ?」
「寝てるとは思うんですけど…寝た気分にはなれないですね」
「あはっ。私が気持ちよく寝れるように頑張るからね」
別に隈くらい元二十八番の女性もあった気がするが。ここにいれば誰もかれも健康ではないわけだし。
というか私は別にムトウがどうなろうと今後安全な調達がしたいだけだ。仲間割れしてる場合なんだろうか。
そう考えるとククが居なくなったのはかなりの痛手だ。元々不満を抱えてたムイを抑えていたのは彼なんだから歯止めが利かなくなったらムトウに限らず気に入らない奴を消したがるかもしれない。
ムイから恨みは買わないように気を付けよう…。
私は今日は眠ると言って横になり、ムイは「寝起きを狙う」と言ってから中央に戻っていく。
いまだに止めるべきかどうか分からない。ムトウが死んだらセーフルームは大騒ぎになるだろうな。
ちょっと湿気てるリュックを枕にして眠れるようにハンカチで目を隠して何事も無いように一日を願う。
誰かの密やかな話し声が聞こえたりする。聞き覚えのない声だから五番の連中が何か話しているのだろう。中央が静かだと他の番号が何を話してるのかも聞こえてくるものだな。
会話の中には女を襲うかなども内容に入っていてわりと下世話な内容だった。食料に余裕があるうちの妄言だとは思うが、売られたくせにこいつらは元気なんだな。
あとは弱音もちらほらある。リーダーは嫌だとか。じゃんけんで決めたろとか。
やはり零番のような積極的な連中が貴重な存在だ。そんなことを思いながら私は意識を沈んでいくと。いつの間にか眠っていた。
夢も見ることも無いくらいに眠っていたようで時間も六時間ほど経過している。
少しは隈が無くなっていればムイも安心するだろうかと思ったが中央を見るとムイは雑談してる。
機嫌は戻ったのか、明るい様子で話してるから昨日の作戦会議で満足したのかもしれない。
やることもないので、一応今日の分の食料を分けてもらいに中央に行くとムイが私に気づいてオレンジをくれる。
「お腹減った?もう一個いる?」
「最近ムイって山田ちゃんとよく話してるよね?」
「ナナミ可愛いしさ、二十八番を呼んで一番良かったのナナミでしょ」
「その二十八番に一番キレてたのもムイだけどね?」
何の話かと一瞬分からなかったが、ハチロウのことかと気づく。
ルールを破ってククを殺したようなものだしな。キレてもおかしくはないだろう。
「ムイ、オクラ。ムトウがシャワー室から帰ってくるの遅くないか?」
顔は知ってるが名前は分からない。恐らくムイが言ってたムトウ派の男かクシンという奴なのだろう。
タロウと男二人が立ち上がってシャワー室に向かいノックをして呼びかけながら扉を開けると中は血と肉で鉄臭い臭いがセーフルームに入ってくる。
思わずムイの方を見ると嬉しそうな口元で笑っているのが見える。
本当に実行したんだな。
死んだなら仕方ないが、次のリーダーがムトウ派の男になればまた一人死ぬかもしれないので出来ればムイかオクラ、クシンにリーダーになってほしいものだ。
もしくはムイの意見を採用するならタロウでもいい。
セーフルームに居た五番が数人吐瀉して、これ以上酷い臭いを増やさないでほしい。
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