第6話 ムイ
豊作ということもあって一日の猶予もできたが、ハチロウは相変わらず俯いてばかりいる。
本当にこのまま何もしないなら彼は追放されて死ぬだけだ。
そんなことよりも重要なのは人数が私達二十八番が来てからたかだか数日で調達班が半数ほどになっていることだろうか。
運が悪ければ全滅だってありえる人数。少数の方が食料の心配は少なくて済むんだろうが、死んだときのリスクを考えたらこの人数は危険だ。
ククもそれは長くいればわかってるはずなのにそれを口に出すことはない。
また私達みたいに流れ着いた人がホールに出てくるのを待っている可能性もあるが、確証がないのに悠長にしていられるものだろうか。
それに鏡を見て錯乱した女も食事を与えられているようでククがハチロウを追放すると言ったわりにはやはり女に甘く見える。
そのことを新参者の私が何か言って反感を買いたくないのもあるが、もう少し情報共有してほしい気持ちがある。
そんな気持ちが渦巻いてる中、ククが立ち上がる。
「今回は豊作だったけど、今日も調達に行こうと思う。できれば水が確保できればいいけど果物でもいい、有利に立てるように今のうちに準備しよう」
休み気分だったが…実際水問題はあるので調達にはいかないといけないだろう。果物で誤魔化すにしても唇が乾燥しているのを唾液で濡らして乾きを感じる。
ただ今その話をするということはハチロウが行くか行かないかが今日で決まる。
隣を見れば震えているので俯いていても起きていることは分かる。私から何か言ってやれることは特にないので本人のやる気次第だ。
オレンジを口に入れながら柑橘の香りと甘味を感じながら、ハチロウが行かなかったときはまた私が調達に行くことになるという気持ちだけは整理しておく。
セーフルームが絶対に安全で食料も心配なかったならどれほど良かっただろうか。
それから珍しく零番のムイが私のところに来る。
「ナナミ、一緒にシャワー浴びない?」
「え…一緒ですか?」
「そう。大分汚れてるのに全然シャワー浴びてないでしょ?私が洗うよ」
「自分でできますよ?」
「まぁ、いいから」
そう言われてシャワー室に連れていかれて服も脱がされ一緒にシャワーを浴びる。ほとんど水を飲むためだけに使っていた場所だが普通の用途で使うのは久しぶりで、温水も出ることを初めて知った。
一体どうして私と一緒に入りたがって来たのかは分からないが、ただの水浴びなら一人で入ればいいのにと思うが。
「あの男を心配してるのか知らないけどナナミが一緒にいると絶対今日調達来ないよあいつ」
「…そうですか」
「今日一日中央で過ごしな?そしたら可能性はあるから」
「それを教えるためにシャワー誘ったんですか?」
「たまにいるのよ、弱い姿を見て母性感じるのが。結果大抵死んじゃうからさ」
心配…してくれているんだろう。ククと比べて説明も上手だけど、見捨ててもいいと思ってるのかと少し冷めた人なのかと思ったところもあったけどなんだかんだ状況をよく見ているから人数の増やし過ぎに心配したり。
今だと少しでも立ち直ってほしいから人数が減ったことへの状況を見ているのかもしれない。
「そうですね…寝ているだけでもいいですか?」
「話すことなんて食べ物の話題くらいよ、個人情報言えないんじゃ過去を話すわけにもいかないんだし
」
それはそうだ。味気ない物だ。一緒に協力すると言っても結局は内心を漏らせば弱音しか出ないし、過去の話しもこの館に来てからのことしか話せない。
それからただの水浴びだが頭を洗ってくれたりと優しくしてもらい、気持ちも幾分か落ち着いた。
タオルや乾かす物はないのでシャワーから出たらお互いに髪にまとった水滴を指で梳いて少しでも早く乾くように中央でやり合う。
その様子を見てた零番のもう一人の女性がこちらに近づいて私をじっと見る。
「山田ちゃんだよね?どうして山田にしたの?」
「特に…理由はないです」
「私はオクラが好きだからオクラにしたよ」
それは個人情報にならないのだろうか。名付けとか好物くらいならいいのか?
「ナナミは知らないだろうけどオクラは怪物に一度つかまって逃げたことあるんだよ」
「逃げ…れるんですか?」
「オクラに聞いても暴れたとしか言わないけどね」
「いや、焦ってなにがなんだか分かんなかったんだよね!生きてるし良かった良かった」
こんな状況で零番は明るいというのもあるが、能天気な明るさというよりも怖い体験をしても生きてこれたからこそ明るいのかもしれない。
「山田ちゃんは幾つなの?」
「オクラ?だめよそういうのは」
「えー…学生は珍しいのに」
気が抜けるというか、今日が調達の日だということを忘れてしまいそうになる会話を二人がしているので静かに聞いていると零番の男性陣もこちらに来て会話をし始める。
髪が乾くまでは寝ることができないから大人しく聞いているのだが、ちょくちょく私に対して会話を振られる。
「ナナミちゃんはなんでそんな平気なの?ホラー得意だったりして?」
「いえ特に」
「みんな中央で興味なさそうにしてたけどナナミちゃんは最初からわりと冷静だったよ」
「そうなのか?泣き声ばっかりでよく覚えてないわ」
あんまり良いイメージ持たれてないと思ってたけど、普通に接してくれるんだな。ハチロウの様子や二十八番の女性陣の様子も気になるが、ムイのいう通り私がいることで二十八番が全員やる気ないのもいけないので見ることはせずに、髪がある程度生乾きになったら眠気があると一言告げてククのハンカチを目に当てて横になる。
その間もハンカチの件などでククがからかわれていたりするが、無理にでも休んでおく。
時間も過ぎて行って、三日月を見せる時計をちらりと見てからムイに小声で話しかける。
「日が変わっても私はここにいるべきなんですか?」
「いや、反対方向の角に行けばいいよ。食料は今回あるから一日ナナミは休んでおきな」
本当に心配してるだけなのか。二十八番が誰も行かないとなったら私に配給されたら他のグループから不満が出たりしないのか。
それとも実は二十八番そのものに配給をしないための作戦…?いやそんなことをすれば私の恨みを買うだけ…私一人なら別に消えてもいいからって考え。
考えれば考えるほど悪質な方向に考えてしまう。
最悪道は分からなくても一人で調達に行くくらいの気持ちで今日は休んでおこう。結局のところハチロウが行けば全て解決する話だ。
時間が過ぎていき、日が変わる一時間前の頃合いになれば、ムイが促すので私は二十八番とは離れた位置に行って横になる。
ハンカチから少し様子が見えるように中央を見ていると日が変わりククが集合をかけ始める。
「今日の調達に行く、集まってくれ」
ハチロウはやはり動く気配がない。女性陣は当然のように二人で固まって、狂った女は何かを乾いた喉で呟くだけ。
今からでも私が行くべきかと悩んでいるとククがハチロウに近づいていく。
「ハチロウ君。交代して行くんじゃなかったのかい?」
「……それは…」
「ナナミちゃんは連続で行って疲れてるよ。もちろん俺たちも疲れてる。ただ慣れっていうのはあるからね。慣れてないナナミちゃんが君のために頑張ったのに君は何もしないの?」
「俺は…だって…な、ナナミちゃんが助けてくれるから…」
「そのナナミちゃんは疲れてるんだよ?」
「今のリーダーはナナミちゃんだろ!それなら…いや…ごめん、違うよな…俺行くよ」
こいつはもう駄目だなと思っていたが、まだ強気な気持ちというか正義心というか。そういうものがハチロウには残っていたのだろう。
ただこんな情緒不安定になってる奴を連れて行って大丈夫なんだろうか?
むしろ足手まといになりそうな気がするけど、私が言うのもなんだが…。行かない奴がハチロウに何かを言えるわけではないが、大きな声を出しちゃいけないのに精神が不安定な人は叫ぶと思う。
足取りは覚束ないが中央に集まって全員が前後や位置を決めて、扉に向かってセーフルームから出ていく。
そこまで見届けてから私は溜息を零して、時間が過ぎるのをゆっくりと待つ。
食料は確かに今の状況なら安全だ。ナッツなど炭水化物を少しでも入手できたのも大きいと思う。量は少ないが。
水問題に関してはシャワー室からコップ一杯という制限があるが無いよりはマシだ。
水…?どうやって水を取ってくるんだ?未開封のペットボトルでも落ちてるのか?可能性は無くはないが、そんな都合よく落ちてる物か?
そもそも館にある水が安全だって保証はない。
やっぱり私達新参者が知らない情報がまだ彼らにはあるんだ。壁の隙間を見つけて食料を見つけたなんて判断もよく考えればおかしい、何故あそこにあると分かったのか見てみるまでは分からないし隙間に入ろうなんて危険なことをできるのも。
冷静になればなるほど不信感が募る。
ということは罠に関してももっと詳しい?もしかして日が変わると部屋の位置が変わるのをある程度分かっていたりとかするのかもしれない。
それを知るには信頼を得るか零番という毎回調達をしないといけない所へ踏み入るしか…。
嫌だけど諦めるしかないか…?
何時間もうじうじと悩んでいると時間が四時を示す頃になって扉が開く。今回は何人死んでいるだろうかとハンカチをどけて扉を見ればムイ達が中に入ってくる。
その後は零番の男が扉を最後まで確認して閉める。
帰ってきた人数は十五人程。五人が死んでいて、ハチロウも見当たらないのだがククが見当たらない。
「今日は豊作だ。お茶も手に入った」
中央に集められるのは未開封であろうペットボトルのお茶がある。水も確かにあって、やはり何か隠してること、言ってないことがあるのだろう。
食料も果物をいくらか持ってきて中央に置かれていく。
「それと今日から零番のリーダーは俺ムトウだ。まだ寝てる奴がいたら教えておいてくれ」
他の人も異論はないのか、話しがそのまま流れて配給の時間になる。
私ももらっていいのか悩んでしまうが、一応中央に行くとムイから果物を手渡される。
「お茶…飲む?」
「えっと…」
「飲んどきな二口くらい」
言われるがまま、二リットルのペットボトルを直飲みする形で二口貰い、果物も貰うのだが。
「ムイ…?」
「あー…そうよね後でそっち行くから待ってて」
今は配給もあるので言われるがまま角に行き、新しいリーダームトウを見るがククから元々死んだときはリーダーになるように言われていたのか動きに迷いは無いし、ククが死んだことを顔に出すこともない。
しばらくしてムイがこちらに来てから隣に座る。
「状況はわかるわよね?」
「死んだんですよね?」
「そう。死んだ。死に方は…二十八番の男がククを巻き込む形で一緒に食われたわ。だから新参者は嫌いなのよ…あ、ナナミは頑張ってると思うよ?けどね…こういうこと結構あるの」
そうか、まさか足手まといどころかククを殺すような結末になるとは。
なんと言えばいいのか迷うが、状況を聞いてもいいものか。
「もう残り人数少ないですけど、どうするんですか?」
「あぁ、それなら心配ないわ、もう少ししたら売られてくるからそれを買う。期待はできないけどね」
「コンビニでもあるんですか?」
「あはっ。コンビニとか久しぶりすぎてもう想像できないや。この館にはセーフルームが幾つかあんのよ。その中で余裕そうなところから人員分けてもらったり…って言い方しても仕方ないかククしかそういう言い方しなかったし。人員を売り買いするのよ。食料も」
「それってやっぱり日にちが変わって部屋が移動するのがある程度分かるってことですか?」
「やっぱりってそんなこと考えてたの?私達にはわかんないわ。けど相手のセーフルームはここよりマッピングとか結構してるみたいで分かるみたいよ。だからまぁ…ナナミなら分かるんじゃない?二十八番だし」
まぁ…ハチロウは追放してもいいとか、わりと扱いが雑だったこともあるのに女は精神壊れても残されてるところを考えたら、売り買いするのは壊れた女や、調達に参加しない女なのだろう。
そうなると私も商品になってる気がするが、売られたりするのだろうか。
「売られたらどうなるんですか?」
「まぁ、そりゃ犯されでもするんじゃない?私やナナミは大丈夫よ調達に参加してるし。セーフルームが色々あると分かってても商売しているセーフルームはそこくらいしか分かんないかな。たまに合併することもあるんだけど食料に余裕ないとセーフルーム探しなんてできないしさ」
結局食料か…。新しくホールに人が来ても食料に余裕がなければ匿うこともできない。
実際私達二十八番が来た時には食料と呼べるものなんてこのセーフルームには無かった。
「ペットボトルはなんなんですか?」
「あれはうちらの極秘だね。ナナミにも知ってほしかったけど場所がちょっと危険だし見つかるか分かんないのよ。私達みたいにシャンデリアがあるホールで来る者いるけど、ペットボトルの飲み物が出てくる場所が一部分かるんだよね」
「食料を一日に何度も取りに行かないのは?」
「危険なのもあるけど、怪物がそこを寝床にしているから。全部取ったら移動しちゃうでしょ?そしたら情報無しで探さないといけないし」
そうなってくるとクク…ムイ達はある程度場所に目星を付けていたのは何度も失敗と成功を繰り返して分かりそうな場所だと豊作、分からない場所だと不作と言った感じか。
「罠とかはわかんないよ?毎回位置変わるし、あと拠点型の怪物と徘徊型の怪物がいるからそれも断定できない。だから私達はルールしか言わない。水とかも毎回分かる場所が出てくるとは限らないから結局探索は続けないといけない。どうしようもないのよ」
何か法則でも見つけられたら大金星だろう。ただその法則を見つけようとして何とかした結果が今なんだろう。
ムイの方を見れば少し手が震えてるのを見て、多分ククが死んだことを何とも思ってないわけではないのだろうと分かる。ただそれに対して掛ける声も見当たらないし。
いっそまともじゃない方がまだ救いがあるのかもしれない。
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