第5話 サムワンズミートベイビー

 二十八番は私を合わせても五人。これは多い方だろう。零番も多い方だ。

 それ以外の全員の数を合わせても四十人程。二十人で毎日調達に行っても犠牲と見返りが見合わない。


 グループのリーダーがいなくなったことで居残り組が減ったとしても毎回十人の犠牲を出すようなら全滅は免れないだろう。


 それを分かってるはずなのに中央の零番は楽し気に話している。


「その…どうだったナナミちゃん」

「あ、調達のことですか…」


 交代制にしようと話し合ったからハチロウは今回の調達内容が聞きたいのだろう。

 私が知ってる限りのことを話して、そして絵画が声を真似る可能性や体に触れてくることもあるかもしれないことも伝えておく。


「そんなことが…俺も配置希望してみようかな…」

「それがいいですよ。見えない糸は助けてもらわなかったら間違いなく死んでましたから」


 それにタロウに限っては助ける余裕があるほど糸の察知が早かった。やっぱり零番の連中は危機管理が他より優れているのだろう。


「それにしたって、どうしてあんなに余裕なんだろうね」

「彼らからしたら調達が日常の一部…とかですかね?」


 二十八番の女性三人を見れば無気力に果物を食べているだけだ。私やハチロウが死んだら自分がやらなければいけないと分かっているのだろうか。分かっていたとしても死ぬのが自分になったと諦めて過ごすだけだろうか。


 他の連中も無気力ながらも反抗的な態度を示す者はいないので零番は希望でもあるし、命懸けで食料を持ってきてくれる救いでもあるのだろう。


 私もハチロウと二人で交代していけるならまだ頑張れると思い二十八番でハチロウが居てくれてよかったと思える。

 ずっと一人で調達に参加するなんて零番みたいな連中になれる気がしない。


 私はククのハンカチで目を覆ってから横になって休む。

 今日は眠っていても大丈夫。次の調達を考えたらもっと警戒していけば無事に帰ってこれるはずだ。


 意識がぼんやりとしながら今日の疲れを取ろうとしていたら高笑いが聞こえてきて、まだ怠い体を起こす。

 零番の連中が溜息を吐きながら鏡があった方向を見ているのでそのまま視線を向ければ二十八番の女性が一人鏡を見ながら自分の顔を掻きむしっている。


「アハ!アハハハ!アハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」


 正気じゃない…もしくは正気すぎて死にたがっているのか。


「ハチロウ君ナナミちゃんは初めて見るんだったね」


 いつの間にかククがこちらに来ていて当然のように話し出す。


「あそこの鑑を見続けていればああなるんだよ。一回二回とかじゃならないんだろうけど、俺たちが調達に行ってる間見てたんじゃないかな?」

「あ、あぁ…ナナミちゃんが調達に行ってくれてる間、髪が汚れてる気がするとか言って見に行ってたけど…それでも最初の一回と合わせても二回じゃ…?」

「何時間見てた?」

「それは…」

「長時間見ることは禁止。これはルールだよ。まぁこうなったら仕方ないけど隅の方に追いやっておくしかないね」


 殺すわけではないのか。ククが単純に女性へ甘い性格なのか、零番に指示を出して鏡から離れさせて布で鏡を覆ってから。次の居残り組であろう人物を呼んで取り押さえておくようにしている。


 奇声を上げながら最初は抵抗していたが髪を掻きむしるようにして転げまわってから魂が抜けたように動かなくなっていった。

 むしろセーフルームから追い出した方がいいんじゃないのかとも思う。こうなってしまっては調達としても期待はできないだろうに。


 眠りの妨害をされたがまだ疲れは残ってるので、大人しく横になって体を休ませておく。


 時計しか時間間隔を示してくれるものはないが、なんだかんだ結構眠っていたのか時計は三日月マークを示してる。

 もうすぐ次の調達があるのかと思うと居残り組が何かしてくるかもしれないと思い、残していたリンゴを食べてゴミをトイレに捨ててから時間を見て時計の針と振り子を眺めていると三日月マークが消える。


 日が変わり、クク達が中央に調達するリーダーたちを集めるように呼びかける。

 今日は誰が死ぬのか…そう思っていると。


「二十八番?早く来て?」


 まだ動いてなかったのかと隣にいるハチロウの方を見ると眠っているのか俯いたまま動いてない。


「ハチロウ?時間だよ」

「……ごめん。ごめん、俺やっぱりもう無理かもしれない」

「え?」

「頑張りたいけど、無理なんだ。俺ナナミちゃんみたいに強くないし、前だってまぐれで生きてただけだし、今回行ったら死ぬ。絶対死んじゃうんだ。ナナミちゃん助けて…」


 あぁ…どうしようか。今回行かなければさすがに食料が毎回少なすぎて辛い。情緒が不安定になってるだけでたくさん食べさせてあげればハチロウはもしかしたら元に戻るかもしれないけど一度折れた心をどうやって直す?


「二十八番?交代ってことはハチロウ君だよね?」

「俺じゃない…俺じゃないです」

「んー?今日もナナミちゃん?無理させすぎじゃないかな。だって学生だよこの子」

「そうだけどそうじゃなくて…」


 時間をかけても印象を悪くするだけだ。そうなれば零番が助けてくれるかもなんて期待も無くなってしまう。


「いいです。私が行きます」

「本気なの?ナナミちゃん」

「ありがとう…ありがとう……」

「ナナミちゃんが良いならいいけど、いいよ。リーダーはナナミちゃんにするから配給したくなければハチロウ君にあげなくていいからね」

「いえ…ハチロウにも配給をお願いします」


 調子づかせるわけではなく、少しでも恩に着て行ってくれることを考えたらまだ捨てるには早い。

 それに捨てるならどちらかと言えば女性三人の方だ。あっちはそれこそ何も期待できない。


 中央に行くと全体で二十五人程か。居残り組は大半はもう子供と女性だな。ハチロウはこの中にいて気まずくないのだろうか。


「下手に配置を変えても困惑するだけだから前回と同じ位置でいいよねナナミちゃん」

「私もその方が嬉しいです」

「よし、新規は前後を確認すること。ルールを守って行こうか」


 前にタロウ、後ろにトイチ。タロウには前回助けてもらったが今回も助けてもらえるなんて甘い期待はしないようにして行かないといけない。


 扉を開けて廊下を見れば最初にみたホールと似たような形をしてる広場だ。玄関みたいな場所もあるが、あそこから出れたりはしないのか?

 出れるなら最初からクク達だって試してるか…。


 どういう道筋で行くのか最初から決まっているのか扉を開けたら確実に右に進むようにしている。

 覚えやすいからいいけど、そういう安直な理由でそうしてるのかな。帰り道の左の扉がセーフルームだと分かっていれば混乱して逃げてきても分かるだろうし。


 静かに進もうとしたところで絵画がどこにでもあると言わんばかりに廊下の壁左右絵画だらけの廊下を進む。


「ねえ?」

「一緒に話そうよ」

「どうしてあの時見捨てたの?」

「後ろにいるよ」

「お名前教えてよ」


 絵画の数だけ声が聞こえて来て、煩いのを耐えながら行くが零番の連中もさすがにこれには嫌なのかいつもより進行速度が速い気がする。

 集中力が無くなって罠を踏まないといいんだけど。


 絵画の廊下を抜けると突き当りを曲がって、もはや館ではないような場所に出る。廊下と言えば廊下なのだが、壁や床はピンク色の生きている肉のように蠢いていてそこから赤ん坊サイズの手や足が飛び出ている。


 見るだけで不愉快だが、その手や足の指が動いてるのもあって掴まれないようにするには廊下中央を進まなければいけない。


 見たことがあるのか零番の動揺は少なく感じたが、そのまま進み。肉のような床を歩けば足から伝わる感触が嫌でも生々しく、気分が悪くなる。


 気をなんとか持ち直して、この道を通ると言うことは帰りも通らないといけないんだと思うが、自分の履いてる靴がローファーということもあって、今まではカーペットを走ればよかったが、滑りやすいところだと走れるかどうか怪しい。


 後ろが付いてきてるか確認すると、絵画の声に埋もれてどうなってるか分からなかったが人数が減ってる気がする。

 ただトイチはちゃんと生きてるようで安心して周囲の警戒をしながら天井に針?槍のような物などを見つけたりはするが、クク達はちゃんと回避して進んでいく。

 私が何かしなくても良いのだろうが、この場合不意打ちのような罠を注意するべきかと糸のような細い物が無いかとかを注意していくことにする。


 今回は私が注意しているよりもククの足早な動きも相まって前方から早々に食料が見つかったと言う伝達が来る。後ろから了解という返事が来て、進むと隠し部屋とは違って廊下に食料が散らばっている。


 どれを持って行こうか悩んでいるとタロウがこちらに来てから頭を撫でてきた。


「来たばっかなのによく玄関に向かわなかったな」

「いえ、ここにいる人ならもうとっくに調べて開かなかったんだろうなって思っただけです」

「開くぞ?ただよく分からない空間が広がってるだけだ。行けば戻れるか死ぬか分からんようなところだがな」


 呑気に話していて大丈夫なのか、クク達も何を持っていくか選別して何を持って帰るか指示していく。


「ナナミちゃんは今回安全に帰れると思うからポケットとかにナッツとか日持ちしそうな物詰めてもらえる?あとはいつも通り果物かな、できれば水分を含んでる物がいい」


 言われた通り探すが、確かにナッツみたいなものはある。どこに生えてるのかどこから持ってここまで置いてきたのか分からないような代物だ。

 果物はオレンジを無難に選んでおいた。腐りやすいかどうかは分からないが冬にみかんを大量にダンボール買いする人がいるので日持ちしやすい気がしただけだが。

 何よりナッツと言ってもそこまで量があるわけではないのでオレンジもポケットに入れておく。


 みんなも持って帰るものが決まったのか、ククが小さく手を挙げて帰るように先導し始める。

 今日の犠牲は間違いなく少なくて収穫も今の人数を考えたら大量と言えるだろう。良かった。


 そう思って肉の廊下まで戻ってきて後ろから声が聞こえた。


「あ、返して」


 もしかして壁の赤ん坊の手に捕まったのかと後ろを少し振り返ったら廊下の肉壁から赤ん坊の顔が大きく出てきて食料を持っていた人を捕食し始めている光景を目の当たりにした。

 ぐちゃぐちゃという咀嚼音が響くのと同時に壁から生えてる赤ん坊の手足が喜んでいるように動いていて、私は足を滑らせないように集中してさっきの光景を見なかったことにしてただ歩く。


 やがてカーペットの感触を靴から感じて安堵するが。最後まで気を引き締めて絵画の廊下を抜けてセーフルームまで帰ってくる。


「今日は大量だ」


 ククが部屋を閉じるまで全員が黙っていたが、それを聞いてようやく一息吐いて中央に集めたオレンジとナッツを置いて行く。その際にグミがあったのを思い出すが、これは私が元から持っていたものだから大丈夫だろうとポケットに入れたままにしておく。


「ナナミちゃんこっち来てくれる?」


 ククが手招きするので近づくといつもの温和で何を考えてるか分からない表情ではなく鋭い目つきでいる。


「本当にハチロウ君へ配給するつもり?」

「はい…」

「君はまだ日が浅いかもしれないけど、勇気や冷静さを評価してるつもりなんだ。だからこそ冷静に考えてほしい、一度甘い汁を啜った人間はとことん屑になるだけだよ」


 言いたいことは分かる。こんな状況だし、突然になって弱気になったハチロウは正直頼れないと思った。

 ただ私が勇気があるかと言われると零番の印象稼ぎをしたかっただけで勇気とは違う。


「一回だけ。大目にみてもらうことはできませんか…?」

「はぁ…それに優しいんだね。一回だけだよ?もしそれでも駄目なら追放する。そしてこのことをハチロウ君には言わないこと」

「わかりました」


 豊作だったこともあって、調達に一日行かなくても良くなったことを考えればハチロウがまだ頑張れるかもしれない。

 ただ、私も別に優しいわけではない。これでハチロウが頑張れないなら追放だろうと、私が配給をしないだろうと受け入れる。

 罠も少なく簡単だったはずの今回だって犠牲者が出てしまってるんだ。調達する人がいなくなればもう生き残る道は途絶えてしまう。


 ククと一緒に中央へ行ってハチロウの分も配給を、ナッツとオレンジ。ナッツと桃を貰ってから角に行くと、俯いているハチロウへ声をかける。


「オレンジと桃、どっちがいいですか?」

「あ、あぁナナミちゃんごめん…ごめん…生きて良かった…」


 それはまた私に調達を任せられて良かったの方なのか。純粋に生きていて良かったと思ってるのか分からない。


「どっちですか?」

「あぁ…桃をもらってもいいかな?」

「どうぞ」


 今回はあまり疲れてないが、あまり見るべきではなかった光景を見てしまったので今日も食欲が湧いてこない。

 シャワー室の水だけ飲みに行って、部屋の角に戻るとハンカチを目に当てて横になる。


 どうせ目に映る光景は気が狂ってる女や、慰め合ってる女。恐れて何もできない男と、中央で楽しそうにしている連中くらいだ。


 目に映したくないのが二十八番という自分のグループが大半を占めてると思うと嫌な気持ちがかさ増しだ。


 とにかくハチロウ以外で交代で調達できるような人物が欲しい。こんな食料を楽に手に入れれるかなんて運でしかない。少しでも信頼できたら疲れも少しはマシになるだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る