第4話 ミラーミラーミラー

 会話を聞いてもやはり得る物はなく、時間だけが過ぎていき配給される果物に不満を垂れる人ももういない。


 私は調達に加わるために時間を見て、日が変わるのを待っているとハチロウが不安そうにこちらを見ていることに気づく。


「どうしたんですか?」

「いや…本当に大丈夫なのか?

「大丈夫ですよ」


 心配してくれているのだろうが、ここで私が行くのを嫌がれば自分が行かないといけないのを分かっているんだろうか。そうすれば死ぬのはハチロウかもしれないのに。


 時計を見て日が変わったのをクク達が確認して集合をかけるので私は中央に向かい、前後の列だけ自己紹介をするように指示されていく。


「ナナミちゃんはどの位置にいたい?」


 ククが何故か私にだけ聞いてくることに違和感を覚えるが、零番の連中も私がどう答えるのか待っているようでどこがいいか考える。

 当然ながら先頭はありえない、危険もそうだけど道が分からない。

 だとしたら零番の後ろあたりが良いように思える。危険性を彼らは一番理解しているだろうし、後方になれば調達したあと逃げる際に後ろから何かに襲われたら一番最初の被害者になる。

 とはいえここで聞いてくることにも私が答えても素直にその通りになるものだろうか。いや、深読みをしていても仕方ないだろう。視界の確保がしやすいのも含めて零番の後ろを言うべきだ。


「零番の後ろに付きたいです」

「そうかい?理由を聞いてもいいかな?」

「進みながら一番周りを見やすい位置だと思いました」

「あー、そうか、じゃあ後ろに付くといいよ。前後の挨拶だけしてきな」


 どう、そうかとなったのか。怖いからとかそういう理由だったら断られていたあたりか。

 なんにしても要望は通ったわけだし文句は無い。私は前後の人に挨拶をするべく零番の人を見るがククでもムイでも無いみたいだ。


「よろしくお願いします。ナナミです」

「よろしく。タロウだ」


 番号みたいな名前じゃないらしい。自分で名付けてもいいと最初に言っていたから自分で決めたのかもしれない。苗字をいうよりもう少し考えた方が良かったかもとは思うが、名付け親になると愛着が湧くと言うしククから好意があればそれに越したことはないか。


 後ろにも挨拶をしておいて名前を聞いておく。


「九番のリーダーでトイチだよ、よろしくね。後ろは安心していいから」

「安心ですか?」


 グループ番号が古参というわけでは無いのは分かってるが、それでもこの人はセーフルームで普段寝転んでいて無気力だった人だ。それがやけに自信めいてるものを感じる。

 こんな状況でそれだけ余裕ということは頼りになるんだが痩せこけている姿に力強さはない。


「準備が出来たな?行こう」


 ククの声が聞こえて扉を慎重に開けてから進み、私もセーフルームから出てみるが、ハチロウの行ってた通り知らない廊下だ。

 壁には照明器具が用意されてあり天井を見れば高く、注意を逸らせば何があるのか分からなくなりそう。

 床はどこもそうなのかカーペットが柔らかに敷き詰められている。


 前から離れすぎないように付いていくが、零番の動きは丁寧で、一定間隔ごとに点呼を取っている。

 私達にもそうするように言えばいいのに、それをしないのは自分たちの命優先ということか。


 話しだけ聞いていたらあっという間に聞こえていた調達も実際に自分の足で歩けば結構な距離を歩いてるように感じる。その中で途中絵画を見かける。


 壁に置いてある絵画は女性の絵があり、笑顔で肉を頬張ってる。その肉もやたら血が滴っているという悪趣味な絵だと思って零番が素通りするので私もそれに付いていき真横に絵画がある位置まで進んだら質問をされる。


「これ以上先に行けば死ぬのに行くの?」


 どういうことか?それを思わず聞き返したくなるのを押し殺し、先に進む。

 少し進んだ先で後ろから何かを咀嚼する音が聞こえてくる。絵画は無視するように言われていたはずなのにそれを聞かなかった?今ここにいる新参者は私だけのはずだがそんなミスをするだろうか?


 一人一人話す内容が違っていて思わず声をかけたくなるような内容を絵画が吟味しているとでもいうのなら分からないことも無いが…それとも別の何かが後ろにいる?


「ナナミちゃん大丈夫さ。後ろは問題ないよ」


 トイチが私の肩に手を置いて安心させるように話しかけてくれる。

 そうだ。前後だけを意識していれば良い。死んだ人を気にかけていれば周りを疎かにしてしまう。


 感謝を述べるべきか悩んだが、帰った後でもいいだろう。


 ククは廊下をたまに斜めに移動したりとするのでその度に床と天井を見れば、床には不自然な凹凸があったり、天井には巨大な目が真下をじっと見ていたりしている。

 念のため後ろを振り返ればトイチの顔をちゃんと確認して、全員が付いているのを見てから前を見ると奥の方で何か煌めいているような物が見える。


「声を出さないように」


 零番の連中同士で確認しているのが聞こえたので、私も細心の注意で進むと、煌めいて見えていたものは鏡だ。そこには私以外が得体のしれない存在が映っている。

 自分の目で見れば前はタロウ。後ろを見たらトイチがちゃんと見える。


 鏡をどう対処すればいいのか零番の動きを見るも、特に何かするわけでもなく鏡の廊下をそのまま通っていく。

 壁は鏡で埋め尽くされており、天井や床は相変わらず何か仕掛けられているが意識が鏡にばかり気を取られてしまう。そういう罠なのかもしれないが、映ってるのが自分以外が怪物に見えるのは否が応でも意識がそちらに割いてしまう。


 鏡を見ていれば、後ろの怪物が私に向けて大口を開けて食べようとしているのが見えるが、鏡が見せているのは偽物だと思い振り向かないように前だけを見て歩けば鏡張りの廊下を過ぎて、十字路の分かれ道に着く。


「今日はどうするか?」

「扉が見つかるかもしれないし真っすぐ進んだら?」

「それだと食料が確保できないかもしれない。人数も少ない今は左右から選ぼう」


 扉とはなんのことか。会話に混ざれないので行先は零番に任せっぱなしになるが、今は安全だと思い後ろを見てトイチを確認する。大丈夫本人だろう。


「よく冷静でいられたな。あんまり怯えた様子もないし二十八番のリーダーはナナミちゃんがやればよかったのに」

「無理ですよ…ただ無視することだけ意識してただけです」


 時間間隔も分からないまま歩きっぱなしだ。

 改めて意識してみればこの位置でないと、零番という頼りになる存在がいなければ前後の意識も不安に陥ってしまっていただろう。


 そもそもトイチという男は本当にこんな顔だったか?なんてのも今更ながら思う。


 行先も決まったのか左へ進むが、しばらく進んで途中で止まる。

 何かあったのかと前方を確認するが何も無い。上を見れば天井に絵画が張り付いてある。


 この場合どう動くのか、そう考えていたらククが方向転換して元の十字路まで戻ろうとするので大人しくついていく。絵画には話しかけられても無視すればいいんじゃなかったか?

 とはいえあからさまな罠のようなところに行くのも嫌なものか。


「どうして戻るのかねえ?」


 トイチの声は疑問を述べているが天井まで見ていなかったのだろうか。


 結局十字路を右に曲がる形になったことを覚えておいて、帰りは左に曲がればいいと意識しつつ進んでいく。

 そうすれば今度は壁に目が浮き上がっており、これも進んでいいのか分からない状況になる。

 ただ目のことを気にしてないのかクク達はそのまま進んでいく。私も目を合わせないようにして進むがまた後ろから骨が砕けるか折れたような音を置き去りにして進む。


 前方が確認できないまま進めばさっきの目とすれ違いで視線が合ってもおかしくはない。

 もしあれで死んだのだとしたら目が合うことが危険な怪物なのかも。


 普段なら歩き疲れないくらい歩きなれてるはずなのだが、この体のせいか精神的疲労のせいなのか、疲れが少しずつ体を蝕んでいく。

 早く終わってほしい。そんな風に思っていると前にいるタロウが急に私の頭を抑えて無理やりにしゃがませてきた。

 おかしくなったのか、私が知らない間にタロウが怪物にすり替わっていたのかと焦ったが、零番の連中も全員しゃがんでいて私達の様子を見ていた後ろの人たちも一定数しゃがんでいたみたいだ。


 逆に、立っていた人達は上半身が無くなっている。

 今の一瞬で何があったか全く見えなかったし分からなかった。


 聞こうにも零番が何事もなかったように立ち上がり進み始める。

 周りを見ても罠らしき物はないのにどうやって察知したんだ。疑問に解答は無く、歩いていてクク達が小さな声で話し合う。


 それは前から後ろに伝達形式で言われてタロウが私に小声で伝えてくる。


「食料発見、怪物がいるから静かに多く持たないように」


 前方はまだ遠く確認できないが、ククの位置からは見えるのか視力が良いのか。とにかく私も後ろへ小声で伝達する。

 そうすると後方から今度は「了解」というのが来たのでタロウにそのまま伝えるとククまで伝わったところで静かに歩いて進むと壁に下半身埋め込まれている人間みたいな姿をした者が項垂れている。


 いくら静かに歩いていてもこの人数だとばれるんじゃないのかと自分の鼓動がやけに煩く感じながら素通りしていくが食料はまだ見当たらない。


 改めてクク達を見ると、クク達が居ない。

 タロウが指を差しているのでそちらの方向を見れば人一人分入れる隙間が壁にあったのでタロウも入っていくからここに食料があるのだと思い私も追いかけるように隙間を横歩きで進んで中に入っていく。


 中にはひょうたんのような物から新鮮な肉などが隠されてあった。

 どういうことかを聞きたいが、当たり前のように果物などを選別して確保している姿を見て私も肉は放置して果物を選んで両手に抱える。私の体だとリンゴみたいなものを五個持てばいい方だろうか?

 それとも多く持たないように言われているから一個減らすか?


 悩んでいる間に後列がこの隠し部屋まで全員入ったのかクク達が再度隙間に入っていくので五個持ってタロウの後ろについていく。


 帰りもまた埋め込まれた人間もどきや、鏡張りの廊下を通ることになると思うと知らないより知ってる方が楽なので帰り道は少し気を楽にして戻っていると。


 壁に埋め込まれた人間もどきを私が通ってしばらくした後、私達の存在に気付いて起きたのか悲痛な叫び声が廊下中に響き渡る。


「キアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」


 クク達が早足に移動するので、私も早く追いかけようと走るが、後ろがら振動が響くほどの何かが迫っている足音?が聞こえて来て焦燥感を煽られる。

 罠のこともあり斜めに移動したりするのを足がもつれないように注意しながら目玉も素通りして十字路を左に曲がり、そのまま走れば鏡張りの廊下までなんとか進んでいく。


 息を切らしながら肺が苦しいと思いながらも走れば行きが慎重すぎただけだったのか帰りが早く感じて扉に入っていくクク達に追従してセーフルームまで戻る。


「中に入ったら中央に、俺が最後尾を確認する!」


 言われた通り中央に座り、出入口を呆けて見てみるが。続々と帰還者が戻ってきてククが確認しながら扉を閉める。


 終わったのか。


「今日の収穫は微妙だ。明日もう一度収穫に行けそうなら行こう」


 とはいえ三十人ほどで向かったはずだ。それなら両手に抱えてる分なら前回と同じくらいの成果は得られたんじゃと見渡せば帰還者の数がまた十人ほど減っている。

 そんな死ぬタイミングがあったか?最後のあれか?ハチロウから聞いていたからなんとなく十人は死ぬかもしれないと思っていたが私が進んでいた途中までは順調だったはずだ…いや、食料に着く前に何か上半身を消してきた何かがあった…あれか?


 二十人で持ち帰った量を中央に集めて、私もリンゴを五個その場に置くとククが感心したように話し始める。


「少ない量で良いって言ったんだけど、よく両手一杯に抱えて走ってきたね。助かるよ」

「いえ…」


 ククだって体格差があるとはいえ私よりも多く持って帰ってきてる。走りづらかったろうに。


 集まった物を居残り組にも分配すれば確かに足りない。一日頑張ってこれだけの成果だと十人の犠牲が馬鹿らしく思える。


「配給しよう!念のため今日は一個のみ配給する」


 その声を聞いて居残り組も果物を貰いに中央へ集まる。

 私も果物を貰いにククの所へ行くと苦笑いされながらリンゴみたいなものを手渡される。


「リンゴ、好きなの?」

「あんまり選ぶ余裕なかったので…」

「そっか」


 そういえばお礼を言わないといけないと思って、タロウの所へ行き助けてくれたことの感謝を告げるとこれもまた苦笑いで返される。


「ありゃ仕方ねえ…何が起こったかもわからんかったろ?」

「はい、糸か何かですか?」

「だろうな…前方にいないと分かんねえような物がたまにあるんだよ」


 ピアノ線のような物が廊下を滑るように走っていたなら注意していても気付ける自信がない。

 あとはトイチにお礼を言うだけだと思って、トイチの所へ行く。


「今日は何度も励ましてくれてありがとうございます」

「いいさ。けど何度もなんて俺はしてないよ。一回だけリーダーになればいいのにって言ったくらいだし」

「そうですか?途中どうして戻るのかとか後ろは大丈夫って言ってくれませんでした?」

「は?んなこと言ってないが?」

「…私の肩に手を乗せました?」

「乗せてないよ、いきなり触られたら驚いて声を上げられても困るからな」


 その言葉を聞いてお辞儀をしてから角の方に行って座り込む。溜息を吐いて、どうしてちらほら犠牲のあったような音が聞こえたのか考え直して思う。

 話しかけられるだけじゃない、声を真似て話しかけることもあれば知らず知らずのうちに体に触れられていることもあるんだ。

 肩に感触がまだ残っているような気がしてしばらくの間食欲が失せる。

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