第3話 ハチロウ
トイレから戻ってきたリーダーを見るが、顔色は悪い。
頑張ってもらったからにはお礼を言うべきだろうと思って近づくが、それだけで小さく悲鳴を上げられてしまう。
「あの…リーダーありがとうございます」
「あ、ああ…あの状況じゃ仕方ないよ、えっと君も幼いのに凄いね」
実際の年齢を言っても不利になるだけだし、個人情報は言わない方がいいと言ってたので話すことはないのだが、リーダーが私が座っていた角の方に座るので、他に移るのもなんなので近くに座って周りを見渡すが、全体的に明るい空気になっている。
時計を見れば太陽マークの六時を指している。
「リーダーは配給貰いました?」
「あ、いやもらってないな。貰ってくるよ」
そう言って中央に行くと果物を三つ持って戻ってきた。
私が二個持っているのを見て気まずそうにしているが、調達に行ったのなら当然だろう。元気が続くのなら次も頑張ってもらいたい。
「一個いる?」
「いえ、私は二個で大丈夫です…」
朝と夜に食べるといいと言われたが食欲も特に湧かないのでそのまま時間が経つのを待っていると隣で声を噛み殺しながら泣き始めているので、何とも言えない空気の中、中央の明るい声に耳を澄まして時間を潰す。
こんなこといつまで続けているのだろう。狂ってもおかしくない…それとももうすでに狂っているのか。
協力的ではない人を殺すなんてことをしたくらいだ。
何もしてないのに、疲れが溜まっていたのか目蓋が重くなってきたので横になって意識が沈んでいき眠っていく。
____________________
起きれば、楽しそうにしている中央の連中はいつも通りで、周りの連中も果物を齧ってる者や、寝ている者ばかりだ。
二十八番の女性は三人で抱き合うようにして眠っている。
リーダーは何をしてるのかと隣を見れば座ったまま俯いて起きてるか分からない。
これってもしリーダーが生きて帰ってこなかったら私達は配給されないのだろうか?そうだとしたら一人に食料がすべてかかっている状況か。
ただ少なくとも明日も大丈夫と言ってたから配給は二日分されると思いたい。
懐に置いていた果物を一つ皮を剥いて齧ると生温いが甘味もあるし、腐ってもなさそうで安心して食べる。
食べながらどれくらい眠っていたのか時計を見るともう夜になっているのか三日月の十九時を指している。
明るい状態だとあまり眠れない方なのだが、結構眠っていたようだ。
暗くする方法とかないのかと思うも電気のスイッチは壁に見当たらないし誰も不便に思って無さそうだから服とかを目に覆うくらいしかないのだが手元にはククから貰ったハンカチくらいしかない。
貰いっぱなしでいいのか分からないが別に汚れてるわけではないし返せと言われたら返そう。それまではアイマスク代わりに使って少しでも明るい部屋を見ないで過ごそうと目元にハンカチを覆って桃を食べて、皮と種が残ってどうすればいいか困った。
仕方ないのでそろそろ零番と関わるかと思って中央に近づくとククがすぐに気づいてくれる。
「どうしたの?」
「あの、種と皮どうすればいいんでしょう?」
「それならトイレに流して大丈夫だよ、ゴミ箱みたいな役割も兼ねてるから、詰まることないから安心していいよ」
「分かりました」
育てたりとかはないのか。まぁ太陽も無ければ水も貴重なら育てる余裕もないか、肝心の土もないし。
トイレをノックして誰も入ってないのを確認してから中をみれば普通のトイレだ。ややサイズが大きいがついでに催してきたのでそのままゴミと一緒に用を足して流すと本当に詰まる様子を見せずに流れていく。
普通にトイレットペーパーも使ってしまったりしたけどこれも貴重品だったりするんだろうか?
もっと体に関しても恥じらいを持つべきなんだろうがそんな余裕もなかったな。
トイレから出ると特に何か言われることも無かったので手を洗いたいのと、ついでに水を飲みたいのもあってシャワー室に言って水分補給をしてから角に座るとリーダーが起きたのかこちらを少し見てきた。
「どっか行ってたのか?」
「ゴミはトイレに捨てていいみたいです。あと水を飲んでました」
「そうなのか…そういえば一日にコップ一杯だったな、俺も飲んでくる」
それ以上飲むとどうなるのかリーダーは聞いたりはしたのか気になるがまだ弱っているし聞くに聞けない。
零番も七人で会話をしているがその内容はひたすらに果物の話しばかりだ。話題もないのに会話を続けるのは正気を保つためだろうか。
リーダーが戻ってきて座り込むと、果物がまだ三つな事に気づいて食欲ないのだろうとは思うが食べないと元気出ないだろう。
「吐き気無いなら食べた方がいいですよ」
「あぁ…そうだな。そうしよう」
皮ごと齧って口の中大丈夫かと心配するが、すぐに皮を剥いて食べた方がいいと分かったようで剥いてから食べ始める。
リーダー交代制にして私が行くのもいいかもしれない。そうなると女性三人を養う形になるが…あまりにも覇気がなさ過ぎて次行けばこの人は死ぬかもしれない。
交代制なら危険を半々で分けれるし良い妥協案か。
「あの。次の調達私が行きましょうか?」
「え…いや、俺が行くよ。君は…行かない方がいい」
「みんなが帰ってくるかわからなかったですし…知る必要はあるのかなって」
「そう…か…強いんだな。それなら今回の調達がどんなのだったか言った方がいいよな…?」
「できれば」
リーダー、斎藤と名乗ったらしい。そして何人目とか適当な名付けがその時も起こってハチロウと名付けられて最初は移動しながら注意することを言われていたらしい。
・絵画に話しかけられても無視すること。
・前後にいる人物の名前と顔を覚えておくこと。
・大きい声や物音を立てないこと。
・天井と壁、足元と周囲を常に気にすること。
まず扉を開けたら以前と違う光景だったこと、シャンデリアとかは無く、廊下が一面続いていたと言う。
四つを守れば大体は大丈夫と言われて、それなら問題ないと思っていたが、途中で小さく呻く声が前から聞こえたと思ったら何が理由か分からないが死んでいた仲間を列の邪魔になるからと蹴ってどかしてそのまま移動を続行。
廊下は長く、注意事項にもあった絵画が話しかけてきたりなどあったがそれを無視して進めば、分かれ道があって、右から行くことをククが選んで注意しながら歩いていたが、今度は後ろから悲鳴が聞こえて振り向いたら天井から黒い腕が女性の首を掴んでいて苦しそうにもがいてる姿を見てどうすればいいか迷っていたがすぐに前方にいるククから。
「前進、止まっちゃだめだ」
言われるがままに苦しそうにしている女性を見捨てて進んでいくが、帰り道はどうするつもりなんだと思いながら付いていき、とにかく前後の人物だけを意識して列を崩さないように歩いて進んでいくとククの案内通りにしていれば食料があるところがあって、本当に見つかるものなんだと思っていたらククから再度全員に小さな声でこれからどうするかを伝えられていった。
「食料を持ったら、急いで元の部屋に戻ること、死体の遺品なんか漁ったりしちゃだめだからね」
最初にククが食料持って早足で静かに移動するからそれに続いて順番通りに食料を持っていくだけで終わると思っていたが、ハチロウの番になって食料を持って早足で移動するのだが振り返ったとき、後ろにいた奴が知らない顔になっていて大きい声を出さないことを言われていたからなんとか堪えてそのまま移動をする。
前にいたやつは後ろ姿だったけど知ってる髪型と服装だったから大丈夫だとは思っていたんだけど後ろから足音がやけにうるさく聞こえて、さっきのこともあり怖くなっていたら黒い腕に吊られている女性の体のとこまでなんとか戻ってきたら。
その体めがけて後ろにいた奴が飛びついて足に齧りついたのを見て、やはり知らない人間になっていたんだと気付いてからは、それを見ていた前にいた奴が驚いて動きを止めてしまい。
ハチロウはどうすればいいか悩んだがその人を追い越して走ると後ろから骨が折れるような嫌な音と悲鳴が大きく聞こえて、ククが全員に聞こえるように。
「もう駄目だ!全力で走れ!」
そう言われてからがむしゃらに走って誰を追い越したのか分からないままククの姿を見失わないようにしていたらなんとか帰ってこれたそうだ。
「今思えば、多分分かれ道ではぐれた人もいたのかもしれない…」
「十人くらい減ってましたよね…?」
「そうだったか…?俺が見たのは三人は死んでることくらいか…」
聞いただけだとあまり情報は得られなかった。とはいえ天井から殺意が高いものが来るのは分かったので十分に注意したいが。最初の犠牲者がなんで死んだのかが分からない。
列に並んでいた状態なのに急に襲われたわけでもないのに死ぬものだろうか?
食料もなんで廊下の奥にあったのか。クク達は結構この館に関して詳しいのだろうか?それなら調達の前には少しでも知ってることを聞いておかないといけない。
「あんまり参考にならなくてごめんな…」
「いえ、怖かったのに話してくれてありがとうございます」
日が変わるとこのセーフルームの場所が変わるのか?ククはたまにホールで人が出てくると言ってたから一定周期みたいな間隔で移動していてそれに詳しい可能性がある。
でもそれなら新参者全員にもっとちゃんと説明しないものだろうか?
単純に化け物の正体が分からないまま殺されているけど食料を探しているだけなのかもしれない。
それに『今回は大量』という言葉もどこに食料があるのか実際の所は分からないのかもしれないから期待はしないでおこう。
「えっとなんて呼べばいい?」
「私ですか?ナナミらしいですよ」
「そっか…もし無理だと思ったら次の調達も俺が行くから」
「それは…ありがとうございます。大丈夫ですよ次は私が行きますから」
そりゃ私だって行きたくはないが、ハチロウが死んだらどうせ私が零番に行くか、リーダーになるだろうし結局いつかは行かないといけないなら早めに体験しないといけない。
むしろハチロウと零番の好感度を稼いで自分だけのグループを早めに作れるようにしておきたいというただの打算でしかない。
今日は調達に行かなくてもいいと思っているため元気なうちにリーダーを一時交代できるようにククに伝えようと中央に向かうと、やはりクク以外は私を見る目が冷たい。
「ナナミちゃん、配給は明日になってからだよ?」
「いえ…次の調達、二十八番のリーダーを交代して私が行ってもいいですか?」
「え?」
私の桃はまだ一個あるし食料目当てだと思われていたなら冷たい目をされて当然だとは思うが、リーダーの件を話しても周りの目は冷たいままだ。
「いいけど、リーダーはハチロウ君のままだよ。代わりに調達に行くのはいいけどコロコロリーダーが代わったらグループがまとまらないからね」
「そうですか…今のうちに外にいる危険を知ってる範囲で知りたいんですが?」
「やっぱり君は冷静なんだね。説明してあげたいけど俺たちも知らないことが多いんだ。名前を聞いてくる怪物、悪質な罠、あとは目に見えて分かる化け物なんかもいる。絵画の質問に答えたらそのまま食べられたり、俺たちは怪物がどこかから集めた食料を奪って食いつないでる。こんなところかな?」
「列になって移動するんですよね?前後の顔と名前を覚えるのはどうしてですか?」
「ハチロウ君から聞いたのかな?俺たちはドッペルって呼んでる怪物だよ、そいつが厄介でね。いつの間にか入れ替わってしまって本人がどこにいったのか分からないんだ」
ハチロウの発言で気になったのはあとは黒い腕とかだろうが、この調子なら知らないだろう。
あとは私たちが食べている物が怪物の食料だったことには少し驚いた。怪物もまともな物を食べるんだな。種類によるんだろうがセーフルームみたいな場所というわけでもなさそうだし強い生き物が住処として廊下のどこかを占領していると考えるのが妥当か。
ドッペルとやらの対処法は分からないが、ハチロウの話しだと黒い腕に殺された死体に齧りついていた…人間を食べるなら目の前にハチロウがいるのだから食べればいいのにそうはしなかった。
「他に名前を付けてる怪物はいないんですか?」
「聞くねえ?あとは鬼とか影とか虫をそのままでかくした奴とかいるよ」
本当になんでもありなのだろう。そして名前というより特徴を出来る限り伝えて分かりやすくしてるのかもしれない。
「ありがとうございます。次の調達は頑張ります」
「いいよ。ナナミちゃんが良かったら零番にいつでも来て良いからね」
ククに話しかけるよりムイという女性に話した方がもっと詳しく話してくれたかもしれない、少し失敗した。
私は角に戻るととりあえずハチロウに話しかける。
「リーダーの件は無理でしたけど、調達は代わってもいいそうです」
「そ…っか。ごめん」
別に謝る必要はないのに弱気になられたら交代したとき私が困る。
今回の食料を改めて見るが果物が一日二個、調達組は三個か零番はもっと多めに取るかもしれない。
栄養的にやっていけないのはもちろん、水分がシャワー室での一杯というのは絶望的でしかない。必要量を遥かに下回っている。
それもまたどうするつもりなのか、動かない隅にいる人達を見るがすでに果物を食べきって疲れて寝てるのだろうけどこれらは単純に水分不足の可能性が高い。
百人にも満たないこの数だと毎日でも調達しないと間に合わないだろう。
多分新参者が知らないまだ何かがあるのだろう。そう思わないと果物なんかで満足できるとは思えない。
それをどうして言わないのかまでは分からないが信用してないからか、はたまた希望を見せたらそれに縋ってしまうからか。
ムイの最初の発言からは助けるつもりがなかったように聞こえる話し方もあったので新しい人を迎えるのはリスクが伴うってことだ。協調性の無い者をいれるとたしかに厄介だが囮はいくらいたっていいだろうに。
助け合い、なんてことではなく。人がいれば最初は役に立たなくてもいずれは食料を抱えてくれる大きな戦力だ。
考えても一回調達に行くまでは信頼も得れないだろうし、時間まで私も横になっておこう。
貰ったハンカチを目に覆って横になって時間が過ぎるのを周りの声を聴きながら静かに待つ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます