第2話 居残り
時間も数時間が経って中央の連中が話す内容を盗み聞いているとルールの説明が大体終わる。
1、角の鏡を長時間見ることは禁止。個人情報禁止
2、シャワールームの水は一日コップ一杯 湯舟はあるけど使わないこと。
3、トイレに長時間いることは禁止。
4、勝手にセーフルームから出ても扉は閉めておくこと。
5、食料等は零番グループが優先的で、配給されない限り勝手に盗み食いは禁止。
6、それぞれグループごとに協力すること。またリーダーを決めること。
7、誰かを巻き込んで死なないこと。
七つのルールを説明して、その説明の意味を考える。
恐らく鏡やシャワールームの水は何かしらの罠でも仕掛けられてるのかもしれない。
それと似たようにトイレも長時間いれば何かあるのだろう。
他のルールに関しては生き残る上で守られるべき内容なのだろう。零番が優先されるというのも調達というのをやっているからだろうし、セーフルームで何もしない奴よりは動いてくれる人物に食事を優先するというのは当然だと思う。
鏡を見る者もちらほら元二十八番から出てきたので、私もそれに混ざって自分の姿を覗いてみるが中学生のような容姿の女の子が見える。体を動かせばその通りに動くので事実私がこの見た目になってるのだろうと思う。
喋ったときも甲高い声が頭に響いたのもあり、確認を済んだら他の人に譲ってそのまま元の角へ座りに行き大人しくしておく。
時計を見れば時間が経ったからか電子的な太陽マークが三日月マークに変わっている。
予測でしかないが朝と夜というのをこれで確認できるのだろう。やけに優しい設計をしているものだ。
空間だけは明るくて仕方ないがトイレもシャワーもあるし、生活は最低限この部屋で出来るようになっている。
とはいえ水や食料が限られているなら何もしないわけにはいかないのだが。
二十八番は零番に行った者を除けば今は六名と少ないし、私以外は泣きじゃくっていたり吐瀉の臭いが残ったままシャワー室に行くこともなく座ったまま動かない。
これじゃリーダーを決める話もできない。形だけでもいいからなってほしいと言える空気でもないし、泣いてる奴が元気になるまで待つしかないだろう。
「二十八番はリーダー決まったかい?」
零番のリーダーであろうククという男がこちらに来て聞いてくる。この状態で決まってるわけないだろうと言いたいが、それを言えば私になればいいと言われそうなので静かにしていたら困ったように頭を掻いている。
「んー…困ったな。それじゃ僕の方から決めてもいいかな?やっぱり男の子が引っ張ってあげたらいいと思うんだ。どうかな?」
そう言って吐瀉の臭いをしている男に話しかけるが反応は鈍い。
それでも勝手に話しを進めて説明してくる。
「各グループのリーダーには俺たちと一緒に調達を手伝ってもらうことにしてるんだ。日が変わったらセーフルームの外を見て大丈夫そうならそのまま調達に行こう?」
日が変わってからというとあと四時間ほどか。というかリーダーは調達手伝うとかなら零番に行った方がいいんじゃないだろうか。
「お、おれは嫌だ…もうここから動きたくない…」
「そうかい?それじゃあ君に食料は渡せないよ。みんな生きるのに必死なんだ」
「なんでおれなんだよ!他の奴がリーダーすりゃいいじゃねえか!知らねえよ、んなもん!」
「たとえ君以外がリーダーになっても君には食料を渡せない。俺たちだって同じ境遇なんだから」
ククはしっかりと告げると、そのまま中央に戻る。
これってもしかしてこいつが行かないと私達の食料も配給されないとかか?だとしたらグループ分けした理由っていうのは連帯責任が発生するのか?
時間が過ぎる事に不安が募るが、いっそ私が行くべきだろうか?二十八番を見ても誰も反応せずに小さく「嫌だ嫌だ」と呟いていているだけだ。
六人の内男性が三人…いや、今の私の見た目なら二人か。そもそもこの男達だって元々女か男なのか分からない。
残りの三人いる女性はそれぞれ囲んで泣いている。私だけ離れて様子を見ているがこのままだとリーダーなんて決めても意味はないだろう。
二人いる男性は一人は吐瀉で汚れて、もう一人はずっと俯いて起きてるのかも分からない。
不穏な空気が流れてるこっちとは違って中央では少しずつだが笑い声などが聞こえる。
「こんなところだけどメロンとか見つかったりするんだよ?あの時は美味しかったなぁ」
「切るもの無くて蹴って壊したね?」
「刃物があればいいんだけど、安全な刃物なんてここだと見つからないからね」
本当に食料があると分かって元二十八番も安堵しながら仲良くしてる。今からでも向こうに混ぜてもらうか?
いや…一日だけなら何も食べなくても大丈夫なはずだ。
そう思って水分だけでも取ろうと思ってシャワールームに向かおうとしたらムイとか呼ばれていた零番の女がこちらへ来た。
「シャワー入んの?」
「いえ…水を飲もうかと」
「コップ一杯って言ったけど容器とかないから手で掬って飲んでね?あとシャンプーとかそう言うのも無いから、石鹸はあるけど血とか吐いたりした人だけ使っていいから…あんたは…どこも汚れてないみたいね」
「親切にどうも…」
「いいわ」
そのまま中央に戻っていくのを見て、少し理由を考えるが単純に臭いがあることが駄目なのかもしれない。換気できる場所はないだろうし。
それなら吐瀉塗れの男性に言ってやればいいのに。そう思いながらもシャワー室へ入ると、湯舟とシャワーがある。
石鹸も確かに固形石鹸が置いてあるがわりと擦り減っている。きっと貴重なのだろう。
水をシャワーから出すようにレバーを捻れば普通に出てくるので、両手で掬って飲む。この手の大きさなら三回掬って飲むのがコップ一杯だろうか?どれほど飲んでいいのか悩んだが飲みすぎて何か起きるよりは慎重すぎる方がいいと思って三回で留めてそのままシャワー室を出る。
角へ戻ると、泣いていた女性三人がこちらに近寄ってくる。
「お水…どうだった?」
「一応普通の水でした」
「そうなんだ…私達も飲んでおこう?一日で飲める量決まってるって言ってたし…」
私は毒見に使われたのだろうか。三人はそのままシャワー室へ入っていき、水を飲んだのか服を多少濡らして出てくる。
恰好だけを見たら私が一番若いのか。スーツを着ている女性や、カーディガンにワンピースの女性。もう一人はなんというか多少露出が多いへそ出しのシャツでショートパンツという恰好。
私がここに来る前は季節は秋だった気がするが、暖かい地域に住んでいたのか?いや、見た目はどうなるのか分からないんだった。私の状況を思い出して考えたらそれで判断はできない。
することもないので、時計をじっと見つめて過ごしていると時間も嫌々ながらも経っていき日が変わるのを告げるように三日月のマークが消える。
ご丁寧なことに深夜になるとマークそのものが消えるのか…。
「よし、各班のリーダーは集合するように!零番は全員で行くから離れないように、でも足を踏まないように注意していくこと!」
「え、僕達も…?」
「もちろん。零番はそのために優先して食事とかも貰えるわけだからね」
そんな予感はしてた。とはいえ、二十八番の吐瀉男は動く気配がない。
寝転んでいた人達もそれぞれ起き上がって調達に加わりに集まっていく。人数的には四十人くらいだろうか。
残る人数は二十八番の六人と、他には見渡す限りだと二十人くらいだ。
四十人もいれば食料が人数分足りるかもしれない、ただ危険と言ってたから、ここに来た時みたいに上から落ちてきて潰れたりも考慮するとどうなのだろうか。
「二十八番?なんで来ないの?」
「だからおれはリーダーなんてやらねえって!」
「本当にいいんだね?もし来ないなら二十八番全員に配ることはしないよ」
やっぱり連帯責任なのか…。誰かが行かないといけない、それなら誰が?となるが…。
「いいよ、俺が行く」
今まで俯いていて何も反応がなかった男が立ち上がって虚ろな瞳で中央に行く。
助かる話しだが、大丈夫だろうか?
「君がリーダーをするのかい?」
「ああ、その代わり配給ってやつあいつに渡さないってのいいか?」
「もちろん、それはリーダーが決めればいいよ」
「は?あ?なんでだよ!」
「俺たちの誰かはやんなきゃいけねえのに汚ねえままいられるとこっちの気まで滅入っちまうんだよ、欲しけりゃ一緒に来い」
「なんだよそれ…くそっくそっ!」
文句は言いながらも立ち上がる気配がないのを見て、来ないと判断されてクク達が大人数でセーフルームから慎重に出ていく。
全員が出ると扉は静かに閉められてから、吐瀉の男は苛立ちを壁にぶつけて蹴っている。
女性三人は恐れている様子で離れていって、孤独になってもずっと文句を言い続けている男の言葉を聞きながら居残り組を見まわしてみるが、女性や子供みたいな大きさが多い。
やはり調達というのは男性が選ばれやすいのか、今の体に感謝をするが、いつまでも調達に参加しないというのもいずれは無理になるかもしれないから覚悟は決めなければいけないだろう。
それまでにここの状況を少しでもしれればいいんだが、居残り組は無気力で話しかけるのも気が引ける。
多分だが、体力を温存するために動いてないだけなのかもしれないが、動かなければ筋力とかが低下してしまわないだろうか。
調達が出かけてから一時間を過ぎても戻ってこない状態に二十八番の女性が他の居残り組にどうなってるのか聞きに行ったが無視されて大人しく三人で固まって不安そうにしている。
実際不安そうにしているのは新参者の私たちくらいで他の連中は特に慌てる様子はないからこれが普通なのかもしれない。
どれくらい時間がかかるかは零番に聞くべきだったろう。この状況に一番詳しいのは彼らだろうし…そうなるとやはり私がこのままこのグループに残るのは良策とは思えなくなってくる。
死ぬかもしれないと分かっていても次からは調達に加わるべきだろう。
二時間、合計三時間しても帰ってくることはなく、やがてまた三人から泣き声が聞こえてきて気分が億劫になる。
何か言ってやることもできないし、まだこの場所に来て一日も経ってないのに先が思いやられる。
時計の針が四時を刺し示す頃になると扉が開き、三人が小さく悲鳴を上げるのでそちらを見ればククが笑顔で帰ってくる。
両手には服も使って果物みたいな物を持って後ろから続いて帰ってくる連中が出て行ったときに見覚えのある人で安心する。
扉を閉めたところでククが笑いながら喜んだ声を出す。
「今日は豊作だった!明日は調達に行かなくてもいいかもしれない!」
その声に調達に向かった連中は笑っていたが目は笑っていない。
四十人くらいいたはずの人数が数えてみれば三十人くらいだ。元二十八番の顔は見当たらない。
二十八番のリーダーは顔を青ざめて両手に抱えた果物を零番と一緒に中央へ運んでいく。
彼だけは帰ってこれたのか。良いと思うべきか、一緒に向かったいない連中のことを思えば悪いと思えばいいのか。
「今日の配給をしようか」
その言葉に反応する居残り組が中央に集まりに行ってるので私も一緒に中央へ向かうと、ククから果物を二つ手渡される。
「朝と夜の分だから一気に食べない方がいいからね」
「はい…」
桃のような物だが、皮は手で剥くしかないだろう。
他の人たちも果物を二つ手渡され、私が角に戻ろうとすると二十八番のリーダーがトイレに駆け込んでいった。多分だが死ぬところを目の当たりにしたのだろう。
どんな凄惨な光景だったかは分からないが彼に頼れそうにないなら大人しく零番に行くか、単独のグループにしてもらうように打診してみよう。
リーダーがトイレに行ったところで吐瀉の男が中央に行くと急に空気が冷めたように感じて誰も相手をしていない。
「お、おい。おれのは?」
「無いよ?リーダーがそう決めたじゃないか?」
「リーダーって!おれも巻き込まれた仲間なんだろ!?」
「だから何度も言ったじゃないか。協力しようって、それができないなら一人で頑張ってもらうしかないよ。俺たちも命懸けでやってるんだから」
「は?知るかよ!くそっ」
そう言って、吐瀉男が私の所に歩いて来るので盗まれるかと思って果物を隠すように両手で抱えるがいきなり殴られた。
痛いが、折角の食料を手放すわけにはいかないのでそのまま体を蹲るようにしたが、これ以上の追撃がなかったので恐る恐る上を見ると、クク達零番の人達が男を取り押さえて、そのまま扉の方へ運んでいく。
「なんだよ!やめろよ!」
「あんな学生の子に手を出して恥ずかしくないのか?」
「まだ小さいんだからそんなに食わねえだろ!一個くらいいいじゃねえかよ!」
男が文句を言いながらも足掻いているのを眺めていると扉を開けてそのまま外に追い出す。
扉を叩いて開けようとしてくるのを抑えていると、外から悲鳴のような声が聞こえて静かになる。
何事もなかったかのように配給に戻っていく中ククがこちらに来て心配そうにして殴られたところにハンカチを添える。
「大丈夫だった?」
「あ、はい…」
「えっと、名前まだだったよね?」
「はい…山田でいいです」
「山田か…ムイ!山田って何人目だっけ?」
「七百…くらいだからナナミとかでいいんじゃない?」
雑な数え方なのに六百と七百というと千人以上は死んでると言うことだろうか。それを数えてるというのもムイという女性はそれほど長くここに居座ってるということでもあるのかもしれない。
「というわけだから君はナナミって名乗るといいよ、よろしくね」
「よろしくお願いします…」
「ハンカチは渡しておくね、水に濡らして冷やしておくといいよ」
言葉に甘えてハンカチは貰うが、さっきまでの追い出して見殺した…いや処刑だろうかこの場合。
とてもではないがやはりまともな思考をしてない。それでも居残り組に配給してる辺り仲間意識はあるのだろう
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます