無窮の館~シフトパラドックス~【TS物語】

空海加奈

第1話 無知 プロローグ

 私が今知らないところにいて、どういう状況なのか説明をしてくれる人を求めても丁寧に説明してくれる人は周りにいないと言うこと。

 これがどんな意味を持つかは誰も知らないし、これからを知ることも意味なんて最初から無いのかもしれないと言うこと。


 周りを見れば私と同じ境遇な人たちが右往左往していてどうすれば良いか戸惑ってる様子が見られる。

 どこかの建物の中にいるというのは分かる。屋敷の中と言ったところだろうか?豪華な屋敷の玄関ホールに私と見知らぬ人たちが状況が分からずに困惑している。


「ここどこ?」

「さっきトイレに行こうとしてたんだけど」

「うわっお風呂に入ろうとしていたのに!こっちみんな!」

「お母さん?あれ?」


 年齢もまばらでそれぞれが好き勝手言う中、言葉を拾っていけば私と同じ気持ちを抱いてるものばかり。

 結果、ここがどこか誰も分からずにいるということ。


 私はスマホを取り出そうと思いポケットに手を入れようとしたところで自分の体が自分の物ではないことに気づく。

 記憶が正しければ私はスーツで、いつものように顧客との取引があり、商談へ向かう途中だったはずなのに下を見ればセーラー服でなんなら性別すら違って見える。いや、実際性別が違うのだろう。

 多少の違和感を覚えるもこの状況で更に困惑しても仕方ないので自分の服に何か使える物がないか確認するが取り出したのはグミ袋一つ。マスカット味だ。


 溜息を吐きながら連絡手段を他の誰かが持ってることに期待して様子を見ることにして私はその場から少し離れて全体が見える位置に移動しようと足を動かしたとき擬音にしてみれば―ガシャン―という大きい音が聞こえて振り返れば天井に吊り下がっていたであろうシャンデリアが落ちていた。


 当然というべきかその下にいた人は潰れてしまい、カーペットで敷き詰められてる床を血が滲ませている。


「キャアアアアアアアア」

「うわああああああああ」


 阿鼻叫喚とはこの事だろう。叫んでいる声で思わず耳を抑えてしまうが、この状況で冷静でいろというのは無茶ぶりだろうし、致し方ない事なのだとは思うが。事故としか思えない。

 それよりも警察かレスキューでも呼んでもらいたいがもしかして圏外で連絡が取れないとかなのだろうか?誰か冷静な人物がいないか周りを見ても対応できそうな人がいないので、とりあえずまたシャンデリアが落ちてきたら困るので天井を見ればギロチンのような物がある。


 あそこの下に誰かが行けば降ってくるのだろうか?声をかけて注意を促そうと思ったが錯乱状態に陥ってる集団はただ行く先も定まってないのに散らばろうとして、私が考えていた通りの結果が当然とばかりにギロチンの下に向かった人間を両断する。


「イタ…イ…タス…ケ…テ」


 シャンデリアの下敷きになってる人がまだ生きてるのか、手を差し伸べようか考えて良くシャンデリアを見ればただの照明のシャンデリアではないことが分かる。

 鋭利な作りをしていて持ち上げようとすれば指がそのまま切れてしまうだろう。

 悪いとは思うがこの状態で助けることはできないし、助けようとすれば私の指が無くなる。


 しかしよくまだ生きてるものだ。重量からして頭に直撃すれば即死は免れないだろうに上手い事頭に当たらずに済んだのか、それが幸運なのか不運なのかで言えば不運だが。

 私がしてやれることはないと判断してからその場を離れようとすれば私に向かってなのかそれとも誰でもいいのか「タス…ケテ!」と悲鳴の中に紛れる救いを求める声が埋もれて聞こえる。


 今のままでは私も何かに巻き込まれてしまうと思い周りを見るが、壁には絵画、照明器具。

 天井を見るもこれ以上危険になりそうな物がないことを確認して移動しようと足をようやく動かして、下を確認していなかったことに気付いて下を見れば魔法陣というものだろうか。

 幼い頃に見た番組で魔法を使うときに描かれるような代物が私達がいた場所に記されてあるのを確認できる。


「どうなってるの!誰か説明してよ!」

「うええ!」

「なんなんだよおおお!」

「ごめんなさいごめんなさい」

「こっちだー!」

「助けなきゃ…指が!あああああああ!」


 色んな声の中、周りを再度見渡せば扉を開いて腕を大きく振って。


「こっちだー!早く来い!」


 そう言ってアピールしている人物を確認する。

 罠ではないことを誰かというわけでもないが祈りながら、そちらの方に私が行けば、視線が私に向いてアピールしている人物の元へ集まっていく。


「中へ入れ!急げ!」


 そう言われてそのまま中に入れば大広間がそこにある。

 また結構な人数が床で寝そべっていたり、座っていたりとして、構造はシンプルな大部屋だ。飾り気も無いし、最初のシャンデリアが降ってきたことを考えて天井を見るが、どういう仕組みなのか天井そのものが明かりとして光っている。


「そこで止まるな!もっと中へ入って!」


 言われるがまま中に入り、壁にも照明になりそうなものは無い。

 異彩を放つような物と言えば奥にある振り子時計が時間を示していることと、そこには太陽のマークが電子的に光っていること。


 それと扉はここだけではなく、両サイドに扉があり、左側には学校や駅で見かけるトイレのような男女マークが一つ。右側にはお風呂とシャワーのマークが一つ。


 冗談にしても笑えないが、ここが一つの家というような大部屋に先ほどまで泣き叫んでいた人たちが全員。いや、生きている全員が入る。


 唯一この状況を少しでも知ってる人物がいることへの安堵からか多くの者がへたり込んでいる中、案の定というべきか部屋へ招いてくれた人に対して質問が大量に寄せられていく。


「ここはどこなんですか?」

「あんたが気色悪いもん仕掛けたのかよ」

「いつ出してもらえるんですか?」

「助けてもらえるんですよね?大丈夫なんですよね?」


 その質問全てに答えるわけではないが、とにかくこの部屋へ入れてくれた男性は何回も何十回でもひたすらに同じことを繰り返す。大丈夫と。


「大丈夫。大丈夫だから落ち着いて、大丈夫」


 人が簡単に死んだ直後なら大丈夫ではないと思うが、安心させるために何度も連呼していくと口数が減っていって、ようやく説明をしてくれる。


「みんな大丈夫。落ち着いて聞いてほしい、俺らもこの状況はよく分からないんだ。あ、待ってくれよ?だからって慌てたって仕方ない。とにかく冷静で居なきゃいけないんだ」


 少しずつだが説明をしようとするが、その言葉一つ一つを発するたびに泣きじゃくる人がいるために話しはすぐには聞けないが、冷静に対応してくれてるおかげか話しを聞く姿勢が段々と出来てきたあたりで男性の話しが少しずつ進展していく。


「まずここはセーフルームって俺らは呼んでる。ここには怖いものはないし危ないこともない。だから安心してほしい。外は…危険だけどこの中は何故か安全なんだ」


 さっきまでの状況にこの男性が狼狽えてないということは男性も同じような経験があったということなのだろう。

 だとしてもここがどうして安全だと言い切れるのかと不満を零す者もいるが、それを疑えばまた混乱になるだけだろうに余計なことを喋る者は絶えない。


「何故かは分からないけど俺たちはお化け屋敷?みたいな所にいるんだ。ここにいる奴ら全員閉じ込められててな。怖いよな?俺も怖い、だから皆で協力して出れるように頑張ろうって思って協力し合わなきゃってことなんだけど。無理に協力しろなんて強制したりはしないから安心して?な?」


 少なくとも脱出方法も分からないでここにいる時点で大丈夫なんてことはないだろうが、皆を落ち着かせるために言葉を選んで全員が静かになったところで寝そべっていた数人が起き上がってこちらに来る。

 それに恐怖を示す者もいたが、別に普通の人間だ。


「お前らも私らも被害者なんだよ。だからとりあえず状況大人しく聞いたら?」

「そんなこといきなり言われても困るだろ?」

「何回も同じことして疲れないの?」


 最初の男性と女性が言い合うが、それを止めることも出来ないし、大人しく話が終わるのを待ってると女性が私達の方を見てから男性とは違ってはっきりと説明をし始める。


「ここは化け物がいる館で、誰かホラーゲームとかそういうの知ってる人いないの?そういう感じのやつが結構な数、館をうろついてるけどなんでかは知らないけどここには入ってこないから。泣いても解決しないからお前らの中でまともなやつリーダー選んで…あ、ここでは本名禁止ね」

「彼女の言う通りここは安全なんだ。それでみんなみたいに集団で状況が分からない人たちがいきなりあのホールみたいな所に現れるときがあるんだ。俺たちも仲間だから、こうして誰の仕業か分からないけど一緒に協力していこう」


 なんでセーフルームの前に都合よく現れるのかとか、そういうのは聞いても知らないと言われればそれまでだけど、セーフルームを見渡しても元気そうな奴がいない辺り大分疲弊してる中この男女と立ち上がった人が積極的に協力して脱出を試みてる連中なのかもしれない。


「あ、あの…本名禁止ってなんですか?」

「それは…名前を教えちゃいけないってルールがあるんだよ。名前だけじゃなくて個人情報もあんまり言わない方がいいかな」

「ちゃんと教えなきゃ分かんないでしょ、名前を教えたら殺してくるやつがたまにいるんだよこの館に。だから誰にも本名言っちゃだめなわけ。死にたくなかったらルールに従うこと」


 ルールね。誰が考えたのか。


「まずは名前決めていこうか。なんでもいいから名乗ってみよう?好きな名前でいいからさ」


 いきなりそんなことを言われても誰も思いつくわけがない。さっきまでの光景をみんな焼き付いて離れないだろうし、今も吐瀉物をまき散らしてるのが数人いるし、それに釣られて吐き気を堪えてる人もいる。


「まだだめだったか…君は冷静そうだね?」


 男性は私を見て話しかけてくる。別に冷静ではないが、何もしゃべってなかったから話しかけてきたのかもしれない。これでリーダーなんて選ばれても困るだけだし少し言葉を選んだほうがいいかもしれない。


「まだ…現実味を感じてない…だけです」

「そっか、そうだよねごめん。明日までゆっくりしていいからみんなは端の方にいるといいよ。掃除もしておくから。あとシャワー室もあるから使っていいんだけどあそこの水は一日コップ一杯分までしか飲んじゃだめだから、それは覚えておいて。他に何かあるかな?ムイ」

「私に聞くなら最初から助けなきゃいいのに…体に違和感あるやつは角に置いてある鏡をみて自分を見ること、そして見たら必ず布を被せてもう見ないようにすること。あと、食事はあるけど勝手に食べることは禁止、限られてる食料だからここの馬鹿、ククって男が配給するまで飯は抜き、水もさっき言った通り限られてるからコップ一杯分シャワー室から一日一回飲んで、置いてある奴は配給されるまで飲まないこと。つまり勝手なことはするな。以上」


 食料が限られてるということはどこかから調達してるのか?大広間には角をよく見れば確かに白い壁で見えづらいが白い布に覆われてる物があるからあれが鏡なのかもしれない。

 自分の体に違和感というのは私みたいに何か変わってる者が少なからずいるということだろう。


 元々このセーフルームに居た者はどうか知らないが、私と一緒に来た奴らを見るが、自分の体を気にかけてる奴は今のところはいない。考える余裕がないだけかもしれないが、私だけ見に行くのも嫌なので誰かが見に行った時に一緒に見ることにしておこう。


 他に部屋があるわけでもないし食料や水は見当たらないが、どこかに隠してるのか?


 説明が終わった二人は今後どうするかを話しながら中央に向かい座ってから話し合ってる。

 私も隅の方に移動して一緒に入ってきた奴らを再度見るが動く気配がない。


 困ったな。まだ空腹というわけではないが、少しでも冷静なやつがいればそいつがリーダーになってくれて楽をできたのに。


 何もすることなく落ち着くのを待っているだけの時間が過ぎて、奥の時計を見るとまだ三十分程度しか経ってない。時間がこんなに遅く感じるなんて。

 することが無ければ当然か。娯楽があるわけでもないし、能動的に動いてるのが中心に集まっていて、無気力な人間が隅で蹲っていたり寝ていたりしている現状をみると、まともそうなのがククとムイと言ってる男女とそれに付きまとってる五人の男女達か。


 何度目の溜息か分からないが、私と一緒に来たやつらが少しずつだが中央に移動して二人に話しかけ始める。

 会話は嫌でも聞こえてくるため聞いていると内容は「助けてください」とかそういうものだ。


 さっきまで二人の話しを聞いていたのかと疑いたくなるが、実際中央の連中はククという男以外冷めた目をしながら対応している。


「言い忘れていたけど、君たちはみんなで一グループだから。二十八番ということで集団からは離れないようにしておいてね」


 軍隊かなんかなのかと思ったが違うか、ここにきて二十八番目ということなのだろう。

 そう思えばまだ少ない方だな。私と同じ気持ちを抱いたのかそれを気にする声も聞こえる。


「あの僕達が二十八番目に来たってことですか?」

「違うよ、二十八番がこの間全滅したからだよ。増やし過ぎても本名も知らない人たちを覚え続けるのは無理だからね。あそこの一人でいるのが三番だし、あっちが十五番。俺たちは調達とか色々やってるから零番だね。もし協力してくれるならこっちのグループに来るかい?」

「え…グループ移動とかもありなんですか?」

「もちろんだよ。協力してくれるなら大歓迎だし、零番は他のグループより多めに食事とかも優先してるんだ」

「は、入ります!お願いします!」

「良かった!これからよろしくね」


 零番は他より優先されるというのはどういう意味だろうか、調達とか言っていたしそんな簡単に入っていいのか?

 とてもではないがさっきまでの惨劇を目の当たりにして、無気力な連中がいるこのセーフルーム事態異常な空間だっていうのにそれでも平気そうにしてる連中の所にいくのは無謀だろう。


 私たちはルールすらまともに把握してないっていうのに。


 ただ優先されると言うのを聞いて私達…二十八番からククという男の元へ零番に入りたいという連中が少しずつ流れていく。

 残ったのは泣きながら蹲ってる奴とか、吐瀉してる連中くらいで半分以上は行ったな。


 私とこいつらが同じグループってことはリーダーというのもこいつらの中から選ばなければいけないということだ。しばらくは様子を見るしかないが、単独になることも視野に入れないといけないかもしれない。


 セーフルームから追い出されることはないと思いたいが、今のうちに中央の零番から拾える会話を覚えておかないと。


「それじゃあ名前を決めようか?」

「えっと佐藤とかはだめですかね?」

「佐藤だね、いいよ何人目だったかな?六百人くらいだったからロクロクって名乗るといいよ」

「え…六百?」

「今はロクロクって名乗ってる人がいなかったはずだから大丈夫だよ。佐藤ロクロク君」


 数百単位とか。やっぱりまともじゃない。

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