磯のアワビの片思い

第14話 磯のアワビの片思い ①

ひかりはお婆ちゃんちで暮らしている。

お婆ちゃんの家は元民宿だったので部屋は多いが今は経営していない。


ひかりは中学生の頃までは大江戸で暮らしていた。

ただ、都会の空気に馴染めず、母親の実家がある茨の城の川原郷海岸のすぐ近くにある、お婆ちゃんたちと一緒に暮らすことになった。



その一番の理由が子供の頃、夏に来て食べた、魚介類が美味しかったから。

お刺身も煮魚も焼き魚も目光の唐揚げも・・・全部!



お婆ちゃんが民宿にお嫁に来た頃は、夏には海水浴客でいつも大忙しだったそうだ。

夏の朝飯前にバケツを持って海岸線に行くと、

海女さんやそのお手伝いの女学生がウニやカニ、尻高シッタカを取っていて千円払うと、バケツ一杯に入れてくれたらしい。

そして、手が空いてるモン総出でウニの殻割して朝食に間に合わせ・・・・

朝取り割りたてウニののっけご飯。

ああ~聞いてるだけでも・・・美味しすぎる・・・美味しすぎた。


もちろん、今は漁業権があるからそんなことはできないが・・・


茨の城は水産資源が回復傾向にあり、最近ではウニの素潜り漁も認められている。

それを聞いて、ひかりは聖基督学園に通いながら漁業権を取り海女さんの見習いをしている。


そして、獲物をお婆ちゃんちの食卓に並べ、食べている。

そう、ひかりは食いしん坊、川原郷の海の幸の虜になってしまったのだった。



その朝もダイビングスーツに身を包み、軍手をはめ、桶にかぎノミと水眼鏡を入れて、日の出と共に近くの海に行き、仲間の海女さんたちと合流し、

簡単な体操をして海に入る。


このあたりの海は寒流の影響で少し冷たいがひかりは大分なれている。

というか、美味しいものの為にはこの程度、苦にならない。


今は6月なので、アワビや伊勢海老などはまだ早く、逆にムラサキウニが旬である。

「目標5個!」

「お!大きくでたね」

ひかりの目標を聞いて、バディのあやが笑って答える。

新人には教育係としてバディが付く決まりで、

最近は大学生のあやが付いて来てくれる。


ひかりはウニに狙いを定めて水深2~3メートルの海に入る。

ベテランの海女さん達は10メートル以上の水深の場所へ行く。


水産資源の回復により、浅瀬でも、ウニが散見できるが、

やはり、小粒なのが多い。

もちろん、小さすぎると規格外となり、買い取ってもらえない。


3度目のトライで初めて規格内のウニをゲットした時は感激して涙がでた。

買取価格は最安の150円であったがもちろんそれは自分で買取、自分で食べた。


最初の頃はひかりが参加しても時化る(何も獲れない)日もあったが、

最近は安定してウニを1~3個、獲得して、

体力がきつくなったら、

浅瀬でワカメやカジメ、それについている尻高を取って小遣い稼ぎをしている。



プッファーっ

ひかりが水中から浮かび上がり、両方の手にしたウニを浮かんでいる桶に入れる。

「お、4つ目、良いペースじゃん!」

あやが誉め言葉をくれる。

「はぁはぁ、今日はなんか調子いいです!海が優しいというか・・・」

ヒューっ

「ひよっこが海女さんみたいなこといってる~」

口笛を吹いてあやがからかい交じりに笑う。

ひかりは睨みを一つくれて大きく息を吸い、海中へとダイブする。

瞬間、周囲の雑音は途切れ、泡の音だけが海中に溶けていく。


別世界がそこには広がっている。


波が無いわけではない、ブレスが続くようになったわけでもないのだが、

ひかりは海中に安心感のようなものを感じるようになった。


その心のゆとりが、漁に良い影響を与えているようだ。


冷静に海底を眺め、目標を見定める。


(いた!)


ひかりは体勢を立て、空を蹴るようにして潜っていく。

眼前には小岩を這うアワビ。


アワビは油断している時に接地面にノミの先を入れれば簡単に剥がせるが、

抵抗されるとノミをいれるのが難しくなる。


ひかりは慎重に近づき、かぎノミを構え、一気にアワビの下にねじ込む。


ノミはアワビの下に2cmほど入り込んだ。

(えい!)

ひかりは心の中で掛け声を出し、てこの原理でアワビを剥がしにかかる。


アワビも必死で抵抗したがノミが入った位置が良かったのか程なく剥がすことができた。


(やった!)

思わず、水中で叫びそうになり、口中の空気が海中に吐き出される。


ひかりは慌てて海面へと向かった。


プッファーっ

「ハァハァ」

ひかりが荒い息を繰り返すのを見て、あやが近寄ってくる。


「どったん?大丈夫・・・」

「ハァハァ・・・・これ」

ひかりはそういって手のひら大のアワビを見せる。


「・・・やったね!大金星~」

あやは嬉しそうにひかりの肩を叩いてくる。

「あいたた、痛いですよ、あやさん」

「3500・・・4000円あるかも!」

「え?そんなに、やったぁ!・・・って、わたしが食べますけど」

「ええええ~上げんの?もったいないよって言ってもひかりちゃんか」

そういってあやが笑う。


しかし、ひかりの心中はもはやアワビの料理方法であった。


*********

近況ノートにてひかりのイメージ画公開中

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る