梨バカのリカ

第11話 梨バカのリカ ①

「白い花を見ているだけで心が洗われるようだと思わない?」

青い空の下、満開の梨の花に囲まれた果樹園でリカがしょうたに向かってこころの声をつぶやくように言う。


「残念ながら俺の心は白い花くらいで漂白できるほど簡単な汚れじゃないぜ」

どこぞの主人公さまが言いそうなセリフをしょうたは返す。


「まったくどんな悪人の心をもってるのよ、この可愛い花達をみているだけで幸せを感じれないなんて人生を損してるわ」

「出た出た、梨バカのリカが!

俺はこの花がちゃんと受粉して実を結び収穫して販売してお金になった時に幸せを感じるから問題ない」

受粉の作業をしながらリカとしょうたの他愛もない会話は続いていく。




子供の頃、シングルマザーに育てられた私はあまり甘やかされることはなかった。

でも、熱が出た時だけはいつも忙しそうにしていた母が寄り添って心配をしてくれて、その時によく梨を剝いてくれた。

その梨が甘く瑞々しく熱でうだった体と心を同時に癒してくれた。


この時ばかりは親の愛情や守られている安心感を感じることができたので、

美味しい梨を食べると今でも心の中にふんわりとした幸福感で満たされる。


美味しい梨をたっくさん育ててたっくさんの人に食べて幸せになってもらう!



リカの夢は、梨園で働くことになんのためらいもなかった。





岩戸農業高校からのいつもの帰り道、先日、2年生に進級したリカは徒歩で梨園の傍の道を歩いていた。


桜が散り、梨の花が満開に咲き誇っている下をリカはゆっくりと歩くのが好きだった。


梨の木を一本一本眺めながら1人お花見気分で梨園を通り過ぎようとした時、


「・・・・・ダ・カ~」


風に紛れて微かに声が聞こえた気がする。


リカは足を止め、耳を澄ます。


「誰か~助けてくれ」


助けを呼ぶ声が聞こえる!

大変!リカは声の方へと駆け出し、


「どこですか?」

と声を張り上げる。


「こっちだ!」

今度ははっきりと聞こえ、

そして声の主はこの園のオーナーの百百さんだとリカは確信した。


「ももさん!」

「ああ、リカちゃん、助かった」


百百さんは腰を押さえており、近くに長い梯子が倒れている。

摘花作業中に落下したようだ。


「救急車呼びますね」

「ああ、すまない、事務所に携帯を置いてきちまって・・・」


リカは携帯で救急車を呼び、事務所から百百の携帯を持ってくる。


百百さんは携帯で奥さんに連絡を入れ、診察が終わったらまた連絡すると言って携帯を切った。


程なくして救急車が到着する。


ストレッチャーに乗せられ救急車に搬入され、

リカは隊員に

「付き添いですか?」

と聞かれ、咄嗟に

「はい!」

と言って救急車に一緒に乗り込んだ。


「リカちゃんなんで?」

「ほっとけないですよ」


そう、リカが子供の頃食べた梨はこの百百梨園のものだったからだ。

と言っても先代が育てた梨を無人販売所で母が買ったものだった。


先代は夫婦でこの梨園を営んでいたが、数年前に揃って他界し、今は息子の当代が引き継いでいたので、なんとなく放ってはおけなかった。


隊員が病院と話し合いをしている。

その報告の中に

「はい、腰と足の骨が折れている模様です・・・・」

と聞こえてきた。


それを聞いていた百百さんが

大きく息を吐き、

「ああ、百百梨園は廃業だ」


悔しそうにそう言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る