第3話 スフォルツァの檻 - 天才は自らを売り物にした
東京、IRIS Tech本社。 最上階の会議室で、槇村洋介CEOは静かにモニターを見つめていた。画面には、レオナの卒業制作がループ再生されている。
「37.1度...」 槇村は、データログの異常値に目を留めた。誰も気付いていない、あるいは気付いていても意味を理解していない数値。しかし彼には分かっていた。
「準備を」 側近が頷き、極秘資料を広げる。
それは、IRIS Techが20年かけて開発してきた自己進化型AI兵器の設計図だった。人工知能に「生命」を与えることで、あらゆる状況に適応し、自己修復可能な完全兵器。
「彼女なら、できる」
槇村は決断を下した。レオナへのメールには、破格の条件が示された。 完全な研究の自由。最高レベルのラボ。無制限の予算。
そして— 「これが最後です。私たちは、あなたの真の才能を理解している唯一の存在です」
この一文が、レオナの心を揺さぶることを、槇村は確信していた。
レオナの手元で、IRISからのメールが光る。 「提案を受けさせていただきます」 送信ボタンを押した後、彼女は深いため息をついた。
*
成田空港。 入国審査を抜けると、IRISの役員たちが待っていた。 「お待ちしておりました、林様」
レオナは黙って頷いた。ベルリンの灰色の空を後にして12時間。東京の夕暮れは、思っていたよりも鮮やかだった。
「ダ・ヴィンチもミラノに向かった時、同じ思いだったのかしら」 車窓に映る自分の横顔を見つめながら、彼女は呟いた。
「では、具体的な話をしましょう」 槇村はプロジェクターを起動した。
「これが、Project IMMORTALです」 スクリーンには、先進的な医療AIシステムの設計図が映し出される。
「人工知能による、完全な自己修復機能を持つ医療システム。事故や病気、どんな損傷でも自己修復できる。人類の夢です」
槇村は一瞬黙り、 「あなたの展示で起きた現象—37.1度の体温。これこそ、私たちが求めていたものです」
レオナは資料に目を走らせた。彼女の研究が、この計画の最後のピースだった。
「完全な研究の自由を約束します。ただし—」 槇村は一瞬、表情を引き締めた。 「すべての成果は、我が社に帰属する」
レオナは窓の外を見た。東京の夜景が、ベルリンの灰色の空を思い出させる。
「一つ、条件があります」 彼女は静かに告げた。 「私の研究室には、誰も立ち入らないこと」
槇村は微笑んだ。 「もちろんです。では—」
契約書が差し出される。 レオナはペンを取り、躊躇なくサインした。
それは、天才が自らの翼を切り売りする瞬間だった。
「レオナの孤独」天才は自らを売った 財前草平 @zaigensohei
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