第11睡 ''っす口調''の天才

「うーん……」


 先日の寧々ねねとの件を踏まえ、本格的に添い寝部の活動を始めようと決意した俺。


 しかし丸2日、人っこ1人来やしない。


 先輩と出会ったこの空き教室は、今や部室としての本分を果たさず、俺の放課後のサボり場…もとい休憩場所になっていた。


 まあ…ここ4階だし、その上一番端にある辺境の地だし…。


 放課後に好き好んでくるような場所では決してないのだ。


「ふわあ…そろそろ帰るかな」


 一応、1時間ほど漫画を読みつつ待っていたが…今日も来なかったか。


 ま、気長に待とう。


 つーか今来られても心の準備が出来てないっていうか、大分勢いとその場の雰囲気で決めた事だし、やる気も既に萎んできてしまっているのが本音だ。


 漫画を丁重にリュックへ詰める。

 寧々に借りた物なので命より大切に扱わねばならないのだ。


 少し重くなったリュックを肩にかけ、立ちあがろうとした瞬間、俺の耳に、ある1つの音が飛び込んでくる。


 ガラガラ〜…


 そう、扉が開く音だ。


「失礼しますー」


 入って来たのは…なんと女子だ。


 彼女は、少し高めの女の子っぽい声に、低めの身長、じゅわっととろけるはちみつバターのような甘い黄金色の髪は、肩にかかるか、かからないかぐらいのところで、さらさらと揺れている。

 頂上には大きなアホ毛もある。


 世間ではきっと、こう言う子を『可愛い系』と呼称するのだろう。


 しかし、彼女のアイデンティティであろうアホ毛は、しなしなと垂れ下がり、まるでキツネのような糸目の下には、可愛らしい顔には無粋な真っ黒なクマが見える。


 体から疲労が滲み出ているのが俺にも伝わってくるほどに、彼女はくたびれている様子だ。

 よし、ここは何か1つ気の利いたことを……


 バタン!


「…!?」


 俺が見ていた彼女の糸目は、なんと残像だった。

 肝心な本物はと言うと、身勝手の極意さながらの身のこなしで、流れるように部室の布団へダイブしている。


「30分経ったら起こしてもらっていいすか……お願いしま……ぅ……」

「え、え?」


 結局、名前も聞けないまま彼女はうつ伏せになって死んだように眠ってしまった。


ーーーーーー


 あれから4日ほど経った。


 あの日以来、彼女は毎日やってきては30分間だけ死んだように眠り、起きたらそそくさと帰ってしまう。


 交わす言葉は二言三言。

 彼女がそれで休まるんなら俺としては一向に構わない。


 しかし、良くなるどころか彼女の顔は日に日に暗くなっていく。


 そろそろ行動に移る時が来たかもしれない。


ーーーーーー


 ガラガラ〜…


「こんにちはっすー。今日も30分よろし………ってえ、ええええ!?何やってんすかっ!?」


「俺に……名前を………教えて下さい!!」


 母なる大地に両の手を、額を、肘を、膝を。

 目の前の女性に最上級の敬意を。


 俺は部室のど真ん中で、五体投地をとった。


ーーーーーー


「いやあ…すみません。あたしとした事が名前言うのを忘れてたなんて…うっかりしてたっす。………あんなことしないで普通に聞いてくれて良かったっすのに…」

「いや、確かに初対面のヤツに自分からは名乗りづらいよな。ごめん、次からは気をつけるよ」

「いやいやいや!悪いのはあたしっすから!次からは気軽に聞いてくれて良いっすよ!」


 彼女はそう言うが、名前を教えてもらうというのは、とても重要な事だ。


 相手が初対面なら尚更。

 今の時代、名前が割れてしまうとすんなり特定されてしまうかもしれない恐ろしい時代だし。


 『ゲド戦記』でも、真の名を教えるのは本当に大切な人だけだったようにな。


「んじゃ改めまして。1年A組の竹本たけもと千花ちかって言います。よろしくお願いしますっす〜」

「俺は1年C組の浅井学あさいがく。当たり前だけどタメ口で良いよ?」

「…ありがとうございます。んでも中々この話し方が抜けないって言うか。まあ、気にしないでくださいっす〜!」

「…?分かった。ありがとう」


 1年A組の竹本さんか…。


 Aなら寧々ねねと一緒だし、あいつの事ならきっと話した事あるだろうから今度聞いてみるか。


 だがなんだ…このモヤモヤ…。

 さっきから感じるこの引っかかった感じ…。


 いつからだ…?

 …確か竹本さんの名前を聞いてからだったような……


「え…竹本千花…?」

「ん?どうしました?」


 竹本さんが首を傾げる。


 そうだ、思い出した。

 俺は彼女を知っている。

 俺から一方的に、もっと雲の上の存在として、何度も見た事があるじゃないか。


「ごめん、間違ってたら悪いけど…竹本さんってあのピアノの天才の…竹本千花さん…?」


 そう尋ねると、竹本さんの目が薄く開く。

 その目は、とても暗く、哀しそうで……


「…天才かどうかは分かんないすけど…まあ…その竹本千花っすね」


 やはりそうだったか。


 昔、『音楽の神に愛されし娘』とか『ピアノの女神』って神の娘になったり神になったりと、忙しかった天才少女を覚えている。

 

 最近こそ話題に上がらなくなったが、一時期は新聞やニュースに引っ張りだこだった。


「す…すみません。やっぱり今日は帰りま———」

「良ければ話してってよ」

「…え?」


 スクールバッグを持ち、帰る準備を始めた武本さんに、声をかける。


「竹本さんが元気ないのって、ピアノのせいでしょ?」


 俺の言葉に彼女は目を丸くした。



ーーーあとがきーーー


 本日もお読み頂き、ありがとうございます!


 話を作る裏話なのですが、名前はけっこー直感というか、思い浮かんだものを付けてる場合が多いです。


 今回登場しました新ヒロイン、『竹本千花』も、某ピアノ買取会社から連想して付けています…笑


 さてさて…話もここまでにしまして…。


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 明日の更新もよろしくお願いします!


 




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