第10睡 ''目玉焼き色の部屋、ソーセージの朝''

 明かりの消えた薄暗い部屋。


 少し引っ張ってしまえば何か大切なものが変わってしまいそうな程に危険で、しかしどことなく妖しげな空気が辺りを包む。


 微かに聞こえるのは衣擦れの音と、人2人の静かな息遣いだった。


ーーーーー


 ……距離が近い。


 突然上に跨ってきたと思えば、今度は抱きついてきて、俺の胸に顔を埋めている。


 寝てるのかな…それとも起きてるけど話さないだけなのか、さっぱり分からん。


 そういやあの日、深津ふかつ先輩と一緒に寝た時も、女子特有の甘くて良い匂いがしたっけ。


 まあ…例に漏れずやっぱり寧々ねねも女の子なワケで、髪や服とか、つーかもはや全身から良い香りがする。

 

 シャンプーとか柔軟剤なのかな?

 いや、もっとこう…道具じゃなくて、なんというか…深いところに秘密があるんじゃないかと俺は睨んでいる。


 しかし、今の寧々は先輩のように全てが良い匂いなワケではなかった。

 この言い方だと少し印象が悪くなってしまうかもしれないのが申し訳ないが…。


 さっき一緒に食べた肉じゃがの匂いだとか、俺の部屋にいるせいか、俺が使ってる洗剤の匂いとか、新品のソファの匂いもするし。


 そして…本当に僅かだけど、まだ風呂に入ってないみたいなので、ほんのりと漂う汗の匂いだとか…。


 そんな生活感を連想させる匂いが…余計に男心を刺激するというか。

 あたかも一緒に住んでるんじゃ…と妄想してしまうような危ない香りである。


 ふにっ


(……ん?)


 今一瞬体のどこかを触られた気がした。

 腹や足ではない、もっと大切な、ざわっとするようなところを…。


 ふにふに


「……やわやわ」


「え」


 しばらくの間隔をあけた後、再び触られる。

 

 彼女の手が一体どこを触って、『やわやわ』なんて間の抜けたひらがな4文字の感想が出るのか。


 否、答えは簡単である。


『Hになるほど固くなるものってなんだ?』


 思春期の拗らせた男子中学生が、女子になんとかしてその名を口にさせようとする、男のみに使える伝家の宝刀・・


 もしくは、あえてその名を言い放つことで、女子の恥ずかしがるところを見たいがために使用する無敵の


 小学生から大人まで、幅広い世代の男たちに好かれる、一番大切な部位。


 あ、ちなみにさっきのなぞなぞの答えは『鉛筆』だ。HBになる程芯は固くなるからな。


 って…今はそんな事言ってる場合じゃねえ!


「お、お前ッ!!どこ触ってんだよ!!」


 慌てて腰を曲げ、大切な俺のson son息子を寧々の魔の手から逃す。


 「ごめん」とは言っていたものの、一瞬名残惜しそうな目でこっちを見たのを、俺は見逃さなかった。一体何だって言うんだ…。


「きゅ、急に何してんだよ…。ビビるだろ?」


 軽く注意をすると、しばらくしょんぼりとしてから、寧々は俺の方を見て言った。


「……やっぱりがくはおっぱい大っきい方が良いんだ…」

「は、はあ?」


 何を言い出すかと思えば…胸?


 いやまあ…寧々が抱きついてきてる時、なんとなく胸を押し付けられているのには気づいていた。


 そうだと分かった瞬間から、俺の鍛え上げられた理性をフルマックスに稼働させて、耐えていたので黙り気味になっていただけだ。


 しかし…やっぱりとは一体どういう意味だ?

 十分寧々の胸も魅力的なサイズで、むしろちょうど良いし、そもそも比較対象がいない訳で……。


「あ」


 いや、1人居た。

 十分すぎる比較対象が。


 …深津先輩の事か。

 あの時、俺も寧々も先輩を見ていた。

 実際あの後、寧々は先輩の胸が大きいとやたら話していたことをそういや覚えてる。


「なあ、なんでお前、自分と先輩を比較してんだよ。そんな事しなくていいんだぞ?」


 過去の会話を思い出してみれば、何かにかけて寧々は先輩と自分を比較している。


 俺としてはそんな事してほしくない。

 どっちとも俺にとっては大切な恩人で、かけがいのない友人だ。


「……だって」

「おう」

「本当は…私が言ってあげなきゃいけなかったのに…」

「…何を?」


 俺が聞き返すと、寧々はごろんと転がり、背中を向けてしまった。


「あんたに…''頑張って偉い''って。だって私が…一番あんたの近くにいたのに…!あんたが…辛そうにしてるのも分かってたのに…!!」

「……!」


 彼女の体が微かに震えている。

 きっと背を向けたのは、泣いているところを見られたくなかったからだろうか。


 ほんと、寧々は優しいやつだ…。


「なんだよ、そんな事気にしてたのかよ」

「そ、そんなことって!」

「俺はな、ずっと寧々に助けられてる。根暗な俺に小中と話してくれるのはお前だけだったし、今だっていろんな事をお前が教えてくれた」

「……」

「だから、そんな事で気にしないでくれよ。それに、先輩と比較すんのもな。俺にとっては2人とも唯一無二の恩人で、大切な友人なんだから」


 そうだな…俺の方こそもっと早く言ってやれば良かったかもしれない。


 ''ずっと俺のことを気にかけてくれてありがとう''


 ってな。

 実際、本当に寧々が話しかけてくれたおかげで、捻くれずに成長できたんだし。


「……ほんとうに?」


 寧々がわずかにこちらを向いてぽつりと呟いた。


「ああもちろん。ほら、こっち来いよ」

「………」


 俺がポンポンとソファを叩くと、むくりと起き上がり、じっとこっちを見る寧々。


 暗くても分かるが彼女の顔は、安心やら嬉しいやら、俺に優位に立たれて悔しいのか、複雑な顔をしていた。

 

 しかし、心は決まったようで、もぞもぞとこっちにやってきて、すっぽりと俺の腕の中に収まった。


「……今日だけだから」

「おうおう。気が済むまで付き合ってやるよ」


 ついに分かった。


 これが添い寝部の本分だ。

 こうして相手の悩みを聞いて、睡眠によりそれをリセットさせる。

 中々理にかなってるのかもしれない。


 明日学校行ったら…本格的な活動してみようかな。変な人が来たら嫌だけど…。


「ふわぁ…」


 あくびが出た。

 ソファも良いやつを買ったので、寝心地は最高だ。

 それに今は寧々というあったか湯たんぽまで揃っている。

 人肌というのは落ち着くもんで、急激に睡魔が襲う。


 どうやらそれは寧々も同じなようで、かなりウトウトしていた。


「…もう寝よう…おやすみ」

「……すみ…」


 そこから俺たちは、そのまま抱き合って朝まで眠りについた。


ーーーーーー


 ジュー……


「ん…?」


 ソーセージが焼ける香ばしい香りと音で目が覚めた。

 開かれたカーテンから差し込む爽やかな朝日と小鳥のさえずりがなんとも心地いい。


「おはよう。あんたのために朝ごはん作ってあげたわよ」

「…え?」


 パタパタとスリッパの音と共に、エプロン姿の寧々がやってくる。

 ああ…そういや一緒に寝たんだっけ。


「寧々に起こされる朝ってのも良いもんだな」

「コラコラ、冗談言ってないでちゃっちゃと食べなさい。私、着替え取りに一回家に戻らないといけないし」

「オーケーオーケー了解」


 良かった、すっかり元通りの寧々だ。

 きっと今までいろんな思いを抱えてきたのだろう。

 昨日でスッキリできたのなら良いけど。


 立ち上がり、席に着く。


「「いただきます」」


 相変わらずご飯は美味しい。

 

「……」


 朝日に照らされる寧々の顔がとても綺麗に見える。


 俺も彼女もきっと、今まで以上に一歩先へ成長できた気がした。



ーーーあとがきーーー


 本日も読んでいただき、ありがとうございました!


 しばらく続きました寧々の話も、今回で一区切りとなります…。


 ですが次回からは!新ヒロインが登場しますので!ぜひ!お楽しみに!


 毎度申し訳ありませんが、☆☆☆やブックマークを貰えますと、とても励みになりますのでよければぜひ!お願いします!



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