第2睡 先輩と慈愛の''巨乳''

 それから俺は、ポツポツと昔の話をした。

 

 毎日が勉強漬けだったこと。

 俺のやりたい事は全て却下されてきたこと。

 友達もろくに作らせてもらえなかったこと。

 いつの間にか自分の意思が分からなくなっていたこと。


 などなど。

 別に全部を言ったわけではない。

 てゆうか本当は1つや2つ言って終わるつもりだった。


 だけどなんでだろうな。

 軽く相槌を打って聞いてくれる先輩に、ぎゅうっと離さず抱きしめてくれる先輩に、俺は限りなく安心感をいだいてしまった。


 深津ふかつ先輩に聞いてもらうたびに、

心が軽くなっていくような気がしたんだ。


「そっかあ…そうだったんだね…」

「……」


 しかし、心が軽くなったところでどうなるって言うんだ。

 結局は俺。俺の問題だ。


 それに、俺は知っている。

 こう言う大人に非があるような場合、大抵の人間はその大人にもきっと考えがあったんだ、子供のためを思ってのことだ、とか抜かす。


 バカげてる。それが腹立つんだ。

 俺は他の人たちと比べれば全然マシな方。

 むしろ恵まれていると言っても良いだろう。

 だからこそ俺より辛い生活をする人たちの事を考えると怒りが湧く。


がくくんのお母さんにも多分…何か理由があったのかもしれない…」

「………」


 ほら、な。

 予想していた通りの言葉だ。

 俺の中で、この人に対する安心感のようなものが揺らぐ音がする。


「なぁんて、私は言わないよぉ」

「……!?」


 先輩はその言葉と共に俺の頭を優しく、まるで子供を宥める母のような手でゆっくりと撫でた。

 な、なんだ?手がものすごく熱く感じる。


「だってそれを経験してきたのは私や他の人じゃない。学くんだもん。だからねぇ、私が言えるのはこれだけ」


 先輩は閉じていた目を開け、まっすぐ俺を見た。

 彼女の瞳はまるで研磨された黒曜石のようで、それは様々な部屋の光を反射し、宇宙を描いているように見えた。

 その宇宙の真ん中に写っているのが俺。

 よく見てみればそこに一筋、流れ星のようなものがキラキラと光っている。


「話してくれてありがとう。よく頑張ったねぇ」


 気がつけば目からボタボタと涙が溢れていた。さっきから熱いと感じていたのは俺の目頭だったんだ。


「ふふっ…」


 先輩はそっと微笑み、俺を再びぎゅっと抱きしめた。

 そして俺は、先輩の胸の中でブルブル震えながら泣いた。

 声を出すのは恥ずかしいからできるだけ抑えて、眉間に力を入れすすり泣いた。


 考えてみれば、『頑張った』なんてどれほど久々に言われただろうか。


 母にとって勉学で1番を取るのは当たり前。むしろそれ以外ならば叱られた。


 なら小中の同級生はどうか。


 これも答えはノーだ。

 子供と言うのは結構察しが良い。

 特にこの時期の子供は。


 俺が死んだように感情を出さなかったこと、入学式で見た母の印象などから推察して、自分たちと同レベルだとは思わなくなったのだろう。

 良い点を取っても出会って最初こそすげえだとか言ってもらえたが、


『また学100点かよ〜』

『いつも通りだなあ〜』


 しばらくすればこれが当たり前だった。

 まあ、当然のことだな。

 別に当時の彼らを恨んでたり嫌いだったわけじゃない。


 でも本当は違う。

 俺は…もっと褒めてもらいたかった。

 年相応に友達とはしゃぎたかった。


『頑張ったねぇ』


 常に人の上に立たされてきた俺に、先輩はこの言葉をかけてくれた。今まで誰も言ってくれなかった言葉。俺が一番、誰かに言って欲しかった言葉。


 彼女の言葉が俺の体に何度もぶつかってぶつかって、反響する。

 その度塞いでいた壁が瓦解し、どこからか光が差し込んできた。


「先輩…」

「ん?」


 俺は先輩の胸から顔を出し、声をかけた。

 先輩は優しく返事をし、可愛く首を傾げる。


「ありがとう…ございます…!」

「…!」


 感謝の言葉を伝える。

 すると、なぜだか少し驚いたような顔をしていた。

 なんでだろう、ちょっと笑ったからかな?

 変だったかな…?


「学くん?」

「?はい?」

「じゃぁ、添い寝しよっか♡」

「はい!」


 そうだ…俺は先輩と添い寝をするんだ…。

 それこそが我が使命…もう一度このふかふかなお胸に顔を埋めてぐっすりと………ってあれ…?


 心が軽くなり、落ち着いてきた頃。

 最悪のタイミングで我に返ってしまった。


「お、おおおおおおおっっっっぱい!!??」

「おっぱい?」


 物音にびっくりした猫のようなスピードで布団から飛び出した。

 まてまてまてまて…!!俺は何をやっていたんだ…!!


 扉にもたれかかり、息を整える。

 ふと、頬を手で触ってみた。


 自分にはない…柔らかな感触の余韻がまだある…。顔が沸騰したかのようにグツグツと煮えたぎっていく。心臓がバグバグする。


「び、ビックリしたぁ…。急にどうしたの?」

「ど、どどどうしたのじゃないですよ…!お、俺……何をっ……」

「何をって…添い寝?」


 きょとんと首を傾げる先輩。


(あれ…?)


 な、なんだ。

 先輩の一挙手一投足が可愛く見えるぞ。

 さっき会った頃も可愛いとは思ったが、ここまで強く思うほどじゃなかった。

 な、ななな、なんだ?俺に一体何が起こっている…?


「そ、添い寝って…!もうじゅ、授業始まりますよ!」


 付けていた腕時計で時間を確認して言った。

 時刻は既に8時45分。

 15分後には本格的に授業が始まる時間帯である。

 てゆーかもうこんな時間経ってたのかよ!


「えぇ〜、1日ぐらいサボっても大丈夫だってぇ…」

「え、え?そうなんですか?」

「ん?そうだよぉ。こう言うのはねぇ…出席した分の単位数で決まるんだけどねぇ…」


 先輩にざっくりと単位数と欠席についてのメカニズムを教えてもらった。

 きっと先輩は常習犯なんだろうなぁ…。こう言う人ほど原理をよく理解して賢くサボっているのだろう…。


 でも…確かに話を聞く限りでは大丈夫そうだ。


「ん」

「ん…?」


 先輩が一言、短く言葉を発しながら腕を広げた。

 まるでそれは、ハグされるのを待っているかのような…。


「添い寝、しよ?♡」

「添い寝しまあああす!!」


 俺のブレーキは音を立てて崩れ落ちていった。


ーーーーーー


 改めて俺は今、とんでもない事をしているんだと思う。


「あの…せ、先輩…?流石にこの状況じゃ…寝れないですぅ…」

「そぉ?それじゃあほら、学くんの好きなぁ…おっぱいに…顔を埋めて…。よいしょっ。ほら、あったかいでしょぉ?」

「……ッ!!!」


 先輩の胸が俺の顔に押し当てられた。

 脳内で『むにゅっ』という効果音が再生されるほどに柔らかい。そして温かい。


(こ、こんなのくっつけられたらとてもその…寝れねえよ…!!)


 なんて思っていたが…胸が当たった瞬間、一瞬にして心が穏やかになった。

 胸の柔らかさ、温かさ、肌触りの良さ、匂い、背中を優しくさする先輩の手が、その全てが。


 心地良さが興奮を上回るという前代未聞の状態を引き出したのだ。


「あった……け……ぇ……」


 今まで眠りは浅いと自負していたが、一瞬にして瞼がどんどんと重くなっていき、ついには眠ってしまった。

 すうすうと、気持ち良さそうに寝息をあげて。


ーーーーーー


「……ふふっ」


 学の寝顔を見て笑う彼女、深津レム。

 2人に布団を深く被せ、学の体へ腕を回す。


「おやすみぃ」


 静まり返る教室に、2人の寝息がこだました。



ーーーあとがきーーー


 第2睡までお読みいただきありがとうございます!!

 

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