第1睡 ''深津先輩''という人

「添い寝、してく?」


 目の前の美女は、にこりと微笑んで俺に言った。


「ふ……ふ………」


 心臓が早鐘を打つ。

 なにか…なにか言え…どうにかして落ち着かなければ。


「ふ……ふふ…」

「ふ?」

「ふ、風営法違反…!!」


 咄嗟に口から出たのは法律である。

 自分でもいきなりこんな事言ってしまい困惑中だ…。


「わははぁ…うーん…確かに部とは書いてあるけど…無許可でやってたもんねぇ…」

「……」


 や、やっぱり無許可でやってたんかい。

 てかこの人風営法知ってるんだ…。


「でもぉ…」

「ひゅっ!?」


 突然先輩が俺の耳元にまで顔を近づけた。

 放たれた言葉は吐息たっぷり。

 全身がぞわっとし、もはや俺の心臓の鼓動はシューベルトの歌曲、『魔王』並のスピードでリズムを刻んでいた。


「お姉さんもう18歳だしぃ…それに''えっち''…なこともしてないよ…?いきなりそゆこと言っちゃ…し・つ・れ・いだぞっ」

「うっ…」


 額を指で軽く小突かれた。


「ひゃ…ひゃい…」


 俺はさながらブリキのくるみ割り人形のように体をガチガチに硬直させ、口を縦に開く事しかできない。


 しかしなぜか、先輩の指が触れた箇所が、じんわりと熱が広がっていくように感じる。

 それにちょっと気持ち良い…かも。


 まずいぞ、このままじゃ俺…変になっちまう…。


「うん!じゃあ良し!おいで、せっかくだし一緒に話そうよ」


 先輩の纏うディープで妖美だったオーラが途端に晴れ、明るく可愛らしい雰囲気になる。


(これは…夢なのか…?)


 なんだか現実味がないが、とりあえず先輩についていくことにした。


ーーーーーー


浅井学あさいがくくんって言うんだあ。後輩くんだったんだねぇ。よろしく!」

「はい、よろしく…お願いします」


 そう言う彼女は、『深津ふかつレム』という方で、やはり3年の先輩だった。


 若干ふわふわしている人だが、とても話しやすく、優しい。

 しかし……


「………」


 さっきまで彼女が寝ていた布団に座っているもので…なんだろう、じんわりと温もりを感じてしまう。


 それに…この人は距離が近い。

 緊張のあまりガチガチに体を固くして体操座りをしている俺だが、そんな事おかまいなしに肩とか、足とか、くっつけてくる。ああ…緊張する…。

 今まででこんなに女性と話したことはなかったからな…。


「あ、あのっ」

「んん?」

「その…添い寝部…ってなんなんですか…?無許可って言ってましたけど…あの…ほんとに…添い寝…するんですか…?」


 俺はカタコト口調になりつつ、質問した。

 なんという返答が来るか、考えていると、


「うん、するよー」


 にへっと笑いながら先輩がサラッと言う。


「どうして…ですか?」

「どうして?んー…その人の心をスッキリさせてあげるためかなぁ。人と一緒に寝るのってねぇ効果あるんだよぉ。だから学くんもお客さんかと思ってたんだけどねぇ」

「え…?」


 先輩の言葉にドキッとする。


「だってほらぁ、何かモヤモヤしてたり、悩んでたり、するでしょぉ?」

「…!い、いや…俺は…」


 自分の心には蓋をして話していたはずだが…こんなあっさりとバレてしまうとは。

 少々自分が不甲斐なく、顔を背ける。


 しかし、チラリと見えた先輩の顔は、笑っているように見えた。


「よいしょ」


 突然手を引かれ、布団に倒された。

 不意だったのもあるが、意外にこの人、力が強い。いや俺が弱いのか?


「なっ…何を!」

「ふっふーん…学くんと添い寝します♡」


 倒れた俺に先輩が上へ乗り、見下ろす。

 これは最近知った言葉だが、俗に言えば俺は押し倒された、というヤツなのだろう。

 垂れ下がった綺麗な銀髪が、さらさらと顔に触れくすぐったい。それに良い匂いがする。


「し、しません!どいてください」

「やだぁ。そんな顔見たらほっとけないもーん」

「ほっといてください!」

「やだやだやだ!添い寝する!」

「しないです!しないったらしない!」


 な、なんで先輩が駄々を捏ねているんだ…。

 しかし小さな子供のような言動なのに、微かな明かりに照らされる先輩の顔は、なぜだかとても大人っぽく見える。

 そのせいで無性に変な気にさせるんだ。


 と…とにかく俺はこんな事してる場合じゃない。一刻も早くここを去らねば。

 こんなことしてたら目指すべき立派な大人になんかなれな……


「………立派…?」

「ん?学くん?」


 ふと、自分の思ったことに疑問を抱いてしまった。

 果たして、今こうして俺を形成する意思とは自分のものなのだろうか。

 何が立派で、この深津レムという人といるのは立派ではないのか。何が俺の中で決めている?


 最近分かった事と言えば、俺には限りなく自分の意思というものがない。

 根底にあるのは、幼少から受けた母のエリート教育の賜物。言ってしまえば指示待ち人間である。


 俺はどうすれば良い?先輩を拒絶するのか?

 それが正解な気がする。

 さっき出会ったばかりの見ず知らずの人だし、他人と添い寝するような人だ。関わっては人生に損…。

 以前の俺ならきっと即決しただろう。


 だが、今はそんな事根本的に間違っていると思った。

 俺には…この人が少なくとも悪い人には見えないし、むしろ良い人だ。

 俺の事を考えての行動なのにそんな事をした方が…失礼だしダメな気がする。

 それをやったら…人としておしまいだ。


 どうすれば良い…?

 そもそも俺は…こうして1人で学校に居ても良いものなのか…?俺のせいで今みたいに…この先誰かに迷惑をかける時がきたら…?

 

 俺は…俺を正しく使える母の元にいた方が良かったのか…?


「学くん」


 ふわりと、温かい先輩の体がフリーズしていた俺を包んだ。

 微かに伝わる心拍、柔らかい体、生きている人の体だ。

 今の俺と違って…とてもあったかい。


「なんでも自分1人で考えなくて良いの。たまには、人に思いっきり任せちゃっても良いんだよぉ。ね?」


 別に特別でも何でもない、そう言う時にはよく聞く励ましの言葉だ。

 しかしなぜだろう、俺の心が脆いのか、それとも深津先輩だからなのか。

 心の中に積んだレンガの壁が、ガラガラとあっさり崩れていく。


 ほのかな明かりに照らされた部屋。

 俺は先輩に抱き締められて布団の中に入った。


ーーーーーー


 読んでいただきありがとうございます!


 この話の制作秘話なのですが、深津レムというキャラを思いついたのは、『ブルーアーカイブ』というゲームをやっていた時のこと…。


 プレイされている方なら分かるかもしれませんが、新しく実装された『サツキ』というキャラがいますよね。


 このサツキを見て深津レムを作りました。

 なので胸のサイズは…察してください。

 気になった方はぜひ調べて見てくださいね。

 きっと驚きます。


 とまあ、この辺にしておいて。


 ☆☆☆やブックマーク、いただけますととても励みになります!ぜひお願いします!


 ではまた次の話で!

 


 

 


 

 

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