第6話 共犯者

 今日知り合ったばかりの、気の合わなさそうな馴れ馴れしい奴。

 変わった名前の町屋サガリ。

 そいつが失恋した相手の似顔絵をなぜか僕が書くことになった、というその時点で十分におかしいのに、そいつが一緒にその似顔絵を埋めようと誘ってくる。

 

 うん、おかしい。

 今までの僕なら断っている。


 これ以上、この町屋サガリという男に付き合っていたら面倒なことになる。僕が僕らしくなくなるし、平穏は遠のく。そう僕の心が警鐘を鳴らしている。

 でも。


「手が汚れるのは嫌だな」


 なんて曖昧に答えていた。

 僕は思ったことを割と口から出してしまうタイプだから、嫌なら嫌だと答えているはずだ。だから今、僕は本当に『手が汚れるのは嫌』と考えているんだ。


「そんなら大丈夫!」


 ニカっと笑ったサガリが鞄に手を突っ込んで、がさがさと音をたてる。この音は、ビニール袋がくしゃくしゃになったときに出す音だ。


「シャベル、持って来てるから」


 案の定、白いビニール袋がサガリの鞄の中から現れた。

 コンビニ袋っぽいけど、店名は特に印刷されていない。業務用でまとめて売ってるやつだ。学園祭の準備のとき、ホームセンターに買い出しに行かされたから覚えてる。


「指で掘れないからなー」


 言いながら、ビニール袋から軍手と鉄製シャベルが取り出される。

 土が零れる。

 そういえば僕が目撃したときは、もう穴を掘りかけてたんだっけ。


 しかし男子高生の鞄から鉄製のシャベルが登場するシーンは軽く恐怖ではなかろうか。と思うわけで。


「こういうの持ち歩くの、銃刀法違反とかになんないの? シャベルって軽く凶器じゃない?」


 存外とがった先っぽを見つめながら言う。

 と、サガリは間の抜けた顔をして、しげしげとシャベルを見つめてこたえた。


「刃物じゃないしいいんじゃね」


「普通の男子高生がバッグに鉄製のシャベルをひそませてたら、危険人物だと思うけどなあ。少なくとも僕が警官で、職質で見かけたら怪しむけど」


「残念、高校生は職質されない。されるとしたら補導だけど、俺はいい子なのでされない」


「ふふ、なにそれ」


 胸を張るサガリに、思わずふき出してしまってから、彼のペースに入りかけていると気づく。

 危ない危ない。

 一緒に似顔絵を埋めるなんていう謎の儀式に参加するつもりか僕は。


「……手が汚れないのは分かったけど、君につきあうメリットが無い。今日はもうスケッチの気分でもなくなったし、帰る」


「ええー! メリットぉ⁉」


「そりゃ、絵を埋めたいのもそれに付き合って欲しいのも君でしょ。似顔絵描いてあげただけで義理は果たしてるし」


 そう返すと、サガリは「なるほど」と呟いてから、ううーん、と首をひねる。

 かと思うと、すぐに顔を上げて僕を見る。いいこと考えたっていう風に。きらきらした目で。


「そしたら、お礼にうまい焼肉おごってやるよ。俺んち、焼肉屋だって言ったろ?」


「や、焼肉……?」


 健康な高校生男子として聞き逃せない言葉が出た。

 思えば腹も空いてきていた。牛丼屋チェーンにでも寄って帰りたいなんて、頭の片隅で考えてはいた。それこそエース佐藤の似顔絵を描いていたあたりから。


「そう、焼肉。似顔絵描いてくれた代と、俺につきあって絵を埋めてくれた代。友達なんだし、これからも沢山こういう機会があるかもしれないなあ」


「に、肉で釣るのか?」


「使えるものは何でも使う。だって俺、大樹と親友になってみたいから」


 サガリの片手が伸びてきて、僕の手を掴んだ。

 

 サガリは得体が知れない。

 サガリの手は大きくて少し怖い。

 サガリは無神経っぽい。

 サガリはそのくせ、多分繊細だ。

 本当の顔を見せることを、極端に嫌がるみたいな雰囲気がある。

 演技してるからこそ、親友だなんて簡単に言えるんだ。


 そんな奴に友達扱いされて、僕が喜ぶわけがない。

 と思ってたんだけど。


 僕のチョロさは本当に深刻らしくて、これは集団で生きる人間という生物の持つバグで。

 つまり僕は、普通に、それなりに、孤独に弱い人間だったらしく。

 それを僕に突き付けてきたのは、サガリの強引さで。


「ぼ、僕は親友なんて求めてないよ。でも……」


 心臓がバクバクする。なんだこれ。告白?


「でも?」


 ああ、顔を覗き込んでくるんじゃない。

 片手にシャベル持って笑ってる間抜けな姿なのに、妙に様になっててムカつく。


「ただの友達として、肉を奢られるならいい」


 そう答えたら、サガリが一瞬目を丸くしてから破顔した。


「肉に勝てる男子高生居ない説ー!」


「ちょ、うるさ!」


 サガリが急に声を上げるものだから、慌てて周りを見回す。不審者すぎる。

 幸い、小学生集団はもういなかった。五時前ではあるけれど、もう日が傾き始めているから帰ったのかもしれない。きちんとした子たちである。通報しないでくれると嬉しい。親御さんにも話さないでくれ。


「で、なにそれ? また別の一発ギャグ?」


 子供たちがいないことに安心したところで、改めて訊ねてみた。

 マジでこの男、予想がつかない。


「え、テレビ番組のやつだけど、知らない? あ、ごめん! テレビ見ない大樹には分かんなかったな!」


「悪かったな。だから僕と話しててもつまんないだろ」


「言ってねえよそんなこと! いじけんなって」


「ま、いいよ。さっさと埋めて肉食べに行こ」


「お、いいね。やる気じゃん」


「うるさ」 




 そうして僕らは、エース佐藤の似顔絵を埋めに行った。さきほどサガリが掘り返していた、灌木の陰の場所にだ。

 どうやらここが定位置らしい。

 

 ……定位置。


「何回くらい埋めてきたの?」


「恥ずかしいから秘密」


 シャベルでザックザックと土を掘り返しながらサガリが言う。

 僕は軍手をはめた手で、周りの土をどかすようになんとなく手伝っていた。

 何度も掘り返されているからなのか、他の場所に比べてたしかに土が柔らかい気がする。

 実際の土を触っていると(軍手越しではあるが)、やっぱりこれは普通の行動じゃないって思う。


 そのうち、土の下に白い紙が見えてきた。

 白い角が土の中から覗いた瞬間、僕は骨でも見つけたみたいに、ぞわりと背筋に寒気が走るのを感じた。


 よく考えなくても、似顔絵を決まった場所に埋めに来る男って普通に怖い。

 陽キャとか言っているが、やっぱりサガリは僕より闇が深い気がしてならない。


「このくらいでいっか。浅いと、出て来ちゃうときあってさ」

  

 そう呟いて、サガリは似顔絵を穴に置く。土がのせられる。

 サガリの手元を見て、僕は一瞬息をのんだ。


 エース佐藤の似顔絵の出来が良いだけあって、その上に土をかける行為の呪術っぽい迫力が増している。

 恋心を埋めるってなんだよ、という何度目かの疑問が、急に真に迫ってくる。

 これじゃまるで。


「死体でも埋めてるみたいだな!」


 サガリが変に明朗な声で言った。


「冗談になんないよ、これ呪いっぽすぎ」


「失恋を忘れるための儀式だっつってんじゃん。似顔絵が似てると、やっぱりそれっぽさが高まるわ」


 え、この呪いっぽさ、僕の絵のせい?

 

 そんなツッコミを口にできないまま、僕も一応、いくらか土をかけてやる。

 絵を穴に埋め終えたところで、サガリはすっくと立ちあがった。

 そして僕の方を振り向いて、にやっと笑う。


 サガリの笑顔を見た瞬間、共犯者にされたような気分になった。

 絵を埋めただけなのに、もっとヤバいことしたみたいな感じがする。

 

「待たせたな。じゃ、肉食うか!」


「いや、やっぱり良い。いらない」


 軍手を外して、サガリに返す。

 うん、逃げよう。絵埋め友達とかヤバい予感しかない。


「そんなこと言うなって! 親友!」


 そう言って僕のブレザーの袖を掴むサガリの指には土がついている。

 ブレザーを汚した土は、逃げようとする僕を責めているみたいだ。文句を言いたいけれど、なんて言っていいのか分からない。

 だって、似ている似顔絵を描いたのは僕だから。

 サガリの誘いを断れなかったのも僕だから。


 ふう、と胸の奥から溜息が漏れた。土の匂いが濃くなる。

 空はもう茜色から夜の色に変わりかけている。


「……いいよ、分かった。肉行こ」

 

 僕は降参することにした。

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