落選記念日
紫鳥コウ
落選記念日
吹きすさぶ風と打ちつける雨から守られた、暖房の
耳を脅かす自然の猛威の中から、その声を見つけることができたのは、カイの介護を引き受けている身からすれば、当然のことである。
母を起こさないように、慎重に
持ち運び用のケージの上部を外し、代わりに上から毛布をかけて、かまくらのようにした
冷蔵庫の前の祖母の使っている椅子に毛布を置いて、カイを抱き起こして立たせてみたが、力の入らない足は、その場で踏ん張ることを
もう一度、抱き起こす。今度は、自分の居心地のいい場所を探しはじめた。そして、ストンと腰を落とした。わんわんと泣いた。寝る姿勢を決める前に、また尻もちをついてしまったのだ。
自分の眠りやすい体勢を探すのに、カイは苦労をしていた。それでもなんとか、ゆっくりと眠れるポーズを見つけることができたらしい。椅子の背にかけた毛布を、上から優しくかぶせて、かまくらのような寝床を作り直した。
音を立てないように気を付けながら部屋へ戻ると、ベッドの上からパッとしない水色の毛布を手に取って、机の周りにだけ
毛布にくるまった身体を目がけて、暖かい風が送られてくる。けたたましい音を立てる風雨は、一枚の毛布ではとうてい防ぎようのない音圧を与えてきている。
ここまできて、
九月上旬、洋はある短篇小説の執筆に打ち込んでいた。それは、地元の新聞社が開催している文学賞に応募する一篇だった。
介護の疲れから心身に不調をきたし、思うように筆が
受賞者へは十月中に通知をするとのことで、いつ連絡が来るか楽しみにしていたくらいだったのだが、一向に嬉しい
十月も下旬になると、さすがに焦りを覚えはじめた。そして三十一日になり――スマホはうんともすんとも言わないまま、十一月になった。
すると、あの応募作は駄作であったという断定を下すようになった。いま思えば、物語の流れに
こうして、丁寧に自作を冷評していくうちに、受賞を逃して当然だという
このときの洋は、嫉妬というより、自尊心を傷つけられたような感じがしていた。この心理は、容易に分析することができる。
自分が手にできなかった賞を、誰かが手にしているという単純な事実に加えて、高学歴であったり、若さであったり、自分に縁遠いものを持っている人たちが受賞しているという変数も作用しているのだ。
もう三十歳である。こんなみっともない自尊心は抑圧して、素直に「おめでとう」と言うことのできる大人になるべきだろう。
だけどそれは、こころに余裕のある者ができる振る舞いではあるまいか。この歳になっても一向に芽が出ず、プロの作家になりとある夢を叶えたいと切望している洋に、他者を祝福する気持ちを求めるのは、間違いである。
なにがなんでも、自分が受賞をしなければならなかった。悔やまれるのは、つまるところ、それだけなのだ。
郵便受けから新聞を抜き取ることなく、素知らぬ顔をして朝の分の家事をこなしていると、母が起きてきた。
リウマチの薬を飲むと、三十分は飲食できないため、その間に新聞を読むのが習慣であるのだが、母はその新聞がないことに、なにも言うことはなかった。
しかし、椅子に座りぼんやりとしている母が気の毒になり、タオルで手を
スリッパが反対向きになっていた。洋はすぐにでも
だが、大して気にも
どこからか風に乗ってきた数えきれぬ落ち葉が、家の前の坂道を汚しているのを横目にみながら、郵便受けのある方へ周りこむと――そこには新聞がなかった。
まだ配達されていないのかしらと思いながら、玄関へと戻り靴を
それは、見つからないように隠したのであろうが、どこか雑なようにも見える。しかしこれは、リウマチで全身が痛んでいる母にできる、精一杯のことだったのだろう……。
九月上旬などという、締切り間近になり執筆を開始して、どうして受賞するなどと思ったのであろうか。そんな中途半端な気持ちで、良い結果を得ることなどできるわけがない。
受賞者に嫉妬するくらいなら、自分を
洋は早速、来年に向けて応募作のアイデアを
風雨はいつしか止んでいるということを、
太陽はいまだに、地上に光を
〈了〉
落選記念日 紫鳥コウ @Smilitary
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