第23話
「瀬田氏は青木嬢のことをどう思ってるのかな……」
「いいとは思ってるんじゃね?」
「ほんとですか!?」
「見ててわかるでしょ」
それはまあ、そうですよ。だってなんかいい感じだったから。
テーブルにお通しと生ビールが運ばれてくる。
運んできたお店の子が、各務氏をガン見してたけどそれはスルーする。
当然各務氏もそういう視線になれているのかスルーしている。
「美幸はそれ見てわかってるのにオレと青木さんをくっつけようとしてんの?」
「青木嬢が幸せならそれでいいんですよ!」
「オレが不幸でも?」
「それはダメです!」
「……無茶苦茶だな、おい」
「瀬田氏の尻を叩いてなんとかしてくださいよ!」
「美幸」
「はい」
「キミはどっちと青木さんをくっつけたいの? オレ? 瀬田?」
「青木嬢が幸せになれるほうですよ」
「オレは幸せにしてあげられないよ、そういう意味の好きじゃないからね」
「青木嬢はぶっちゃけ正直ハイレベル女子ですよ、各務氏がいうところの『瀬田氏が普通の男の人』だとしたら太刀打ちできないって思っちゃうかもしれませんが、青木嬢は青木嬢で、普通に恋愛とか結婚とかに夢見る女子だと思うんです。わたしとは違う」
「美幸は恋愛とか結婚に夢見ないの?」
「……」
一人でいるほうが楽です!
と、数ヶ月前ならば言い切っていたはずなんですけど……。
何故だ……。
この先一人でずっとあの会社で働いて、ずっと一人で暮らしていく。
子供とか家族とか考えないで、誰かを思うこともなければ責任もなくて気楽。
好きなことだけをして死ねたらそれでいいと思ってた。
けど……。
「わかんないです……最近……なんかそういうの考えたくないっていうか……」
みんなでバーベキューいったり……青木さんと休日会ったり、各務氏と一緒にいたり……そういうのがすごく楽しいし……嬉しいし……。
自分以外の誰かと一緒にいることが……苦じゃないし……。
それは現在、周囲にいる人たちが独身だからで、そう感じるだろうけど……。
でも……結婚したら……。
そっちの生活に比重がかかるっていうのは兄や姉を見てきたからなんとなく把握してます。
姉なんて、学生時代もOL時代もリア充でしたけど、結婚すれば生活スタイルが変化していった。
異性も同性もたくさんオトモダチがいたのに、幸太が生まれてから連絡とりあってるのは年賀ハガキだけっていうのはザラです。
もちろん、姉のコミュ力は素晴らしいので、現在はママ友とかもたくさんいるようですが……。
だからそういうのを見ていると、わたしの周りに現在いてくれてる各務氏や青木嬢も、もし誰かと結婚したら、そうやって、付き合い関係を変えていくんだろうなと思ったりするんです。
それは少し寂しいのかなと思う。
自分だけの時間だけが残ってるのは悪いことじゃないけど、もしかしてやっぱり一人では足りないような気がする。
「どうして?」
「以前は、すごくはっきりしてたんですよ」
「うん」
「ずっと一人で生きていこうって、自分の時間だけが大事だって」
「うん」
「でも……」
「でも?」
「優しいから」
「うん?」
「みんなが、優しいからだと思うんですよね……だから優しくしたいなとか思うのかも」
今が貴重な時間なんだなって。
「……」
「わたしがいてもいいって、一緒にいると楽しいって青木嬢は言ってくれたり、小原嬢も吉井嬢もなついてくれたり」
「……」
「各務氏も……こうやって電話したらすぐに会ってくれる」
普通に当たり前のことなんだろうけど、ぼっちが長すぎたから逆に新鮮というか。
「大学の時もさ」
「はい」
「美幸と一緒にいたいなって思ってたやついたんじゃないかな」
「……それは、そうでしょうね」
「おい、またネガティブな方向で肯定してんだろ」
何故わかる!?
あなたエスパーですか!?
「青木さんみたいに、美幸と友達になりたかった子がいたと思うけどね」
「自己啓発セミナーにひっぱられてしまいましたが」
「だからそういうのは、また、違うの。ノーカウント。普通にさ……いまの青木さんたちみたいに、美幸は面白いから、一緒にいて楽しそうにしたかった子はいたと思うし、オレだってそう。ずっと美幸と一緒にいたかったけどね」
「……はい?」
「一緒にずっといたかったな、いきなり携帯の着拒否とかで理由も聞けないままで、避けられて、ショックだったな。オレ自身が追い回されたり付け回されたりされるのがいやだから、そういうことを美幸に対してはしてなかったけれど、かなり我慢したな忍耐力試されたなあ……今思えば、まあそれはやらなくて正解だったんだよな……どっちにしろ美幸は引いただろうし」
うぐ……そ、それはあまりにも各務氏ならではの発言。
自分がされて嫌なことはしないってやつですね。
「でも今日は、美幸から呼んでくれたからすげえ嬉しかったんだ」
わたし自身も、電話してすぐに会ってくれる各務氏の対応とかすごく嬉しいですよ。
ごめんねって断られると思ってたんですが、週末でもないのに、会ってくれるし……
「けど、オレは二の次で青木さんが一番~的な発言にへこんだけどな」
「べ、別に青木嬢が一番とか順位とかなくてですね! そんな発言してませんよ!! 青木嬢を幸せにしてくださいって言っただけです!!」
「幸せは、なる努力も必要なんだけどね」
「……」
「わかる?」
「……はい……」
「じゃあ、例えば、オレが現在青木さんの様に誰かに想いを否定されたとしたら、美幸はオレを幸せにしてくれる?」
無理難題をおおおおお!!
アンタを幸せにできる人がいるならその人に土下座ぐらいしますよ!!
わたしができると思ってるんですか!?
けど……。
各務氏が……。
何をもって幸せだと思うかなんてわからないけれど、そうなってほしいし、そのためならなんでもしましょう。
「各務氏が幸せになるなら、なんとかしてあげたいですよ、わたしでできることがあるなら……でも……幸せとかって受け取り方次第……ですよね」
「うん」
「ごめんなさい……各務氏……変な相談しました」
そうだよね……好意はあるけど恋愛感情のない子をなんとかしてくれとか、無理なことですよね。
しかもこの人、相手に恋愛感情が持てるかどうかって逡巡する前に向こうの方からぐいぐいと迫られてるんだから女性不信気味だと思うし。
かなり馬鹿な発言してました。
でも、でも、青木嬢はなんとかしてあげたいのです。
しょぼん……と、うな垂れていると、各務氏はぽんぽんとあたしの頭を軽く叩く。
「でもまあ、美幸の気持ちはわからなくもないから、聞いておくよ瀬田がどう思ってるのかは」
「ほんとですか!? お願いします」
各務氏は……大人だな……わたしも年齢は各務氏と同じなんですけど、なんていうか対人関係スキルが高いというか。
人への気遣いとか、わたしなんかとは全然違う。
やっぱり、ぼっちだった弊害がこういうところで現れてるんだな。
見習おう。
「大人になりたい」
わたしがポツリとつぶやくと、各務氏はゴンとテーブルに頭を打ち付ける。
え、何? そのリアクション。
わたしはびっくりして各務氏を見る。
「お~ま~え~は~」
「な、なんですか!? だって、だって、各務氏、大人だから!! わたしと違って!! 見習いたいなと!!」
「……ああ、もう、そーだな、そうだろ、美幸はそういうところは天然だもんな、ナチュラルにそういう発言するよな、でもオレはそういう意味じゃない感じで一瞬ギョっとしたわ!!」
ガバっと、テーブルから額を離してそう捲くし立てられた。
「ほかにどういう意味があるというのですか!?」
なんか漫才系のボケツッコミのようなテンポの会話だったのに。
各務氏はまた、頬杖をついてわたしを見る。
不覚にもドキンとしました。
何?
なんですか、なんのフラグですか!?
「大人になりたいなら、お手伝いしますよって意味」
ひっじょうにいい声で、無駄に色気のある表情でぼそりと言われた。
瞬殺っ……!!
今度はわたしがゴンっと、さっきの各務氏のようにテーブルに額を埋める。
ボケとか鈍感とか天然とか青木嬢によく言われたりしますが――――……。
イケメンフェロモン全開で言われれば、それが何を意味するところかわかりますよ!!
どういう意味か! そういう意味ね!?
勘違いとか思い違いとかじゃなくてそういう意味で言われてるって思っていいのか!?
しかも、ここで気の利いた返しができないのが、わたしのダメなところですよ!!
そりゃ、そっちの意味もまだ大人じゃないですけどね!!
この年齢で大人じゃないっていうのもドン引きされ……る……。
え? ……まて……。
どうしてそこが大人じゃないってわかってらっしゃるのおおおぉおお!!
何、バレてんの? どーしてわかんの!?
いやいや、バレるか?
わたしは各務氏と同じように額をさすりながら顔を上げる。
なんだよ、もう、確かに貴方は大人ですよ!!
わたしなんかはチョロイでしょうよ。
ですけどね!!
「各務氏……」
「何?」
「そういうの、他の子にほいほい言っちゃだめですよ」
一生懸命嗜めるように言ったんですが、各務氏は余裕の表情で笑っていた。
私だからそういう軽口も叩けるでしょうけど。
そういう余裕が持てて嬉しいんでしょうが。
他の子に言ったら、がっつり食われるの目に見えてますから――――!!
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