第20話
「ところで、ゆっきーは各務さんとどこまで進んでんのー?」
バーベキューを終えて、GWも過ぎていつもの日常に戻ったある日のランチタイムで、小原嬢からそんなことを尋ねられました。
「はい?」
「付き合ってんでしょ?」
はあ!?
「な、な、なにをおっしゃるやら」
「……バーベキューの時だって、各務さんはゆっきーのこと名前呼び捨てたしー、もーとっくに付き合ってんだー大学同期の再会は展開早っ! とか思ってたんだけど、違うの?」
「違います!」
わたしが力いっぱい否定すると、三人娘はまた明後日の方向に向いて溜息をつく。
「あれで違う言うんだ……」
「ご飯粒をぺろりとした時の各務さん見てそーゆーんだ」
「あれはやばかったよねー、エロかったよねー、他人のベロチューみてるよりもなんかエロかった、こっちの女性ホルモンまで刺激されそーだったってーのに、アレ見てなんとも思わないんだ」
あう、何とも思わなくはないですよ……非常にドキドキしてしまいましたとも!
しかし、しかしですよ? 各務氏をそういう対象として見ちゃいかんでしょ、ただでさえ、そういう女性からの視線で苦労してるような人なんですよ!
せめてわたしぐらいはね、そういう対象で各務氏を見ないような人間でいていいと思うのですよ!
異性の知人友人で、そういう人間いないと困るじゃないですか!
多分、うんざりしてますよ、各務氏は女性からのそう言う視線とか、アピールとかね!
わたしまでそれやったら、なんていうの?
各務氏逃げ場ないんじゃないの?
ていうかわたし、そういう各務氏がそういう対象であるなんて思考こそがまずいんでないの?
そうでしょ? そうですよ!
「えー、じゃーなに? また、あれっきりで連絡なしなの?」
「……」
「やっぱデートしてんじゃん」
「デートじゃないですよ! 本の貸し借りとか、そんなんですよ! お礼になんか食事とか映画とか、そんなの気にしなくていいのにと思うのですが、お礼の映画のことだって別にふたりっきりとかでもなかったしっ!」
「え? なにそれ」
「ふたりっきりじゃないって何?」
「各務さんが男友達と一緒にゆっきーを映画に誘ったとか?」
「甥っ子の幸太が一緒でした」
「……ゆっきー、デートに甥っ子連れて行ってまで、予防線張りたいの?」
「よ、予防線とはなんですか」
「えーだから『あたしには各務さんはもったいないから~、ほら、デートに甥っ子連れてくるぐらいにウザイでしょー?』的な?」
「ゆっきーやりかねないね」
お、お嬢さん方……、何気にいろいろわたしのことを把握してるのですかー!?
あんたたちエスパーなの? そうなの?
「た、確かに……おっしゃるとおりの部分もなきにしもあらずだったんですが」
「だったけど?」
「聞きましょう」
「語れ、吐け」
それもこれも、あの送り迎えの一件から、各務氏のことを知った母がですね、先日実家へ遊びにきた姉に吹聴したのです。
「そうなのよー美幸にもようやく彼氏ができて~すっごくねーイケメンさんでねー、お勤めはIT系なのよ、ほら、携帯アプリの会社の、大学の時一緒だったんですって~」
「へー」
「彼氏なんかじゃ、ありませんよ」
「やだあ、美幸ったら照れちゃってー、だってーお休みの日に、美幸がバーベキューに行ってきたのよ~」
確かにかなりインドアですけれど!
だからって、彼氏と断定しないでください。
だいたいあれはみんなで行ったじゃないですか、あんな大量に下ごしらえしたんですから人数いるなって理解してくださいよ!
「お食事にも何度か行ってるみたいでー、きちんと家まで送り届けてくれるのよ~」
「へー、お父さんはなんだって?」
「事実婚は許さないって言ってたけど、文句は言い出してないわよ」
「はあ? 何それ、あたしの時とはえらい違うじゃないのよ」
「美幸からは、なかなか、そういうお話きけなかったからね」
「そっか、美幸にもとうとう春がきたのねえ」
「違いますから」
ちょっとお二人とも、人の話をきちんと聞いてくださいよ。
わたし、否定してますよね? 聞いてます? ねえ、聞いてます?
「幸太ー美幸ちゃんあんまり、遊んでくれなくなっちゃうねー」
「え?」
幸太が愕然とした表情でわたしを見上げる。
姉さん……あんまりですよ、この表情見てくださいよ。
5歳児の愕然としたこの表情、もうこのあと号泣しかないでしょうよ。
「やだっ、ヤダヤダヤダー!」
これまたわかりやすく、わたしの足にすがり付いてわあわあ言い出す。
「みゆきちゃんは、スカイレンジャーのえいがつれてってくれるって、やくそくしたのに、ひーどーいー!」
母が、あんたが幸太の面倒を美幸に押し付けるからご覧よと呟く。
いや、幸太の面倒は別に見ても苦じゃないですよ、ただ姉からはオタク教育はほどほどにと釘はさされちゃいますけれど。
「幸太君、映画は一緒に行けますよ」
「ほんと?」
ぱああと満面に笑みを浮かべる。
「じゃあ、あした! あしたね!!」
キター、お子ちゃま特有待ったなしの「じゃあ、あした」攻撃ー!
しかも明日は、各務氏から映画に行かないと誘われていたところです。
GW、空いてる休日でどこか行こうと誘われ……誘われてうまく断ることもできず、どうしたものかと思っていたのですが、これはこれで、いい口実なのでは?
ここで何故、断る方向へ行こうとすんの? と青木嬢に詰め寄られること確実ですが、私なりに思うに、各務氏は私には非常にもったいないというか……力不足……この上ないのです。
もちろん、声をかけてもらうことは嬉しい、嬉しいんですけど、この最近の状態を反芻してみれば、母から彼氏だとか青木嬢たちからも彼氏だとかそう言われて意識しちゃいそうになってるところがダメダメ。馬鹿みたいに舞い上がっちゃう自分が許せないのですよ! 勘違い入る自分が許せないのですよ!
この先の建てた人生設計、ボッチ街道から軌道がずれそうでいやなんですよおおぉおおお。
なので、これはこれでいい機会……各務氏との映画は断るか……。
距離を置いて冷静になるのよ、美幸。
そして、その場で携帯を取り出して各務氏に連絡をいれる。
「雪村ですけれど……」
『あ? 美幸?』
「はい。明日の映画はお断りさせてください」
なんの言い訳もなくとりあえず用件だけ伝えると、その場にいた母と姉が血相を変える。
「ちょ、何言ってんのあんた、てか何やってんの? 幸太の我儘をききすぎ!」
「幸太君が先に約束してたのは事実ですから」
「ちょ、その携帯貸しな!」
「いやですよ」
『幸太って誰?』
耳元で、珍しく不機嫌な声を出す各務氏に、少し驚きました。
いきなりキャンセルだからお腹立ちかもですが……。
その声に、口調に、わたしは戸惑う。
いつもの各務氏でいてほしいと思ってしまった……。
あれ?
わたしなんかの彼氏だって一部の人たちに思われてても、否定しない各務氏でいてほしいってことですか?
そんなのだめでしょ、各務氏にはそれ相応に相応しいお嬢さんがお似合いですよ。
そのためには別に各務氏にいい印象を持っていてはダメでしょ?
怒られて嫌われるぐらいで、いいのではないのでしょうか?
『美幸、幸太って誰? 先に約束ってナニ?』
「すみません」
『だから、誰?』
「甥っ子です」
『甥っ子?』
「5歳幼稚園児、花崎幸太君、以前から約束していたので、彼がじゃあ、明日行こうって」
『甥っ子……』
「そんなわけで」
『いいよ?』
「では申し訳ないのですが……」
『何時に行く?』
「は?」
……あの、今、お断りのお電話なんですけど……もしもーし?
不機嫌な声が急にいつもの感じに変わるって何ー!?
『だから、甥っ子の幸太君? 一緒でいいよ』
「はい?」
なにゆえ、ここで是と言われるの?
ありえない!
「お、お、甥っ子はめちゃくちゃ早起きで、もー朝早くから行って、適当に遊ばせてあげないと」
『うん、いいね、どこいこうか』
「お台場に行って、けど見る映画はスカイレンジャーですよ!? 観覧車とかで遊ばせて、ガン○ム見せて」
『美幸……』
わかっていただけた!?
理解していただけたのっ!?
『そのチョイス、すごくいい……ガン○ム……俺まだ見てないんだ、あれ……』
何気に釣れちゃったー!?
いや、各務氏の趣味は存じ上げてますが、食いついちゃったー!?
「車で行こうか、この間のバーベキューの時のパーキングに早めにつけとく、時間はね……」
トントン拍子で時間しきられて電話切られてしまいました。
がっくりとソファに座り込むと、母と姉がわたしに声をかける。
「ちょ、ちょっと、美幸、アンタ幸太のために何もそこまでしなくても、相手あきれるよ!? あたしやーよ、そんな小姑のいる女を嫁にしたくないって思われるの」
「心配するところはそこじゃないでしょ、千春! 各務さん、なんだって?」
「車で行こうかって……ものすっごく楽しみしてるから甥っ子さんによろしくと……」
ドン引きするところか食いつくってどういうことですかね。
「やっぱりいい人だわぁ、各務さん」
「えー見たい見たいー美幸の彼氏見たいー、幸太、明日、美幸ちゃんの彼氏が連れてってくれるってよ!」
「みゆきちゃんのかれし~?」
「……」
「みゆきちゃんかれしいんの~?」
「幸太! アンタね、失礼のないようにしなさいよ! いい子でいいんのよ?」
幸太君はやんちゃだけどかわいくていい子ですよ……姉さん……いや、そうじゃなくて、そこじゃなくてね。
ていうか、各務氏、子供付きでOKって……。
問題ありではないですか?
「各務氏は、ナニを考えてんだか……」
あたしがついた呟きはテンションマックスの幸太の声にかき消されたのだった。
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