第18話



 下ごしらえ完璧です。塩麹漬の鳥手羽もカレー粉ちょっとまぶして、タンドリーチキンっぽく。ニンニクとしょうが醤油漬け牛肉も、野菜も切って串刺し、あと、フランクフルトはそのまんまでもOKだけどやっぱりマスタードとケチャップは外せない。おにぎりとサンドイッチも作ったんですよね、っていうか母に手伝ってもらいましたが。

 今日は絶好のバーベキュー日和。

 現地で焼くだけの状態にしてあるので。

 一応、塩と醤油と油とタレも持っていこう。

 母がジンジャークッキーも焼いてくれたし。

 クーラーバッグ2つにいろいろ詰めていたところへ、ドアチャイムが鳴った。

 インターフォンに出た母が「おはようございます~、今ドア開けますね~」なんて上機嫌で玄関へ向かう。

 よし、なんとかパッキング終了。

 両方にクーラーバッグをひっさげてキッチンを出る。

 玄関でにこやかに挨拶をしてる母の目の間にいるのは各務氏だった。

 「おはようございます。各務氏」

 「おはよう美幸、すごくないそれ?」

 「美幸がなんか一人で悪戦苦闘してて見てらんなくて手を出しちゃったのっよ~今日なんか朝5時起きなのよ~普段は休みならもーいつまでも惰眠を貪ってるっていうのにね~。あ、これ、みなさんで召し上がってくださいね」

 「あ、すみません、頂きます」

 母はちゃっかり各務氏にジンジャークッキーが入った紙袋を渡す。

 「各務氏、車?」

 「だから各務氏はやめるように言ってるのに……、瀬田と青木さんが乗ってる。高本さん達は先に行ってもらって、途中のサービスエリアで落ちあう予定。それ貸して」

 わたしはクーラーバッグの一つを渡すと、各務氏はもう一つも寄こせと手を振った。

 「美幸はこっち持って」

 母が渡した小さい紙袋をわたしに寄こし、バッグを一つ肩にかけて、もう一つは手に持つ。

 「じゃ、お母さん、美幸さんお借りしますね」

 「はい。行ってらっしゃーい」

 母、無邪気に手を振るし……。

 なぜそんなテンション高いんだろう。まるで幼稚園児を遠足に送り出す母って感じではないですか?

 ……しまった。

 今になって思い出しましたよ! 誤解を解いてない!!

 いえ、先日のギュウやら青木嬢の語るストーカー事件やらが衝撃で、親に誤解を解くのを忘れてたー!!

 母から見れば、今日は娘が彼氏と友達と仲良くBBQとか思ってる!?

 違うー彼氏はいないっ! 

 娘が友達とBBQですよ! 母っ!!

 わたしが慌てて母に弁明しようとするが、各務氏が「早くおいで」と急かすし。 

 うー時間がない。仕方ない弁解というか誤解を解くのはまた帰宅してからでいいや。

 わたしは各務氏の半歩後をついて歩き出す。

 各務氏は半そでのポロシャツにジーンズとスニーカーという、ラフな服装なんだけど、やっぱりスタイルがいいのか何を着てもお似合いです。

 で、ちょっとドキリとしたのが、半そでから出ている右の二の腕にミミズ腫れのような線が見えました。

 先日、青木嬢が語った例の事件の傷なのかなと思う。

 わたしの視線に気がついたのか、各務氏は自分の腕に視線を落とす。

 

 「ああ、これね」

 「痛いですか?」

 「え?」

 「なんか、まだ痛そう」


 そこだけ色が薄くほのかに赤い。


 「ああ、もうかなり前の傷だから大丈夫」

 「よかった」


 そうは言うけど……やっぱりその傷をつけられた時は痛かっただろうし。

 身体だけじゃなくて精神的にも負担はあっただろうし。

 そういうの、まったく他人に見せない各務氏は……強い人なのかもしれない。

 わたしだったらノイローゼぐらいになりそうですよ。

 だいたい、傷つけてまで手に入れたいってその心持ちがわからない。

 いくら好きだからって、そこまでするもんなのか。

 自分を見てくれないからってそんなことまでするなんて。

 男の人に使っていい形容詞じゃないのはわかってるけど、こんなキレイな人なのに。

 黙って見てるだけで満足できないものなのかな。

 精神病んだ狂人をも引き付けるってほどの美貌ってことは、頷けますが。

 でも、各務氏の感情なんかまるっと無視じゃないですか。

 一方的すぎですよ。

 大学の時の各務氏のまわりにいた女子だってそう。

 各務氏を残念なイケメンと評した女子だってそうですよ。

 いや、まて、わたしが言うか? ってところですね。

 わたしだってそうだった。

 勝手に勘違い聞き間違い思い違いして、勝手にフェードアウトして。

 反省反省。

 せめてそこは改めないといけませんね。

 各務氏が空いてる手をわたしに差し出す。

 どういう意味なのかわからず首を傾げると、各務氏はわたしの手をとって繋ぐ。

 指がわたしの指の間に入って、いわゆる恋人繋ぎってやつですか?

 

 「よかったなー晴れて」

 「は、はい」


 そりゃ、手を繋いだことはありますが、だいたいが酒のはいった時だったし。

 シラフで手を繋ぐってことに、むずがゆい恥ずかしさがこみ上がる。


 「あの……」

 「何?」


 手を繋ぐのはちょっと……と心の中で言いかけましたが、いや、まて、反省したばっかりでしょー!

 そりゃ恥ずかしいけど、各務氏が希望ならそうすることも致し方ない。

 あれ? そうだよね、わたし的には恥ずかしいけど、それが嫌ってわけではないですから、これはこれでOK? 


 「何?」


 えーと、えーと、手を繋ぐのを拒否るんじゃなくて、えーと、話題を、話題をっ!

 「車は誰のですか?」

 よし、よく繋いだわたしっ! 空いてる手に拳を握って小さくガッツポーズ。

 「うちの親父の、三宅がパジェロって言ってたから、こっちもそれ系の車の方がいいかなって」




 近くのコインパーキングに停めてある車はプラドだった。

 大きな車体の横に青木嬢が立って待っていた。


 「おはよー! ゆっきー!!」

 「おはようございます」

 「てか、何それ、全部作ったの?」

 「母が大部分、手を出したんですけどね」

 「さすが料理教室講師だ~。小原も持ってきてるはずだけど、このばかでかいクーラーバッグには負けるでしょ」

 「足りますかね」

 「足りる足りる。途中で飲みモノとかつまみの乾き物買えばもうOKじゃん。あとでレシート合算するからちゃんと持ってきた?」

 「はあ、でもガソリン代はー?」

 「そこもあとでね、瀬田ートランク開けて」

 青木嬢の声にすぐさまトランクが開いた。

 各務氏が折り畳まれている三列シートの部分にクーラーバッグを詰めて閉じた。

 後部座席に青木嬢とわたし、運転席に各務氏が乗り込む。

 そしてトランクを開けた、瀬田氏は助手席に移動。

 「おはようございます、瀬田氏」

 「おはようー荷物すごそうだねー、一応釣り堀っていうか渓流釣りもできてそこで魚も食べられる場所なんだけど」

 「釣り?」

 「あんまりやらないでしょ?」

 いやーまったく経験ございませんが。

 瀬田氏や各務氏は小学生の頃はやったかもしれないですよね。

 「まさか、餌はゴカイじゃないでしょーね」

 青木嬢が口を挿む。

 ゴカイとはなんですか?

 「練り餌だと思うよ、ゴカイの方が食いつきよさげだけど、ルアーやフライもできるって」

 「青木嬢、ゴカイって何です?」

 「……知らない?」

 わたしはコクンと頷く。

 「みみずみたいなヤツだよ」

 運転してる各務氏が答える。

 まじですか?

 一瞬、あの姿が脳裏に浮かんで鳥肌が立つ。

 運転席にいる各務氏と青木嬢に交互に視線を送ると青木嬢は頷く。

 「あ、あの、魚介は用意してなかったので、魚は嬉しいですが、内臓処理とかは難しくないですか?」

 すみません、母は料理上手なのですが、娘のわたしはその域には遠く及ばずなのです。

 「なんかその場で内臓処理はしてくれるらしいよ」

 瀬田氏が答えてくれた。それなら安心ですね。

 「そうだよねー肉、肉、野菜、肉で、味変えたいよねー」

 「青木……、肉、肉、野菜、肉かよ……」

 「せめて嗜好ぐらいは肉食でいかせてよ」

 「いや、お前、どっからどーみても全体的に肉食、中学ん時は目立たなかった部類なのに……」

 「あゆみたいのが肉食っていうの」

 「斉藤ね、肉食だな、あいつは」

 青木嬢と瀬田氏は仲がいいなあ。

 っていうか、幹事同士はどーなのだろう。

 お互い彼氏彼女もいないのに、でも友達? ってことですか?

 わたしのことを、やいのやいの言う青木嬢ですが、ご自身はどーなんですか。青木嬢だって年頃の女性ですし、彼氏いないみたいですし、傍から見たらいい感じなのに。

 でも、友達なのかなー。うーん……そういう関係もいいのかもしれないなあ……。

 異性の友達なんてこの年までいなかったし、いや、同性の友達もほんといないっちゃいなかったんですけどね。

 でも、こういうの、いいかもなー。

 いやいや、案外、青木嬢が瀬田氏のことを少なからずいいなーとか想ってるかもしれない? 人の事には口出しはするが自分のことは語らないタイプに思えます。

 もしそうなら、応援しちゃいますけどね。

 頼りないかもしれませんが、頼って下さいね、青木嬢。


 「ゆっきー何持ってるの?」

 「母が作ったクッキーです。女子の口直しで甘いものも持たせてくれました」

 「ゆっきーの母に愛してるって言っておいて」

 

 わたしが横で爆笑すると、各務氏がミラーから、こっちを見てた気がした。

 見慣れた街の景色が遠ざかって、高速へと乗り上げる。

 カーラジオのDJのトークを聞きながら、他愛ないおしゃべりを楽しみました。


 

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