第17話
眠れないー。
あんな力いっぱいハグされたことはなかったし。
合コンの帰りに満員電車でハグされたことはあったけど、あれは状況的には仕方ないとかは思うのですが……。
骨が軋んで呼吸ができなくなるようなギュウは、かなり衝撃ですよ。
それに、なんかまたわたしは勘違いをしているようですが、それもわからないし。
だって、各務氏曰く「まあ、ある意味、ご主人様は最終的な目標だよね」とか呟くし。
最終的にはやっぱ下僕ってことですかね!?
「最終的には」って、間にいろいろ何が入ってんですか?
教えてくれ誰かっ!
教えてーおじーさーんー!! 教えてー!!
「何、ゆっきー眠そうじゃん」
ランチタイムの時、青木嬢に指摘されて、わたしはあくびをかみ殺す。
「えーそれは、あれじゃない?」
「なによ」
吉井嬢がニヤニヤしている。
「営業の沖田が言ってたよー、ゆっきー昨日イケメン彼氏とデートだったって」
「沖田? なんで沖田が知ってんのよ」
「ばったり会ったんだってー、デート中のゆっきーと。ゆっきー朝帰りってことじゃん?」
「そーなの!? 各務さんだよね!? いつの間に!?」
青木嬢がわたしの制服のブラウスの襟を掴んでガクガクと揺する。
「ちーがーいーまーすー」
「偶然飲み会の二次会に行く時に、ゆっきーが一人でいたから声かけたら、店から男が出てきた焦ったーとか言ってたよー」
「デートじゃん!!」
「デートじゃないですー、本の貸し借りしてただけですー」
「でも食事だったんでしょ!?」
「そうですけどーそれだけー…………だと思うんですが……」
「何よ、何よ」
うーん。
ここはリア充のお嬢さん方に意見を聞いた方がいいのか?
謎が解けるか?
「実は大学の時に聞いた各務氏の発言は、わたしの聞き間違いといろいろ脳内変換でしたという事実は判明したのですが」
「おお!」
「脳内変換のところにツッコミを入れたいが、まあ進めなさい」
「すっごく怒ってました」
「各務さんが?」
わたしは頷く。
「メールも電話も勝手に拒否ったら許さないの上、名前呼び……、これって、あれですよね、下僕扱いですよね」
「……」
「……」
「……」
なんでお嬢さん達、また死んだ魚のような目でわたしを見るのですか。
「ゆっきーオタクなのに少女漫画読まない人かな?」
「ほら、マニアックな漫画とかラノベとか」
「ファンタジーとか好きなんじゃないの?」
いや、ファンタジー好きですが。
マニアックと言われれば王道メジャーな売れ筋よりも、マニアックな方が好きですけど。
でも、王道メジャーもそれなりに読んでますが。
少女漫画はうーん。あんまり最近読まないっていうか……。
「妙齢の女子が読書が趣味なのにねー」
「ゆっきーロマンス小説とか読まなさそーだよねー」
「ああ、どっちかっていうと男子向けな感じのモノかーだから各務さんと本の貸し借りはするわけだー」
あの、ちょっとなに人の読書傾向を分析?
「で、名前呼びなの? お互い」
「まさか、各務氏はわたしを呼び捨てでも、それは仕方ないですけど、わたしがそれをしたらダメでしょ? で、『ご主人様』じゃないのかって聞いたんですけど」
女子三人はブハァーと勢大に噴き出す。
いや、オタク的にはありなんですが、ここがリア充女子との差だと思えば別に恥でもないのですが。
「勘違いしてるってまた言われて」
「そりゃー勘違いしてるよ」
「激しく違うよ」
「ご主人様って……」
「いや、でも各務氏曰くは『ある意味、ご主人様は最終的な目標』って言われて」
「のろけかよ」
「のろけだ」
「のろけですね」
「え? 何どこが? わたしそこがわからないんですけど! 最終的に『ご主人様』なら間に何が入ってるのかが知りたい!! わかります!? わかってるの!? 青木嬢」
「各務さん気のどくー」
「長期攻略型だねー」
「まあわからなくもないよね、ゆっきーぐらいがちょうどいいのかもね」
青木嬢は呟く。
「瀬田からいろいろ聞いてんだけどさー、各務さんのモテっぷりは異常だって。なんかフェロモン撒き散らしてんじゃないかってぐらいで。過去にストーカーにも遭ったらしいんだよね」
「あ、それっぽいことはさらりと聞きました。ガチで語るとホラーだって言ってた」
「詳しくは聞いてないの?」
「はい」
「2年前のことらしいよ」
そう言って、青木嬢は各務氏に起こったストーカー事件を話してくれた。
2年ほど前に会社で起きたという。
みんなで飲み会に行こうという流れで、いつも一人でいた女子社員にも声をかけたらしい。それは普通に、別に各務氏以外も声をかけたので別段、各務氏がその女性になんかしたわけではない。それはその場にいた社員も認めるところ。
が、飲み会の翌日からストーキングが始まったそうで、メアドの交換もしていないのに彼女からメールが入ってきた。
最初はそれこそ「ありがとうございました」という文面だった。会社にいる時は会社での様子を労う文面が平日に3通、そして時間が経過するとともにメールは4通、5通と増えてくる。
で、各務氏にはそれなりに女子から人気があったので、そういうことをしていたら彼女等にも当然ばれる。いろいろ忠告を含む牽制があったようだが、スルーを決め込み「でも。あたしと各務さんは結婚するから」とか正々堂々のたまったそうで、火に油を注いで、辛辣な言葉なり時折は嫌がらせを受けていたようだった。
でも、そうなるとまた各務氏にとことん執着という悪循環で、休日は「今日はカップめんなの? 身体こわしちゃうよ、作りに行こうか?」などとプライベートの様子を綴る文面が増え出して、これはやっぱりおかしくないかと疑問に思った頃、玄関でピンポン攻撃。魚眼レンズで覗き込むと、その女子社員が立っている。ニヤリと笑って魚眼レンズが黒くなった。「開けてえ……そこにいるんでしょう……」とヒステリックではなくぼそぼそと呟くようにその言葉を吐いて、そのあとドンドンドンとドアを連打してきてさすがにこれはヤバイと思ったのか、息を殺してなんとか居留守でやり過ごし、翌日警戒しながらアパートを出る時、ポストを覗いたら差出人不明の白い封筒が入ってて、「また来るね」って一言だけ、でもそれ、赤ペンで書いたらしくて恐怖倍増。
前々から直属上司には相談していたけれど、「またイケメンが自慢話だよ」でとりあってくれず、直接、専務である瀬田氏と社長に直訴した。
で、瀬田氏が各務氏のガードを請け負うことに。
携帯をもう一台購入して、一台を預かると、そこからバンバン入るメールを見てこれは異常だと思い、当人を呼び出して、事情の説明を求めると、「各務さんとは付き合ってておなかには子供いる」とあっさり嘘をつく。
当然各務氏は真っ向否定。
指一本触れたことがないと断言すると、ヒステリックに叫び出し、「あたしに声かけたじゃないのよおおおおお。好きだからでしょおおお。結婚してええええ」と喚き散らす。
異常事態におののいて、ストーカー女子の親を呼び出すと、実は彼女は何年か前にも同じように別の男性をストーキングしていたことがあるとか。
彼女を親に引き取ってもらい、やれやれ一件落着と思ったが、帰宅後、アパートのドア前にいる彼女を見て各務氏愕然。
慌てて瀬田氏に連絡して彼女の親を呼んでもらうように依頼。
親も瀬田氏も社長も各務氏のアパートにやってきたらば、「どうして邪魔するのよお」と叫びナイフ振り回す。
「あたしと結婚してくれないなら、死んでよう」と閃いたナイフで腕に負傷した各務氏ではあるけど、すでに呼びだしていた警察がやってきて傷害および殺人未遂現行犯でストーカーの身柄確保ということがあったらしい。
吉井嬢も小原嬢もその話を聞き終えて身もだえする。
「サイコホラーだ」
「こっわっ。何それ!」
「ただでさえガンガン来る女子は苦手だったのに、そんなことがあったから、女性不信気味で、しばらくは合コンも断っていたんだけど、さすがにそれだけモテる男が一人でフラフラしてるっていう現状も、そういう女子を引き寄せる要因だろうから、もうとっとと、彼女なり作ってもらって、結婚すれば、周囲も……少なくとも会社の女子社員達は落ち着くんじゃないかってことだったのよね」
わたしは開いた口が塞がらなかった。
なんだそのオカルトチックなストーカー事件は。
ガチでホラーと言ってたが、まさにサイコホラー。
逆レイプ未遂に会うわ、サイコなストーキングに会うわ、ただのイケメンってだけじゃなくて、危険人物ホイホイな人なのか!?
なんだかぼっちで、宗教とキャッチ勧誘のわたしの状態ってぬるい感じじゃないですか?
「き、気の毒に……各務氏……」
そっか、わかった。
各務氏の最終的なご主人様の前には、あれですね、人身御供的な生贄になれってことですね!
コミュ力はないし女子力もないけど、間にワンクッションを置きたいのですね!?
非力なわたしがそれを出来るかわかりませんが、そういうことでしたら、協力しましょう。
そう、各務氏がどこぞのお嬢さんとお付き合いして結婚するまではっ。
せめてもの罪滅ぼし、うん、そうしましょう。
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