第15話


 「はじめまして、各務と申します」

 「美幸の母です~、まあまあ、こんな駅から遠くまで送っていただいて~」

 母の声が1オクターブ高い、講師モードの時と同じ声だ。

 

 「お茶でもいかがですか」

 

 いきなりフレンドリーすぎないか母……。それともこれは通常の範囲なのですか?


 「え、でも、ご両親とも今ご帰宅ならお疲れでしょうから」

 「そんな~お気になさらず!! 是非! 何にもありませんけど、どうぞ~」


 ささ、どうぞーと玄関のカギを開けて、各務氏を招き入れようとする。

 父もどうぞと、各務氏を促す。

 え? 父もその対応なの?

 ありなの? 

 姉の男友達、もしくは歴代彼氏、そして現旦那との顔合わせはそんなにあっさりな感じじゃなかったように記憶してるんですけれど!?

 学生時代の男友達、歴代彼氏、現旦那の時はもっとこう、威圧感バリバリじゃありませんでしたか?

 うーん……。

 そうか! 姉のその歴代彼氏達とかの対応で、それだとまずいとかいろいろ思ってのことだろうか?

 確かに、うちの父の対応にビビって姉とその彼氏が破局したこともありますからねー。

 その時の姉は「何もあんな態度とらなくてもいいじゃん! 単なる友達連れてきたって、お父さんああいう態度とりそうだよね!? 美幸も下手に男友達とか連れてきたら大変だよ! 覚悟しておいた方がいいわよ!」と、ひとしきりわたしに愚痴ってきたこともありましたしね。

 それは父の前でも姉は語っていたので、父もただの友達に対してならそんな威圧感バリバリでなくてもいいって思い至ったと? 

 各務氏とわたしではそういう誤解も父はしてないってことですね!?


 で、結局各務氏はウチのリビングにいることになったのですが……。

 なんだろ、滅茶苦茶、違和感。

 普段はいない存在がいるというだけでこの違和感。


 「ご挨拶が遅れました、各務聡と言います」


 ソファに勧められる前に、各務氏はうちの父に名刺を渡す。


 「どうも」


 父も名刺を受取り、自分の名刺を渡す。

 なんかあれ、転職にきた社員とその面接官的な感じ?


 「IT関係なんですね。てっきり娘と同じ会社の方かと思ってました」

 「え!? 同僚の方じゃないの!? 各務さんは、うちの美幸とどういったお付き合いを?」

 母がリビングテーブルに人数分のコーヒーをふるまう。

 あまりの単刀直入の質問にわたしは母をポカーンと見上げてしまい、各務氏に視線を向ける。

 「や、違う! 誤解!! 付き合ってなんか!!」

 わたしは慌てて母と父に視線を向けてそう早口で捲し立てる。

 「やだ、あの、お父さんもお母さんも違うから! そうじゃないですからっ! 各務氏はその!」

 「美幸さんとは一緒の大学でー」

 「そうそう!」

 「まあ! その頃から? お付き合いを? やだわ! この子ったら」

 「違うから!」

 母っ! 落ち着け!! 早まった誤解をしていくなー!!

 各務氏は、身を乗り出して現状をなんとか理解させようとしていたわたしの腕を捕まえて、落ち着いてと言う。

 「先日、会社の後輩達に誘われた飲み会で、偶然再会しました」

 「あらーそうだったのー! まあ、そうよねえ、この子ったら全然そんな彼氏はもちろん男友達なんているそぶりもなかったもの、最近はよく出かけてるみたいだけど」

 出かけているのは青木嬢と一緒ですよ! この人じゃありませんよー。

 「え……そうなの?」

 各務氏がにっこり笑ってわたしに尋ねる。


 「美幸ちゃん、誰と出かけてるの?」


 いつもは「雪村」なのに「美幸ちゃん」てなんぞやー!?

 はっ、ああ、そうか、ここで「雪村」呼びはあれですよね、両親も雪村だからですよね。


 「青木さんでしたっけ? 女性の方よー心配なく」


 母はコロコロと笑う。

 

 「なんにせよ安心したわあ、あんまりにも男っ気がなくてー、さっき主人とお見合いでもセッティングしようかって相談してたんですよー」

 

 なんですと!?

 わたしはガッと目を見開いて、両親を見る。

 やっぱりわたしを追い出しにかかっていたのですね!?

 だったら直接そう言えば一人暮らしをしたのにっ!!


 「お母さん、それは、やはり千春姉さん達との同居、もしくは伸幸兄さんのところとの同居を考えていたのですね?」

 「はー? 違うわよお! 美幸があんまりそういった話題がないものだからー。やっぱりほら、千春も30には幸太を産んでるしね、美幸ももう28なんだからそろそろお嫁に行っても」

 「行きませんよ。だいたいさっきから聞いていれば各務氏に失礼ですよ」

 「あら! じゃあ、各務さんがお婿さんにきてくれるの!?」

 

 あほかー! 

 

 「さらに失礼なこと言いだして! 違います!」

 「美幸」


 それまで黙っていた父が口を開く。


 「お父さんは、美幸のことはかなり自由にさせてきたと思う。美幸自身がしっかりしていたからね。ただ、事実婚は認めないから、そう思いなさい」


 「だから違う!!」


 「わかりました」

 

 って、おい!! 何言ってんですか各務氏!? 何わかってんですか!!

 あんたここで、全否定しないと、ダメでしょー!!

 

 「先々のことは美幸さんとよく話していこうと思ってます」

 

 ちょ、待て、何を話すの!?


 「いろいろとご相談にのって頂けたらとも思ってますので」


 相談って、何を相談すんの!?


 「あらー、嬉しいわあ。もっと気軽に遊びに来て頂戴ね」

 「はい。明日も会社ですし、今日はそろそろお暇させていただきますね」

 「そうだな、終電に間に合うかな? うちはご覧の通り駅から遠いからね」

 各務氏は立ち上がる。

 わたしも慌てて各務氏についていく。


 「今日は遅くに失礼しました」

 「また是非来て頂戴ね」

 「美幸、そこまで送ってあげなさい」


 言われずともそうしますよ!!

 礼儀正しく各務氏が母に挨拶をして玄関の外に出る。私もそのまま外に出る。





 「か、各務氏、あのっ、すみませんっ。ほんっとーにスミマセンッ!!」

 

 時間滞も時間滞なので声を殺しながら必死に平謝りですよ。

 いやむしろ土下座した方がいいか!? ってぐらいに頭を下げた。


 「ウチの親、多分すっごく勘違いしてます!!」

 「勘違い?」

 「だからっ、その、各務氏がその、わたしの……」

 「雪村の、何?」

 「彼氏だと……勘違いしてますよ」

 

 うわ、改めて言葉にしてみるとなんて、コッパズカシイ気持ちになるんでしょうね。

 これも年齢=彼氏いない歴の弊害ですかね。

 多分、もう耳の裏まで真っ赤ですよね、夜でよかった。

 日中にこんなやり取りしてたらもう会社もやめてひきこもりたくなる。

 

 「……あの流れなら普通わかりますよね? 否定しないとダメでしょ! 各務氏にはもっといいお嬢さんが周りにいると思うし! あ、それにあれでしょ、青木嬢か、吉井嬢のどちらかがちょっといいなーって思ってるのもあるじゃないですかっ!」


 そう、この間の合コンでいいなと思った人がいるって言ってたよ! 


 「なんでその二人なの」

 「なんでって消去法ですよ! 小原嬢には関心がなかったようですから」

 各務氏は溜息をつく。

 「雪村、自分はカウントされてないって思ってる?」

 「当たり前じゃないですか」

 「どうしてそう思うの?」

 「誰が見てもそう思うでしょ?」


 青木嬢は多分「いや、あんたカウントされてるから」ぐらいは言うかもしれないけれど、それだって社交辞令だってわかってますよ。

 だいたい、つい最近までこんなことはなかったのに。

 うわーもーやだー。

 めんどくさい。

 

 「やっぱりダメだ」

 

 偶然にも交友関係とか広げちゃったような気がするけれど、わたしの人生には、もともとそんなもんなくても大丈夫だったんですよ。このままぼっちで自由にやって行く予定だったのに。


 「各務氏、両親には誤解を解いておくので気にしないでください」

 「そんでまたフェードアウトする気だろ」


 なっ……なんでわかるんですか、わたし今、口に出してしまいましたか?


 「オレは大学の時みたいに、雪村から勝手に切られる気はないから」

 

 そんなこと言ったって、無理。

 だって、各務氏は……。


 「別にわたしじゃなくてもいいんじゃないんですか? 誰とも付き合ったこと無さそーな女性なら、試しに付き合ってみたいって、各務氏自身が言ってたことですよ?」


 湾曲な言い回しだが、間違ってない……ハズ……。


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