第14話
各務氏は意識しなければ、こんなにも、会話はスムーズだし、キョドらないし。
でも時折、思い出すのですよ、あの処女云々のことは。
各務氏が自ら残念なイケメンだって告白してくれたけれど、それがなければまだ不信感いっぱいだったと思う。
「いちいち送らなくてもいいんですよ」
「ダメ、夜遅いんだから、帰宅途中で何があるかわかんないんだろ」
食事の後に「はい、さようなら」って思ってたのに、またも各務氏がわたしを家まで送るというのですが……。
こんなわたしをどうこうしようというのは宗教かキャッチかどっちかだし この28年間何もなかったので、多分一生ないと思うのになあ。
「めんどくさくないんですか?」
「何が?」
「えーと、こういうの、送ったりするの……だから誤解されるのかもしれませんよ」
「誤解?」
なんでニヤニヤするのですか。
「雪村、なんか誤解しそうなわけ?」
「いえ、まったく、ただ心苦しいだけです、わたしが男だったら女子を家まで送るなんてしないなーと」
はっ! そういう心遣いが出来てないから、モテないのですね!?
ああ、そういうことか!!
そういう心遣いが出来るか出来ないかで、好感度が変わってくるのですね!!
だから、この人モテるんですよ!
だけどさー。
「こういうことするから女子は舞い上がっちゃうんですよ」
「雪村は舞い上がっちゃう?」
なっ、なにをおっしゃいますやら。
「ま、舞い上がってるように見えますかね?」
「見えないよ。オレは人を見てやってんだけどね、これでも。雪村は舞い上がってないんだろ? だからいいんだよ、一度飲み会で具合悪くなった女子を送り届けたことがあったんだけど、それはもちろん嘘で、その子のアパート前まで送ったら玄関からいきなり部屋に引っ張り込まれて、マウントポジションとられて、『具合は?』ってきいたらその体勢のまま『各務君が具合よくして』とか言われてブラウスのボタン外された時なんかはもー」
「ひいいいいいいっ、そ、そんな肉食系女子ー!!」
その先聞きたくなーい!!
そんな大人な話いらないですからー!!
いえ、わたしも成人式から軽く8年過ぎてますが、そっち方面まだまだお子様ですからー!
「だろ、速攻逃げたわ」
え? いただきまーすってならんかったのですか?
そんなわたしの考えが表情にダダ漏れだったのでしょうか、各務氏は言う。
「ちょ、そういう目で見るってことは、雪村はオレがそこで食っちゃうと思ってんの!? ひどっ! ありえないし! そんなの、他の誰にでもやってそうで怖いじゃんよ。そのあともその女子からは草食系のヘタレとかなじられたけど、いいよ草食系のヘタレ上等、そんな勢いでヤってへんな病気もらっちゃったらどーすんのって話だろ」
「……」
病気ねえ……。
も、も、もしかして各務氏はそういう経験豊富のお嬢さんはそういうことがあるかもしれないから避けてるとか?
だから処女のがいいのか!?
「何?」
「いえいえ、なんでも」
「男のオレでもそんなんあるんだから、雪村なんか、そんな目にあったらどーすんの」
「はあ……」
「だいたいさっき店の外で、誰に捕まってたの」
そうなのです。
会計レジで割り勘を主張したのに、各務氏がわたしを店の外に追い払い、会計してしまって、内心、ここは割り勘だろうともにょっていたらば、偶然にも会社の方と鉢合わせしました。
最近、社内でわたしに飲みに行こうよと誘ってくる人なんですけれど、「人と会う約束してるので」って言ってるのに「嘘だろ~」って決めつけるんですよね。
それでその人が開口一番「偶然じゃん雪村さん~また女子会か~たまには俺が飲みにつれてってやるよ~二次会行こうぜ~」なんて言い出して、そりゃまーわたしが男性と食事とかアリエナイとか思われてたんでしょうねえ、本人からも、「どーせ青木あたりと女同士淋しく飲んでたんだろ~」って言葉が出てきました。
「いえ、社内の人ではなく大学時代の知人なんで」って言ったにもかかわらず「それでもいいよ、一緒に飲もうよ」って言って引かないんですよ。もう絶対わたしの連れが女性だと思っていたようです。
そんなところへ各務氏が登場したもんですから、顔色変わってましたね。
こんな非モテ女子に声をかけるのは俺ぐらいだろ、どーせ女同士で淋しく飲み食いしてたんだろ、ならありがたく付き合えよ的な上から目線が鼻についてしょうがなかったのです……だってこの人青木嬢や小原嬢なんかは派手で嫌だ的な発言をしていたんですよ?
言ってもいいならこの人が青木嬢に声をかけたとしてもはなから相手にされないのは明白です。見た目がどうこうというわけではなく、その言動がマイナスなのに本人自覚してないみたいです。
わたしは確かに非モテ女子なので、そこは否定しないけれど、だからって男なら誰でもいいってわけではなし、というよりいなくていいし、そんな俺様は勘弁です。
むしろここまで非モテだからこそ、テリトリー争いはガチですよ。自分の生活圏に他人を食いこませないから、この年齢までぼっちなんです!
そしてそのぼっち状態万歳なわけですよ!
そんなわたしの前にきたのは、妙齢の女性がちらちらと視線をむけるようなイケメン各務氏ですからね。
今日だって待ち合わせの時、多分、あの周辺にいた若いお嬢さんの内心では、何故このイケメンにこのイケテない女子が!? って誰もが思ったに違いないです。
そんなことはどーでもいいけど、現在この男性社員を振り切る為ならば、割り勘にしてくれなくて勝手にお会計してしまった各務氏にはちょっと怒ってたんですけど、この場を乗り切る為に居てもらうのはやぶさかではありません。
というかまた各務氏が察しよく、むしろ察し良すぎ。演技過剰な感じで、いつもは「雪村」呼びなのに、「美幸」と名前呼びするではないですか。
そう言いながらわたしの肩を抱き寄せたんですよ!
通常ならばパニックになるところですが、それよりもこの男性社員を引き離したい気持ちの方が強かった為にそうはなりませんでした。
「誰? この人」
その時の各務氏の目がめっちゃ怖かった~。
美人が怒ると迫力があるっていうけど、イケメンでもそうなんだなとしみじみ思い至りましたよ。
男性社員はポカンとしてました。そりゃ、まさかのイケメン登場ですからね。現実を把握するのに時間がかかったみたいですが、わたしがことのなりゆきを各務氏に告げようとすると。
「じゃ、じゃあ、雪村さん、俺はこれで!」
そう言って去って行きました。
逃げ足速い速い。
「あれはー確かに助かりました」
「あれ、キャッチだったの?」
「いえ、会社の人なんですが、最近、誘われることが多くて……しかも誘い方がなんかしつこいと言うか……今日だって、まさか偶然あんなところで鉢合わせするなんて思ってませんでしたが、こっちは断ってるのに、一緒に飲もうなんて言ってきて困ってました。ほんと助かりました」
「ほら、危ないじゃん。一人で帰さなくて正解。しつこく誘ってくるようならオレに電話して」
「電話してどーすんですか」
うお、またも考えなしで即答しちゃいました。
ダメだ。
「オレがおっぱらってやる」
「……」
どーやって?
現実的にはそうそううまく救いの神は現れてはくれないものです。
子供じゃないんですからそこはわかってますよ。
でもまあ。
「大丈夫ですよ」
気持ちはありがたくお受けしておこう。
「またそうやって、軽く見て、オレが頼りないわけ? 雪村本人が対応するよりはマシだろ」
「いえ、頼りになると思いますよ。だから、今日のでコリたでしょう。大丈夫ですよ」
「青木さんにもちゃんと言っておきなよ?」
「うーん」
青木嬢はどんな反応するかな。
こういうことがあったんだよって言って、「ゆっきーモテモテじゃん」とからかうことはないかもしれない。入社当時の同期だったらその反応はありそう。そんでもって、裏で「モテると勘違いしてる~プークスクス」とか呟かれただろうけど。
青木嬢なら目くじら立てて「ゆっきー気をつけなよ!」ぐらいは言いそうだけど……。
「どーせ雪村のことだからたいしたことないないとか思ってるんだろうけれど、わかんないぞ。ストーカーちっくに追いかけられるかもしんないんだから」
わたしは各務氏を見上げる。
「何?」
「もしかして……各務氏ストーカー被害にも……」
「あるよっ。聞きたいなら膝詰めで小一時間以上語れるよ、語ってやろうか? ガチでホラーだぜ」
「いえ、ご遠慮しておきます」
……顔がいいってだけで、そういう苦労も背負ってるんですね。
よかった。28年間ぼっちで。
そんな目にあったらノイローゼになって心療内科のお世話になってます。
「今日も、送って頂いてありがとうございました」
ぺこりと頭をさげると、各務氏もどういたしましてと頭をさげる。
「気をつけて帰って下さいね」
「うん」
「あ……」
「?」
わたしが各務氏の背後を見ると、両親が家へ帰って来るところだった。
今日は母のお料理教室の日だから、きっと二人で外で食事でもしてきたんだろう。
年をとってもラブラブ夫婦ですね。
「美幸!」
母の声に各務氏は背後を振り返る。
「おかえりなさい。お父さんお母さん」
各務氏はわたしの両親に会釈する。
が、両親も会釈して各務氏を見つめるけど、その表情がやたらキラキラしてるんですけど。
どういうことですか?
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