第13話
「すみません、お待たせしました」
各務氏から食事の誘いのメールを受けて一週間後の週半ば。
ようやく仕事も目途がついて時間がとれそうだったので、この日になりました。
メイクも服も青木嬢にツッコミを入れられないように、それなりに。
相手によく思われたいというよりも、ああ、武装ってこういうことなんだなーと漠然と思いましたよ。
青木嬢は言ってたじゃないですか、メイクとかは武装だって。へんな宗教勧誘もキャッチも減ったんですから各務氏にだって有効ですよね。
「好き嫌いないって言ってたから、適当に店を選んだんだけど」
「お気づかいなく」
そう言って各務氏と店へ向かって歩き始める。
こっちは○民とか白○屋とかのチェーン居酒屋と思っていたのに、ビルの地下へ行くと、柔らかいオレンジ色のライトが看板を照らしていて、黒板にメニューとワイングラスのイラストが描かれていて、そういう店なので青木嬢にダメ出しされない格好してて良かったと内心ほっとしました。
テーブルにつくと、わたしは小さい紙袋を差し出す。
「これ、前に言ってた続きの本です」
「おお、さっそく、悪いね。オレも持ってきた。長々と借りてて悪かった」
「や、それはわたしも悪い処はありましたので、あ、この本、ここから超展開ですよ」
「マジで?」
お互い小さい紙袋を交換する。
「スペイン料理を選んでみたんだ。パエリアのサフランとか平気?」
「大丈夫です」
「飲み物はー雪村は、サングリアとか好き? 甘い酒とかのほうがいいだろ?」
「甘すぎるのはちょっと、せっかくだからシェリー酒にしませんか?」
「いいね。あ、青木さんから聞いた? GWのバーベキューの件」
「はい、バーベキューの料理の下ごしらえとか、調べてみることに。でも、もし当日雨、降ったらどうするんですか?」
「どっかで宅飲みになるな。瀬田んちあたりで」
「そうですか」
「……意外だよなー」
「はい?」
「もっとこう拒否られるのかと」
「え?」
「雪村、背中にチャック着いて誰かが入ってない?」
「な、なんですか、それ」
「合コンの時とは違うから。印象が」
よし、自己暗示成功!
心の中でガッツポーズをとりましたね。
いろいろと心の中で片付けたんですよ、整理整頓してみたんですよ、で、心の中で唱えたんですよ。
各務氏は単なる知り合い、大学の同期でちょっと話をする人で、社交辞令的に言えば友達? 各務氏から映るわたしは、やぱり単なる知り合い大学の同期、そして本やCDを貸し借りするだけの、金のかからないブッ○オフ的存在。
意識しなければ挙動不審にもならないです。
「緊張してたからですよ、ほら、いきなり知り合いに会うとは思いませんでしたから」
頼んだシェリー酒と生ハムとスペイン産チーズの盛り合わせがきた。
各務氏がお疲れ様ってグラスを合わせる。
「バーベキューは、車で行くんですよね、道具とかは現地でレンタルするんですか?」
「それもあるけど、なんか高本さんが持ってるらしいよ」
「へー、あ、もしかしたら」
「何?」
「この間、言ってたんですよ、深夜の通販番組でつい買っちゃうって、それかもしれませんね」
「いつ話したの?」
にっこりと笑ってるんだけど、どこか問い詰める感じで尋ねられた。
「え? だからこの間の合コンで聞きました」
「個人的に連絡とってるかと思ったぞ」
「まさかー、そんなことあるはずないですよ」
なんですか、各務氏、嬉しそうだな。
あ、そっか、本の続きそんなに気になってたのかな……。
「それにー……」
「それに?」
あ。これ、言っちゃっていいものか。
「あー、うーん……各務氏」
「うん?」
「この間の合コンでいいなーって思った女子いました?」
「うん」
「えっ、そ、そうなんですか、そうか……」
「なんだよ」
もし、もしもですよ、各務氏が小原さん狙いだったらどーする? 小原さんは高本さん狙いだし、これ、どーする?
わたしが一瞬そんなことを思い悩んでいると、各務氏から質問が。
「雪村はいたの?」
「いません」
はっ。
ついうっかり即答したけど、ここは即答するべきところか!?
このわたしごときが選べる立場だと思ってんのかって思われちゃう?
あわわわ。
「や、みなさん、いい人です!! いい人達でしたっ! わたしなんかにはもったいない人達でっ! いや、わたしのことはどーでもいいんですよ。ただ――そのっ参加した子で、ちょっと気になる人がいるって聞いたもんで。それが、各務氏じゃなくてですね、別の人のことらしくてね、それで、もし各務氏が、気になるって思ってる子だったらと……」
「へー誰?」
……おい。
「へー誰」って、あんたここで聞いちゃって平気なんですか?
もし、ここでわたしが言っちゃって、実は小原さん狙いでした―とかだったりして、この人落ち込まないかなあ?
そーですよ、だいたい金のかからないブック○オフに、こんな店で食事とかないでしょ、となると、やっぱり、ああそうですよ、そっかあ、他に気になる女子がいたから、一応大学の同期で、話がつきやすいわたしから情報引き出したかったのかっ。
まったくイケメンなんだから、ガツンと当たってみればいいのに、このヘタレ……あわわ違う、繊細なんだ、そうシャイなんですね。
「誰が誰をいいって?」
「もし、その子が各務氏がいいなって思ってる子だったら、ちょっとショックを受けるかと思うと……」
「いや、それはないから」
あれ、自信があるんですかね? 真実知っても、オレならなんとかなるとか思っちゃってんのかこのイケメンめ。
仮にわたしが同じ立場だったら聞けない。
くっ、28年彼氏いない歴のこの非モテ女子には理解できない余裕ですね!
「だから、誰さ」
「泣かないでくださいね」
「泣かないって」
「小原さんです」
「?」
「だから、最初一番端にいた一番若いお嬢さんですよ」
「ああ、あの子ね、で、誰がいいって?」
なんだ、小原さん狙いじゃないんですか。
よかった……真実知っても大丈夫か……。
「内緒ですよ、聞かなかったことにして下さいね」
「はいはい」
「高本氏がいいそうです」
「へー!」
あ、何ハイテンションじゃないですか。
「だから、バーべキューはすごく楽しみみたいです、彼女」
「だろうなあ」
「各務氏は高本氏が、どんな感じな人なのかわからないんですよね」
「うーん、瀬田の先輩だって言ってたからなー。会社は別だし、なんとも言えないけれど……あ、もしかして、それもあるからオレとの食事OKした?」
うーん…そういうことにしておこうか。
「まあ、そんな感じです。なんか可愛くて彼女達、わたし、一番下の末っ子だから、妹ってあんな感じかなって……何ですか?」
何をそんなにほほえましそうに私を見てるのやら。
変なこと言いましたっけ?
「やっぱり、ちょっと変わったよな」
「え?」
「雪村、なんかもー、ちゃんとお姉さんになってるし」
「ちょ、なんですか、そのしばらくぶりに姪っ子に合う親戚のおじさん的な発言は」
「親戚のおじさんって」
そういって各務氏は苦笑する。
「雪村にはそう見えるのか、オレ老けてるのかなー」
「見た目じゃなくて、今の発言そうじゃないですか、大学の時からモッテモテの各務氏が何をおっしゃるのやら」
「モッテモテねえ」
「この間の合コンで瀬田氏が言ってた合コン広告塔の話はさもありなんでしたよ」
「モテないよ、実際は」
「またまた」
「本当。イケメンとか言われるのもオレ自身も耳にしてるけれど、そのイケメンに「残念な」って枕詞がついてるのもわかってる」
へ?
残念なイケメン?
何それ。
「『各務君、どーして話題が片寄るの?』『話しなければかっこいいのにー』『見た感じはよかったんだけど、付き合ってみるとなんかつまんない』『なんかマメに見えたけど、結構そうでもないんだ』とかね。それこそ、あれだよ、雪村に言ってきた自称オレの彼女とかみたいな? ああいうタイプがこぞって言うんだわ」
「はい?」
「見た目と中身が合ってないらしいよ、最初はいい顔して近付いてきた女子は付き合ってみると、だいたい三ヶ月ぐらいでその言葉残して消えるね」
なんですと!?
「マジですか?」
「マジですよ」
信じらんない……あまたの競争相手からゲットしたはずの、このイケメン彼氏をその言葉で振るんだ!?
「雪村は、そういう女子とは違ってたから、オレ的にはかなり安心して話せるタイプだったのに。着拒否されたし」
「わーわーすみません、ほんっとすみません」
「普通の女子は、その後お茶に食事に買い物に付き合わせて、またお茶食事代はもちろんだけど、買い物だって学生時代はアレだけど少額ならばオレが払うの当たり前みたいで?」
「女子がねだるんですか?」
「『えー、そんな悪いよ、いいよ』なーんて断りを見せながら内心は奢れって言ってんだよ、オレが奢らなかったら後々。『各務君、ちょっとケチだよ』なんてあたかも映画もお茶も食事もオレが奢ったにもかかわらず割り勘だった的な内容で吹聴されるしね、しかもそういうことするのはオレが誘ったわけじゃないんだよ、興味も何もない女子から一方的に誘われて段取り付けられて引っ張りまわされるとそーなんの」
ああ、この人に群がる女子ってそんな即物的な人ばかり……そうなのか……。
「各務氏が選んだ女子はそういうことはないの?」
「よっし、この子はそういうこともないだろう、女子は絶対『やーマニアックーオタクぽくてー』とか言いだそうなアニメ系の映画もOKだろって誘ったら、映画終わったら即バイバイで逆に『おおい、このあと映画の原作とか次回作とか熱く語れないじゃねーか』って」
うわあ気の毒な……。
リア充とか思ってたけど、真相違ったのかーうわー。
同情の視線を向けると、各務氏は片手で頬杖をついて、しみじみと溜息をついたのでした。
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