第12話
結局メールは皆さんから来ましたので、同じ文面を送りました。
「え? 各務さんにも同じ文面?」
「はい」
週明けのランチタイム。
青木嬢はがっくりと肩を落とす。
なんでですか。そこで何故貴女が肩を落とすのですか。
「ちょっと見せて」
「はあ」
わたしは送信済みメールを開いて青木嬢に携帯を渡す。
――今日はありがとうございました。また機会があったら飲みたいですね。
青木嬢の携帯を持つ手がプルプルと震えてますが……。
「ひどい……ひどすぎる……」
「何故ですか?」
「絵文字も何もない~あっさりの社交辞令テンプレ文~」
「あ、メールに絵文字も顔文字もつけない派ですから」
「今度はちゃんと絵文字とか顔文字とかつけたほうがいいよー」
「そうだよー」
吉井嬢と小原嬢も声を揃える。
「今度のGWにね、この間のメンツでバーベキューすることになったからー予定あけておいてね」
「は?」
「シフト合わせてお休みとれたもんねー」
「ねー」
小原嬢と青木嬢が手を取り合ってねー?って首を傾げあってる。
可愛い女子が二人で手をつないで「ねー?」なんてやってる風景は、オタク男子には萌え、目の保養ですが、わたしにとっても目の保養です。
だけど……。
えーと君たちは合コンで彼氏彼女を見つけるはずなんですよね?
何故その仲良しサークル的なノリになってるんですかね?
「えー、友達としてはいいじゃん、そこからまた友達を紹介してもらうんだよ」
「……そういうもんなんですか?」
「そういうもんなんですよ、高本さんのNKフーズも結構今いいよね業績」
「……そういうところまでチェックですか」
「いや、そこ、押さえておかないとね」
「じゃ、頑張って下さい」
「何を他人事のように言ってんのよ、ゆっきーも参加なんだからね」
なんですと!?
「え、あ、いいよ。ご遠慮します」
「ダメ、参加なの、一緒に行くの~!」
小原嬢と吉井嬢に両腕引っ張られて腕振り回されてます。
なんかコレあれですね、幸太が二人状態ですよね?
「この間は途中で帰っちゃったしー、ダメですー」
小原嬢、そんな可愛く言われても困るし。
ていうか、この年まで女子からこういうリアクションをとられたことはないので非常に身の置き所がないというか。
「アニソン歌わなかったから、行くの~」
5歳児も20代女子もだだの捏ね方は一緒ですか!?
悔しい事にそれがまた可愛いから中年オヤジのように鼻の下伸ばしそうになるわたし……。いや、別に同性愛傾向があるってわけではないですが、男の人よりは女性の方が話しやすく安心するってだけですよ。
けど、わたしに対してこういう懐き方をする女性もこれまであまりいなかったので、幾分デレデレしてしまうのはしょうがないかと……。
「でも今日の女子会は無理、わたし、残業ですよ」
「えーそうなんだ」
「各務さんからは、なんか連絡あったー?」
「あるわけないですよ、何を言ってるんですか」
きっぱり言い切りましたが……。
「……」
「……」
「……」
なんでそこで三人揃って死んだ魚の目みたいな目で私を見るのですか。
「押しが足りない人だね」
「慎重なのかあ?」
「ゆっきー相手だからね」
口々に呟かれますが、わたしは溜息をつく。
「何がですか」
「絶対各務さんはゆっきー狙いだと思うの~」
小原嬢が呟く。
「だから高本さんはあたしにちょーだい」
「はい!?」
「え?」
「何?」
小原嬢、どさくさにまぎれて何を今おっしゃいました?
わたしだけでなく吉井嬢や青木嬢も声をあげる。
照れくさそうに小原嬢は視線を明後日の方向に向けてるけど、そういう仕草がまた可愛いではないですか。
これは間違いなくそういうことですか?
そういうことでいいんですよね?
「ほらー小原がこういう状態なんだからー」
「いや、それはその、そこは若いお二人で……ってなりませんかね」
「そういう段階に持っていくまで協力しましょうってこと」
あ、ああ、そういうことね、はいはい。
すみません鈍くて。
「わかりました」
「じゃ、バーベキュー参加ってことでいいね」
「はい」
小原さん……高本さんみたいな人がタイプなのかー。
他人事ですが、そういう話を聞いちゃうと……ねえ、なんかこーそわそわしちゃうなー。
「やだもーゆっきーニヤニヤしないでよー」
「いやいや、今日は残業確定ですけど、いー話聞いちゃいました。頑張ろうって思いますよ。じゃ、女子会不参加ですが、バーベキューの予定は決まったらお知らせくださいね」
「うん」
ランチタイムから戻って、ガッツリ仕事をこなしていく。
やっぱり周りに春がきそうだなーってなると、あれですね、人ごとながらテンションあがりますね。
けど、こういう同僚というか後輩というかそういう恋バナを聞いて頑張ろうっていうのが仕事に向けてっていうのが色気無さ過ぎだよねーという青木嬢の言葉はスル―させていただきました。
仕事にモチベーションが上がった方がいいじゃないですか。
残業を終えて、帰宅途中、携帯をみる。
数ヶ月前まで、こうした時に携帯を覗くのは、アプリゲームとかニュースとか交通情報とかのみで、メールのやりとりなんかは全然なくて、受信ボックスは0だったのに、最近はちょっと違う。
青木嬢から今日不参加だった女子会の報告とか。
次のGWに企画されたバーベキューについての打ち合わせとか。
これまた絵文字、顔文字が盛りだくさんで送られてきて、見てて楽しい。
そうか、女子のメールってこういうのかー。って思う。
いや、女子じゃなくてもリア充はこういうものなんでしょうか。
返信メールをぽちぽち打っていたら、携帯が震える。
打ち始めたメールを保存して、メールを開くと送信者は各務氏のアドレス! なにコレ、なんのメールだろ。
なんでメールしてくるんですか?
あれですか、ここでキョドってるわたしをこう影から嘲笑ってるんですか
ていうかメール一通で、こんな滅茶苦茶ドキドキしてる自分が情けない。
ここでメールを読むか読まないか携帯を握ったままボタンに触れることができない。
とりあえず、家につくまでそのままにして、青木嬢あての返信メールも打てずじまいで、帰宅してからメールを開いてみた。
件名:今週
本文:今週、仕事が終わったら食事しないか? 返したい本もあるし。都合のいい日を知らせてほしい。
ひぃいいいいいいぃいいっ。
しょ、食事ですか!?
どーすんの、コレどーすんのっ!? どおすればいいのおおぉぉ!?
返信すんのこれ?
返信メールは青木嬢への返信メールしてから、返信しないと、ほら、順番にメールくれた人から返信です。
けど、けど、なんかテンパってそんな簡単なことすらできない。
時間的に迷惑かもしれないけれど、わたしは青木嬢に直接電話することにしました。
「夜分遅くすみません、青木嬢の携帯ですよね?」
「ゆっきー! お仕事終わった~?」
「はい、今自宅です」
「あたしも今帰宅途中だよ、どったの?」
「あの、あの」
なんて言えばいいの? いや、とりあえず、青木嬢から頂いたメールの内容を口頭で返事してみた。
「ほんと? じゃ、よろしくねー」
「あの、それで、その、各務氏からメールがあって……」
「キャー! キター!! 何? デート!?」
電話の向こうで一人だろうに、彼女はハイテンションです。
「その、その、どうすればいいですか?」
「OKでしょう! 行くって返信する!」
「ええええええええ、行くの!?」
「何そこでまた尻込みすんのよお」
「……何話せばいいのやら?」
「あのさ、この間の合コンの帰り、あんたら沈黙しながら帰ったの?」
「……んと……えっと、大学の頃の話とか……してました」
「共通の話題はあるんでしょ? あ、ねえ、聞いたの? 処女だからヤリタイって話の真相」
「いえ、聞きけませんでした」
「おい……あ、でもゆっきーじゃ無理かな…きけないよね」
「でも、その、当時は彼女いなかったって言ってました。わたしが彼女だと思ってた人は、彼女じゃなかったみたいです」
「……じゃ、やっぱ各務さんの大本命ってゆっきーなんじゃん?」
「は?」
「もー言ってたじゃん、『これからガンガン誘おうって思ってたのに、いきなり着拒否』って、そういうことをしそうなのって、ゆっきーしかいないっしょ?」
……。
「は?」
「何すっとぼけてんのよーもー!」
「いえ、それ違いますよ」
「なんでそー言い切るの?」
「えー、だって、相手各務氏ですよ、アリエナイですよ」
「ゆっきー、そんなことばっか言ってると、大きい魚逃しちゃうよ」
そんな掴み切れない魚は要りませんよ。
わたしには分不相応ですよ。
そうですよ。
「ありがとうございます、青木嬢」
「お、前向き?」
「本来の自分の立ち位置を再確認できました」
メールとか食事とか、そんなのに、いちいち浮足立ってどーするんですか。
昔も今も、多分、この先も、わたしと各務氏はなんの関係もないじゃないですか。
ただの大学の同期ってだけですよ。
ほら、慣れない異性からのメールで動揺しただけですよ。
あーやっぱり青木嬢に電話して正解。
「テキトーに返信することにします。ありがとうございました。おやすみなさい」
通話をオフにする直前、青木嬢が喚いていたような気がするけれど、まあいいでしょう。
さ、お風呂入って寝よう。
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