第11話



 朝の通勤ラッシュの2倍はきつかった。

 もちろんメンタルな面で、ですよ。

ラッシュのぎゅう詰めは慣れたけど、イケメンにギュウされるのはダメでしょう。

 各務氏はわたしの背に腕を回して、これってハグですか!? って状態が降車するまで続いていたのですよ!

 ホームに足をつけた時の脱力感がハンパない……。


 「ここでいいですよ、各務氏、駅まで送ってもらっちゃって、すみません。ありがとうございます」

 「ダメ、家まで送るって、駅から遠いんだろ? ほら、どっちなの? 西口? 東口?」

 「大丈夫ですから!」

 「オレが心配なの」

 ギュって手を握らなくてもいいですからぁ……。

 改札を抜けて、いつものように家に向う。

 駅からバスなんですよねー遠いんですよー。

 地図上だと営団地下鉄の駅と駅のど真ん中な距離なんですが……。

 「バ、バスに乗らなきゃならないし、ほんと、遠いから」

 「雪村の、そういうところ変わってないよなー」

 「な、何が?」

 「大学の時もさー映画終わってすぐに帰っちゃうしさー」

 ほら、どこの乗り場?って促される。

 「だ、だって、迷惑じゃない……」

 「雪村、誰かに送ってもらうのが迷惑なんだ?」

 「そ、そうじゃなくて」

 わたしなんかを送ることで、各務氏の時間を潰すことになるじゃないですか!?

 「普通に甘えてくれてもいいのになー、目の前でバシっとドア閉じられる感じ?」

 「そ、そうなの?」

 「そうだよ。でも、そういう子もいるよな。雪村は、結構一人でなんでもこなしそうだから、他人の手助けとかビシっと断るみたいな。サークルとかゼミのレポートとか、他はみんなそれぞれ共同でやってそうなのに、雪村は単独だったしな?」

 いえ、それは単に、わたしなんかに声をかけて作業をするような人がいなかっただけですよ。

「頼まれ事は引き受けて、結局自分が困った時は困ったとか言わないし」

 うぐ。

 だって誰かに手伝ってもらうのは心苦しいというか……。

 みんな自分のことで手いっぱいじゃないですか。

「いいように利用されてるみたいだったのが、こう見てて、もどかしいというか……『うわー要領の悪さパネェ』的な?」


 はあ……でも、結局それは自分の身になることもあるから引き受けてただけで、自分から協力しようと進み出たことはないですよ。

 わたしなんかに協力を頼みこむのはよほど困ってるからだろうし。

 それにわたしが困った時に頼んでも、みんな迷惑かかるかなって。

 やんわり断られたことも多数だったし。

 だから社会人になってから困りました。

 わからないから聞くってことはしなっかったんですよね。

 このコミュ力の低さがアダになったことがありました。いや過去形じゃなくて現在形でもそれはそうなんですけれど。

 けど、学校出て社会人になって、それまで自己判断でずっとやってきたもんだから、自己判断で処理をして、上司に何度怒られた事か。

 わからないことは何度でも聞くってことは、間違いを犯すよりも恥じゃないってわかったのは社会人になってからで、どんなに周囲にバカにされても仕事でわからないことは何度でも確認とるようになって、上司からも、いろいろ仕事を任されるようになって、いつの間にか古株女子社員の部類に……。


 「けど、なんか変わったよな」

 「え?」

 「今日だって、合コンで他の男と話を合わせてて楽しそうだったし」

 どこがですか、かなりテンパッテましたよ。(その原因のほとんどは貴方ですけどね)

 「幹事やってた女子とも仲良さげだったし」

 「なんか、青木嬢は面白いんですよね、見てて飽きないし……って彼女に言ったら、『アンタに言われたくない』とか言われそうですけど」

 「今までだったら、絶対一緒にいないタイプだろ?」

 「そんなことはないですよ」

 相手がわたしと一緒にいることが嫌だっていうのはアリかもですが……。

 「そうか? ほら、大学の時の先輩でー田所女史だっけ? 一緒にいたじゃん? ちょっとタイプが違うっていうか」

 「ああ。あの人……」

 「?」

 「いい人だなーとは思いました。美人だしそれを鼻にかけてなくて、明るくて、でも……自己啓発セミナーもどきに連れていかれて、あやうく入会させられそうになって全力で拒否して逃げたら音信不通ですよ」

 「……マジ?」

 わたしは頷く。

 「見た目じゃわからないものですよね、『あたしもそうだったから! 雪村さんにも勧めたいの!!』とかって喫茶店でセミナーの人と彼女に取り囲まれた時はもーダメかと」

 「お前、よく振り切って逃げてきたな……危機回避能力は高いんだなー意外だ」

 「いえ、そうでもないですよ、それはやっぱり痛い目を見た直後だったからできたんですよ」


 その人に自己啓発セミナーに引っ張れられる一週間前、中学時代の友人から連絡があり、バカ高い補正下着を紹介されて、それを家族に言ったら、姉と母から「バカかっ!?」と声を揃えて散々説教くらってクーリングオフした後だったからですよ。

 だから田所先輩から逃げ切った瞬間、ああやっぱり、同性でも異性でも着かず離れずの距離感が一番だと身に沁みましたけどね。

 だからここ最近の自分の変化には戸惑ってますよ。

 青木嬢のことにしてもそうだし、今現在の状況にしてもそうです。

 こんなふうに誰かに家まで送ってもらうなんて、なかったから……。

 誰かに付き添って帰宅なんて、よっぽど具合が悪い時だし、家に連絡しても多分誰も捕まらないからタクシーで帰宅ってのはありだし。

 でも、各務氏は違うんだろうな。

 飲み会の帰りに通勤距離のある女子に声をかけてあげてこうやって送ってあげるぐらいはするんだろうな。

 そういう優しいところが女子がキュンとくるんでしょうねえ。

 わたしの場合はキュンどころじゃない。突き抜けて一周回ってどういう対応していいかわからなくなる……。

 ほんと免疫がないから困る。

 けど、舞い上がっちゃいけないんですよ。

 聞くに聞けない一件もありますし……。




 「ここです」

 

 わたしは足を止める。

 ほんとーに自宅前まで送ってもらったのですが……。

 

 「遠いですけど、各務氏、駅まで戻りわかります?」

 「わかるよ、それぐらいは。ほら」

 

 各務氏はわたしに手を差し出す。

 え?

 これって、この場合って有料なの? 料金取るの?


 「え? こういった場合って、お金包むものなんですか?」

 わたしは恐る恐る財布をとり出す。

 「違うだろ!」

 「あ、ラノベ! 続きですね!! 今、持ってきます!!」

 「それでもないっ!!」


 ドアの方へ行こうとすると腕を捕まえられて、引き戻される。


 「ケータイ出せっ!」

 「は?」

 「いーから早く!!」


 わたしはケータイをとり出すと、各務氏はそれをひったくって自分の携帯を開いてあっという間に赤外線通信。

 早っ! 何コレ、早っ!

 わたしに携帯を返すと、携帯はブルブルと震える。


 「ん、一応かかるな、じゃ、またな、雪村」


 ポンって、各務氏の手がわたしの頭に置く。

 各務氏が見えなくなるまで見送って、わたしは玄関のドアを開けた。

 するといきなり、携帯が鳴り出してびっくりしてディスプレイを見ると青木嬢からだった。


 「ゆっきー、帰った~? もしかして寄り道~?」

 「あ、青木嬢……そ、そちらはまだ二次会では?」

 「んー、そろそろお開きにしようかって話で、明日、あたしは出勤だしねー」

 

 そうなのです。青木嬢は販売だから土日も出勤するのです。

 もちろんシフトを組んでいるので、土日のどっちかが休みになるのですが。


 「で、寄り道~?」

 なんていうか……言葉にそこはかとなくイヤラシイ邪推が含まれているようですが?

 「よ、寄り道なんかしませんよ! 今自宅ですからっ」

 「ふーん、各務氏は送り狼にはならなかったんだー」

 「な、な、そんなわけないですよ!」

 「えー、ゆっきー帰ったら速攻で追いかけてったからー」

 「そんなわけないじゃないですか、いくらなんでも」

 「うーん……そっか、じゃ、結構真面目なのかなー」

 「真面目じゃないんですか?」

 「いや、ゆっきーに対してってことでよ?」

 「はあ? まっさか、ありえないですよー。あの人はきっと他の飲み会でも通勤距離のある女子の送りぐらいはするんじゃないですか?」

 「……瀬田ー、各務さんてさー飲み会の帰り女子の送りするー?」

 ……電話口で青木嬢が瀬田氏に確認するのがダダ漏れて聞こえる。

 遠くの方から瀬田氏の声がぼそぼそと聞こえる。

 「各務さん、そんなこと普段しないってよ。そんなことしたら、女子がほうっておかないの知ってるからって」

 「ほうっておかない?」

 「逆お持ち帰り、そのままがっつり食われるのがわかってるから各務さんはしないってさ」

 

 ……逆お持ち帰り、がっつり食われるって……最近の女子……一体……。

 各務氏、危機回避能力ありなんですね……。

 いや、各務氏も体験者か……もしかして……。

 逆お持ち帰りされてすったもんだが一度や二度はあったのかもしれない?


 「で? デートの約束した?」

 「しないですよ! もー切りますよ!!」

 「ちょっと、あ、ねえ、男子参加者、ゆっきーの携帯教えてって~」

 「な、なんで?」

 「お疲れメール送りたいってさーうちらはみんな交換したんだ、教えていい?」

 まあ、躊躇いますが、今さっき各務氏がわたしの携帯のアドレスとナンバーを持って行ってしまったので、お断りするのもなんか各務氏だけが特別っぽくていやなので、承諾しました。

 「けど……合コン、そういうもんなんですか? さっきも各務氏が携帯とって赤外線してたけど」

 「へー各務氏に教えたんだー」

 「え、ちょ、違う、それはなんか、不意打ちっていうかっ!」

 わたしが慌てて否定しようとするのを聞いているのかいないのか青木嬢はブツブツとつぶやく。

 「……ふうーん……じっくり攻めるタイプなのか、ゆっきー相手ならそうかもだけどさ」

 「は?」

 「ううん、じゃ、またね」

 「はい。お休みなさい」


 会話をオフにすると、また携帯が震える。

 メールの受信……。 

 受信されたメールを開くと各務氏から!?


 件名:お疲れ

 本文:お疲れ、ちゃんと携帯に記録しておけよ、着拒否はナシで。


 ……こ、これは返信しないと……ダメ……ですよね?

 なんて書けばいいのコレ。

 どーすんのコレ。

 メイクも落とさずに、これの返信文を30分ぐらい悶々と考え込んでしまいました。

 なんてことないメールなのに、バカじゃないですか、わたし……。


 

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