第10話
「な、な、なんで……」
なんでここにいるんですか? なんで人の腕を掴んでるんですか? 今日は合コン参加にきたんでしょ? ほら、Uターンして!!
「送るよ」
「いいですっ! 大丈夫です!!」
はな、放してください。その手を!
「せっかく再会出来たのに、なんも話してないし」
話すようなことはなんもないです!
「聞きたいんだけど」
「な……なんでしょう……?」
「オレ、雪村に相当嫌われてる? なんかした? すっげー避けられてない?」
「な、な、なんで……」
「会話は途中で切られるし、席替えしてこっちにはスル―だし、身に覚えがないのに、そういう態度、マジむかつくんですけど!?」
むかつくとか思うなら無視してくださいって話ですよ!
「オレも鈍いからはっきり言われないとわからないんだよ、雪村は前から何も言わないし、けど影で何か言う人間じゃないって思ってる。それって、オレの買いかぶりなわけ?」
……各務氏は……ああいうフェードアウトした理由を何も知らないってことですか?
「……ちょ……放してください」
「いいよ、送らせてくれるならね」
困るー!!
送るなんてしなくていいですから!
「ほんと、こっちは何が原因で切られたのかわからないんだよ。なんで、あの日、いきなり着拒否したんだよ、オレのこと避けまくって、何か雪村にしたか? オレ」
「……か、彼女が……」
「彼女?」
「各務氏の彼女が、言ってきたんですよ……」
「はあ!? 何それ」
恍けるのか!?
わたしは各務氏の手を振り払う。
「だから、『わたし、各務君と付き合ってるから、雪村さん何か勘違いしてたらゴメンネ』って言ってきたんですよ。だから着拒否です。着拒否したら彼女もほっとしたような感じでしたよ。各務氏、彼女がいるならいるで、彼女と映画に行くべきです。ショックだったんですよ、彼女」
「嘘だろ、当時付き合ってる女なんていなかったぞ、オレ」
「はあ?」
……それは嘘か? それとも真実か? どっちが嘘をついてるの?
各務氏? それとも当時の彼女?
「え? オレ、そんなに、雪村に不信感抱かれてるの?」
「……」
だって、どっちが真実かなんて、当時の彼女もここに並べない限りはわからないじゃないですか。
「いなかったよ、あの時は! 確かに高校の時は彼女いたけど、大学入って別れてたし! 大学卒業してから彼女なしってわけでもなかったけれど、ここニ年は彼女なんていないよ」
……まあ当時そういう話を各務氏本人から伺ってましたけれど……。
「信じてくれてないわけ?」
……怖い……。
声が、目が……。
マジですか……。
「そう……なんですか……」
「うん」
当時の彼女をここに呼び出すわけにもいかないしなあ。
「でも、わたしは聞いたんですよ、彼女から」
「誰だよ。名前は? 学部は? ゼミは? サークルは?」
「そ、そ、それは……」
憶えてません。
まったく交流の無い方でした。
「名前も知ってて、話もしたことあるオレよりも、名前も知らないヤツ
のことは信じるわけ? 雪村、だからへんなキャッチにひっかかるんだよ!」
ぐさああ!
今、抉られました。
事実なだけに……。
た、確かに……各務氏の言うことにも一理ある……かも……?
いやいやいや、待て待て待て。
だったら、あの、処女だろーから付き合う云々はどーなるのですか?
本人に聞く?
いやでもこれデリケートゾーンでしょ。
ダメでしょ、そんなこと聞いちゃ。
これで聞いて「確かに言った」とか肯定されれば、幻滅するかもだし、「言ってない」と否定されればうっかり信じちゃうでしょ。
それでもって、「え? 処女なの?」って聞き返されたらどーすんの?
年齢=彼氏いない歴って言ったら青木嬢もドン引きでしたよ!
ここで思い切って言っちゃう?
思い切って言って、ドン引きしてもらう?
うわあ、それ勇気いりますよー。
女子にはドン引きされてもアレだけど、男子にドン引きされれば、多分二度と立ち直れない気がする。
……え?
何から立ち直れない?
待て。
自分の思考ちょっとおかしくないですか?
各務氏はわたしのことはなんとも思ってないかもしれないし。っていうか、もともとなんとも思ってないですよね!?
本の趣味が合うだけで、ただそれだけで会話が成立してた人ですよ!?
各務氏は、話の合う異性の友達というスタンス崩してなかったですよね?
疑惑の元カノの発言は的を射ていたんですか!?
わたしが、わたしだけが、とんでもない勘違いをしてただけ!?
うわ。
やだ。
自意識過剰ってこーいうの?
わたしは自分で想っているよりずっとも、各務氏を意識してるってことですか?
あれ、これ、イケメンに語りかけられて、なんか舞い上がっちゃってる状態ですか?
各務氏は、全然わたしの事はそういう範疇で見てないのに?
わたしの方が、そういう目で各務を意識してるってことですか?
バカすぎる! 間抜けすぎる!!
なんかそう思うとカーっと頭に血が上って沸騰する感じで耳まで赤くなってる気がする。
「ごめん! ごめんなさい!! 確かに、態度悪かったと思います!」
あの例の疑惑は不問にしよう。
わたしの平和の為にっ!!
「……おい」
「はい」
「その沈黙の数秒間、お前何考えていたんだよ」
ウギャー、ツッコミますか!? 問いただしますか!?
「いや、勘弁して下さい、ちょっと反省してました、ええ、それだけです!!」
「お前、何か隠してないか?」
「いえいえいえ、何も! なんっにも!!」
「じゃ、仲直りー、ほんと遅いし、送るよ、オレ」
「迷惑かかるから、いいですよ、うち、駅から遠いですから」
「じゃ、なおさらダメだろー」
ギュっとわたしの手を握って、まるで幸太がするうように繋いだ手を振る。
「ね?」
首をかしげて、わたしの顔を覗き込むようにして微笑む。
……やばい。
これは勘違いしても致し方ないでしょう。
落ち着け冷静になれ、相手は大学時代の同期でちょっと話があった人物で、単なる知り合い。そう単なる知り合いですよ。ここ大事ですよ。勘違いしちゃいけませんよ。
手をつないだら、そのまま地下鉄の階段を降りていく。
「あのさー雪村、やっぱ借りてた本、返したいんだけど」
「アレ…も、いいです。あのあと揃えちゃったんで……」
「そうなの? なんだよーあれで終わりじゃなかったよな、あれシリーズだろ?」
「はい、んーとあのシリーズは一年後に完結されてました」
「えー続き気になる! オレは雪村に借りようって思ってて、揃えてなかったんだよ」
わたしなら気になったら絶対全巻揃えますよ。
「書店でパラ見はしてたんだけどさー」
「そうなんですか……あ、電車が……」
改札を抜けるとアナウンスが聞こえて、地下鉄がホームに滑り込んでくる。 わたしがいつものように急いで階段を降りようとしても、各務氏はまだ手を放さなかった。
車内に乗り込むと、やはり週末で飲み会の帰りと思われる人で結構込んでいて、帰宅ラッシュにぶつかったようです。
「雪村、つぶされてない?」
「そんなに小さくないです」
朝のラッシュよりはまだましなほうだけれど、なんかこれ、もう少しで密着状態なんですけれどー!?
「小さいし。ちゃんと掴んでな」
ぎょひー、つ、つ、掴んでって、コレこの状態でですか!?
電車が揺れる度に、各務氏にあたるんですが!!
せめて吊革のある場所にいけたらいいんだけど、コレ乗車率何パーセントですか?
けっこうぎゅうぎゅうなんですが。
お嬢さん方にデコられたメイクで各務氏のスーツ汚せないでしょー!!
「だ、だってスーツにファンデとかつくし」
混雑してる電車の中だから小さい声で呟く。
「もーすっかり働くおねーさんだなーメイクの心配ですか」
「違っ、違います、各務氏のスーツにファンデついちゃうから……」
電車がカーブして、乗客の波でほんの少し押し流されて各務氏によりかかるような状態にっ!!
ちょ、待て、朝のラッシュでギュウギュウの状態は常に体験してますが、妙齢の男性と向かい合わせでくっつくことはないですよ!!
各務氏が人の波を防ぐようにわたしの背に腕を回すんですが、これって、一見抱きすくめられてるようにも見えませんか!? 見えますよっ!!
「ごめんなさいぃ」
「何、謝ってんだか……、不可抗力っていうか、オレが役得」
クラクラする。
意識飛びそう。
もういっぱいいっぱいです。
ラッシュの人波にのぼせたせいなのか、各務氏の声のせいなのか、その言葉のせいなのか、各務氏からなんかほのかにいい臭いする――コロンのせいなのか、さっきの合コンのアルコールのせいなのか、それとも全部まるっと相乗効果なのか……。
誰かなんとかしてえええぇぇ――。
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