第6話


「雪村さん、飲みに行かない?」

 

 あの休日以降、こういう言葉を男性社員からかけられることが増えました。

 青木嬢をはじめとする女子会に参加していた小原さんや吉井さんから、メイクやらヘアスタイルやらファッションやらに口出しされて、美容室のあゆさんが呆れない程度の見た目を維持することができているからでしょうか。

 女性上司からは、ようやくそこ(見た目)を改善したのかと、呟かれたぐらいです。

 でも、宗教勧誘とか、キャッチセールスを振り払うつもりの身だしなみ、青木嬢のいうところの武装だったのに、また別の声がかかるのは、どういうことですか。


「いや、そこはいろいろ、見極めないと、ゆっきー適齢期なんだし」

「は?」

「だから、結婚の」

 

 いつもの女子会に何故か参加しているとそんなことを言われたのですが……。


「えー、なんでそんなに結婚したいんですか?」

「したくないの!?」

「28まで自分で自由にやってきて、どうして今更、他人に合わせないといけないんですか」

「……」

「……」

「……」

「あれ? 違ってます?」 

「ゆっきーはあれよね、自分の時間を割いてでも会いたいとか、想う人がいないってところが問題、出逢い無いのが問題」

「ここ最近、声、かけられてきてんでしょう? うちの男性社員に」

「……まあ、でも既婚者半分で、残り半分は新人ですから」

「年下はいやなのか!?」

「いやって?」

「だから付き合う対象としてよ」

「相手が嫌がるでしょー」

「声かけてくる時点で嫌がってるわきゃないでしょ!! 嫌な人間に声かけるほど他人がみんなコミュ力ばっちりと思ってる?」

 「……なるほど……けど、わたしなんかに声をかけても、あまりメリットはないと思うんですが」

「ちょっといいなと思えば誘うでしょ。まあ最近はそういう誘う男もめっきり少ないからね、草食男子増加一方で」

「はあ」

「もう、ちょっと小原、吉井、合コン組んでちょうだい」

「えーどこからひっぱってくんのよー」

「あたしもこうなったら伝手を頼るから」

「伝手?」 

「あたしの同中出身のヤツが社長やってる例のIT系、会社の社員数だけは無駄に多いらしいからね」

「よっしゃ、わかった。じゃーわたしも、頑張りましょー」

「うーん、こっちも合コンは一巡しちゃったからなーまた別口からいろいろ誘ってみるわ、こっちは4人もいるんだから、なんとかなるっしょ」

「あの、何も無理に合コン設定しなくてもいいのでは……」

 わたしがそう言うけれど、女子三人は一斉にわたしに注目する。

「いえ、こっちも結構そういう波がきてるんで、そろそろ、真剣に探したいんですよ」

 吉井さんがきっぱりと言う。

「はあ……でも……そんなもんですかー」

「ゆっきーは、男慣れするつもりで参加すればいいのよ、何もすぐに彼氏見つけろとかいってないの。ゆっきーのおかーさんじゃないんだから」

「はあ」

「ゆっきー、あたしたちの為にも参加して?」

「引き立て役ですか?」

「怒るよ! こういう機会でも作らんと出逢い無いんですよ!」

「またまた~」 

 青木嬢をはじめ、みなさん女子としてはクオリティ高いのに。

 多分このまま二年後には吉井とかじゃない名前で「子供の夜泣きがひどくて~」なんて言ってそうですよ。

 でも、彼女はそう思ってないようで……わたしの肩をがっしり掴み、唸るように呟く。

「家出て電車乗って、会社着いて、会社出て、家に帰ってのルーチンでどこにどう出逢いが転がってると!? 動かないと出逢いなんかないんですよ!!」

 小原さんと青木嬢はうんうんと頷く。

「彼氏はどうでも男友達でもいれば、声かけてくるヤツが、いい男かそうでないのか基準になるでしょ」

「うーん……でも……」

「何?」

「ちなみにみなさんの理想的な彼氏って?」 

「そんな条件、数え上げたらキリがないわ!」

「そうかなー、想像力で補えないかなー」

「え?」


「例えば、見た目もハンサムでー身長高くてーオレ様なんだけど優しくてーでも話はすごくあってーな彼氏がいるという想像力」


「そんなエア彼氏いらんわ!」

「想像だけであんなことやこんなこともできんわ!」


 あんなことって……ああ、すみません、そういうことですか……そうですか……未経験だからこそ、そこは思い悩むことが無い人です。すみません。

 ここ最近、宗教やらキャッチやらには引っかからなくて嬉しいんですが、社内の男性からの声かけが以前より多分増えたので、わたし的にはこのチェンジが実は彼氏によるものでって、しておこうかと。そう思い至った矢先でしたので。


「えー、でも、エア彼氏がいることにしようってことで、小道具として初めて社割りでリング買っちゃったんですけどダメですかね」


「……ゆっきーあんた……終わってる……終わってるよ……」

「だってめんどくさいんですよ」


 うっかり相手にときめいちゃったとするじゃないですか。

 したらやっぱり相手には本命がいたりするんですよ、それが世の常なんですよ。

 わたしに声をかける半分の男性社員が既婚者なのも、結婚してる余裕からなんですよ。ちょっと声かけてみてからかってやろうかって感じですよ。

 あああああああっ。

 思い出した。

 大学の時のあの人物。

 しっかり彼女がいるくせに、無駄に優しくしてくれてマジで惚れてまうやろーって感じだったのにっ!!

 裏では処女だから食ってみたいって公言していたあの男。

 こっちは惚れてまうやろーどころじゃなくて、もう少しでその気になるところだった。ていうか未だに引きずってるってことは多分、その気があったんだろうなあと思う……。

 彼のことをいいなあと思ってる女子だってたくさんいたし……その本命彼女が鈍いわたしに、「彼と付き合ってるから……雪村さんが勘違いしてるかもしれないから、ごめんね」なんて言ってこなけりゃ、まったくもって勘違いしまくって、彼にも彼女にも波風立てるところでしたよ。

 いくらなんでもあんな可愛い美人の彼女がいるのに何が不足で、わたしなんかに声かけたのやら。見た目いい男は何考えてんだかわかりません。

 

「そうだ、エア彼氏に誠実であることをつけ加えます」


 ぼそりと呟くと、女子三人から「エア彼氏と別れろー!」とハモって怒鳴られました。

 何故ですか。

 二次元に走らないだけマシでしょうが。

 二次元もいろいろ理想詰まってるから一人に選びがたいんですよ。

 相手に誠実を求めるなら自分もそうでないとね。

 だからエア彼氏。

 いいじゃないですか。

 誰のものでもない自分だけの彼氏なんですから。




 そんなわたしの意見はスル―され、さすがというか、合コンの日取りがトントン拍子で決まり、当日。

 会社の女子ロッカーで最終調整に余念がない彼女達を半ば感心して見つめていたら、青木嬢に顔を弄られて、合コン仕様にされてしまいました。

 バッグを持って退社する彼女達のその姿を見て、あの「さあ、狩りの時間だ」のキャッチコピーが頭によぎったのは内緒です。

 やれやれ、願わくば、彼女達に春を運んでくれるような素敵男子が現れてくれますように……。

 また居酒屋もいつもの女子会よりお洒落度が高い内装で……、これはわたし的には料理と酒に気持ちをはやらせる。

 

「青木ー、こっちこっち」

「瀬田君、お久、同窓会以来だっけ?」

「そうそう」

「じゃ、まあ、適当に座って」

 

 かつて引き立て役で参加していた時の定位置、適当に切りあげ、その場から逃げられるポジション、要は一番通路側に座ろうと、お嬢さん達を促そうとしたのに、どうやらそこは幹事二人のポジションだったようで、これはもー一次会の途中退座は諦めなければならいようでした。

 残念。

 そんな内心を表に出さないようにしながら席につく。

 そしてあらためて向かいに座る男性陣に視線をむけた瞬間、わたしは逃げ帰りたくなりました。

 青木嬢に「帰る、即行帰るっ!」と視線を走らせるがそんなわたしの視線をスル―しましたよ、このお嬢さん!

 いいですか、どの人も素敵な感じですよ、とても彼女が欲しくて合コンになんか参加するような感じじゃない。ていうか、お前らみんな彼女もちだろー!と叫びたくなるようなイケメン揃いですよ。

 ですが、わたしは思ってます。

 顔がいいヤツは信じるな。

 というか多分世の中で一番信じられない人がわたしの前に座ってるこの事実っ!



 

 そう、大学の時、彼女がいるくせに、処女とやってみたいからという理由でわたしに声をかけた人物が目の前にいた……。



 

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