第5話
「いいねえ、いいねえ、あとは、服ねー。上から下までユニ○ロ一択ってどうなのよ、あたしも好きだけどー」
いえ、し○むらも入ってます。心の中で呟く。
「あ、雪村様~本日サービスします~で、来月から通って下さいね~、カラーリング頭のてっぺんからプリンにしたくないでしょ」
今日は青木嬢のお友達紹介価格だったらしく、財布の中身にそんな打撃はなかったけれど、今後通うことになるなら、カラーリングで軽く諭吉が財布から離れるんですよ……。
これから貯蓄してマンション購入を目指しているというのに。
あたしは何て答えていいのか引き攣った笑顔を作る。
確かに、見た目は違ってるけど……鏡に映る自分が信じられない。
朝出てきた時と同じストレートジーンズにカットソーという出で立ちは、確かに、今朝身に着けていた服だけど……。
髪が……顔が……。
「さてー、ランチ行きましょ。ゆっきーおなかすいたでしょ?」
「はあ……」
おつりと一緒にメンバーズカードを手渡され、美容師二人に見送られて店を出た。
「ランチ、終わったら服ね」
「青木嬢、あの、眼鏡は……」
「ああ、それもねー」
眼鏡がメインで外出したのに、何故かオマケ扱い。
何故だ。
「和也君もいい腕してるよねー、あたしも今度、和也君指名しようかなー」
はあ……。
「あゆはね、あたしの中学校の同級生なの。中学の時にね、幼稚園のお遊戯会の服作ったりしたことあんのよ、それがきっかけで、今でも時々、そのメンバーで飲み会やってんだけどさ、あゆはその頃から美容師になりたかったらしいんだ」
「そうなんですか……」
「とにかく、ゆっきー、見た目は悪くないのよ、今日はそれを実感してもらおうと思ってさー」
「……ありがとうございます」
って、ここはお礼を言うべき?
「いいの! 今日は、ゆっきーを変身させるんだから!」
彼女は無邪気に笑う。
こういう人にはあまり……というか今までお目にかかったことはない。
同性の人から、わたしのことをお友達と言い張るけど、誰がどう見ても引き立て役でしょうって、思ってた。
「青木嬢は、何故、わたしに構うの?」
「うーん、ゆっきー面白いから」
「は?」
「一緒にいて楽しいからに決まってんじゃん」
「た、楽しい?」
「楽しいよ~もーさっきの店での一幕は、この後、暫く思い返して笑える~今まで自分が手抜きしてたのがわかってないんだもーん」
「手抜き……」
「きちんと化粧してどう? 変身~ってカンジでしょ?」
「はあ、まあ、それはそうですけど……」
「女子には変身願望があるの」
「そうなの?」
「お姫様にずっと憧れるイキモノなんですー」
「お姫様……」
「それにさ、ゆっきーこういうのは武装だよ」
「……武装?」
「なんにもしてないって方が、あたしからしたら、逆にイラっとくるの。化粧しない女ってそんなに肌が自慢か? あなたは素で勝負する自信があるのか? って気になるの、実はゆっきーってそういう人?」
うわーそうなのー!? いやいやいや、そんなつもりでは毛頭ないですよ!!
わたしは激しく首を横に振る。
「昨日のゆっきーの話を聞いててさー、下手な男にばっかり会ってたんだなーって思ったんだ。小学生の頃は仕方ないとしても、大人になってからも、そのまんま子供みたいな男に当たってさーでも、それってさ、ゆっきー自身にも問題ありなんだよ」
「……わたしが?」
「化粧なんて、大人じゃないとできないじゃん。ああ、今、女子高生もバリバリやるけど、でも、それ、多分キレイーカワイーが主な衝動だけど、でも武装なの、服も髪もそうなの」
「武装……」
「女子校だから、男子にからかわれることはなかったけれど、大学の時は共学だって言ってたよね?」
「あ、はい」
「処女とやってみたいって、そりゃすっぴんで服もダサかったら、丸わかりでしょーよ。化粧して女子大生ですうって感じだったら、過去に恋愛の一つや二つもして経験済みかもって思うから、好みじゃなきゃ声なんてかけないでしょ」
そうなのかー!?
いや、言われればそうかも!?
「社会に出てもそうだよ」
「いや、一応ファンデとグロスは持ってます」
「あゆにクレンジング一拭きで取り除ける程度のね」
「う」
「ゆっきーは、恋愛はどーでもいいかもーとか思ってるかもしれないけど、それならなおの事、武装はしないとね」
それって今更って気がするんですけれど……。
でも、街に出てキャッチや宗教勧誘に声かけされる比率が減るなら、それはそれで過ごしやすい……かな……?
それに、処女目当て~で言いよってくる男もいなくなるなら、ちょっと力入れてもいいかな?
メイクとか服とか……武装なのかーそう言う見方、知らなかったわー。
「だから、この後はランチとーあとは服とー眼鏡ね」
青木嬢がわかった?と目線で訴えながら言う。
「……何が食べたいですか?」
「ここら辺、あゆの店の周りってお洒落系の店入りたかったけれど、一人だと入りづらかったんだ~」
青木嬢はそう言いながらスタスタと歩き、こっちこっち~とわたしを促した。
イタリアンのカフェに入り、パスタを食べた後、洋服のショップをめぐり、普段なら手を伸ばさないような服を購入して、眼鏡店にようやく辿り着く。
眼鏡はいつもは地元の商店街の行きつけの店を利用していたけれど、今価格の安い眼鏡をCMでガンガン知らせている眼鏡店へ足を踏み入れる。
いつもの眼鏡店の半分のそれ以上の価格で売っているのはCMで知ってはいたけれどこれには驚いた。
「絶対あのやぼったいフレームは頂けない。これとかこれとか、普段しないやつとかー」
青木嬢が選んだのはアンダーリムの色がレッド。
でもこれはないんじゃないかなー。
「オフィス向きじゃないですよ」
「いいのいいの、だってゆっきード近眼なんでしょ? レンズ厚みがあれば文句言わないよー、ウチの会社は女性のお洒落を売る宝飾店ですよ、ちょっと遊び心のあるデザインの眼鏡をしてたってOKOK、あたしみたいに店頭に出るわけじゃないし、実際マネージャーなんてすっごいテンプルのフレームが太いヤツしてるってば」
「そう……」
「そうそう」
「では、二つ買っておきましょう。ツーポイントのヤツと青木嬢がお薦めのコレ」
「ゆっきー金持ち~」
「はは。いままで服とか髪とかにお金使ってなくて……昨日は終の棲家にマンション購入しようかと思ってたんですけどね」
「は?」
「いや、最近母親がうるさくてね、もしかしたら兄か姉かどちらかの夫婦との同居を考えてるのかもしれないから一人暮らししようかなって」
「お、お母さんからそういう話を聞いたの?」
「んーなんとなく? 結婚しないのかの言葉が最近多くて、それってそういうことかなって。女子会だって言ったらがっくりしてたし。今まで進学も就職もスル―だったのにどうなんでしょうね」
「いやいやいや、それ、違うと思う。単純に心配な親心じゃないの?」
「上の二人は良くできた人たちで、わたしは、あんまり期待されているような子供じゃないから声かけられないと思っていたので……」
「そ、それは今まで心配ないような手のかからない人だったからじゃないの? お母さん的にはまさか結婚しないで28まで家にいるとは思わなかったから手をかけたいとかー世話焼きたいんじゃないの?」
「うーん」
「そんなマンション自力で買っちゃうの? 結婚したらどうするの?」
「でもーこの年まで恋愛なしで彼氏いないんですから結婚、無理じゃないですか?」
「いや、わかんないわよ、恋はいつも突然に落ちるものです! だってゆっきー今日は思いがけない大変身したんだよ! 今までこういうのあるって思ってた? 思ってなかったよね!?」
それはまあ、確かにそうですが……。
でもまー。
「本当なら美容院にも服も置いておいて、眼鏡屋よったら不動産に行きたかったけれど、今日結構散財しちゃったんでとりあえずやめときます」
「うん、やめて、ゆっきーあきらめちゃダメ、世の中まだ捨てたもんじゃないから、絶対ゆっきーが恋に落ちるような男が現れるからねっ!」
わたしは青木嬢に、ガシっと両肩を掴まれてガクガク揺さぶられた。
うーん。
恋愛ねえ……。
そんな出逢い、もうないと思うんだけどなー。
この時はそう思ってました。
この時までは。
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