第4話
「さて、今日はどんな感じにしますか?」
はて、わたしは何故ここにいるのですか?
レザーの椅子に座らされて、ケープをつけられて、鏡の前にいるのは何故ですか?
背後に美女二人とイケメン男子がいるのが鏡に映る。
「もちろん、ガッツリ男受けするようにやっちゃて」
はっ!? 青木嬢っ今なんと!?
「これまた弄り甲斐のある素材を連れてきてくれたねー青木ー」
ネイルばっちり、メイクばっちり、思いっきり髪を盛った美女が口を開く。
「デショー」
「真咲よりもこれは弄り甲斐あるわー」
「今度こそ、オレが担当ね、そうだよね? あゆさん!?」
わくわくした口調でイケメンが美女に話かける。
「何よ。あんたやりたいの? いいよー和也のいいようにやっちゃって、あ、メイクはあたしやるからそこは残しておいて」
「了解」
「あ、あの、青木嬢、な、何故ここに? ここに座るのは青木嬢では?」
わたしの言葉に青木嬢はにっこりと笑う。
あの花を背負ったような笑顔が鏡に映る。
「お礼です―お礼ー」
「はい?」
「ゆっきー改造計画です」
……改造してもショッカーを倒せるようなツワモノにはなれないですっ!
やめてえええええ。
30分前、わたしは青木嬢が指定した場所に赴いたのですが、そこには男性数名に声をかけられている青木嬢がいて、うわ、これがリア充クオリティかと内心思ったのに、すぐさまその群がる男性陣を振り払い、わたしを見るや一直線に歩み寄った。
眼鏡がなくて大丈夫かと確認されたが、コンタクトをしていると伝えたら、小さく握り拳をつくり「ヨッシャ」と呟いて、携帯を取り出しどこかに連絡をしたと思えば、わたしの手を引きあれよあれよという間にこの都心部にお洒落なヘアサロンのドアをくぐることに。
青木嬢は常連なのか臆することなくドアをくぐり、「あゆちゃん呼んで」とカウンターにいたスタッフに伝えると、ほどなくこの美女が店の奥から姿を現した。
青木嬢が美女に耳打ちすると美女はニヤリとわたしを見てほくそ笑む。その顔は美女というよりどこか黒い魔女を連想させる。そして細い指を組み合わせてポキポキと関節鳴らした。まるで喧嘩上等のヤンキーのごとく。
しかし、彼女の次の瞬間の声と言葉は営業ボイスだった。
「ようこそ、ヘア・サロン、プレシアへ、雪村様」
「は?」
「ささ、どうぞ~」
「はぁああ~?」
あれよあれよという具合に椅子に座らされてケープを捲かれてしまったのだった。
「とりあえずシャンプーしちゃいましょー。どうぞー雪村様ー」
イケメンに促されてシャンプー台に座らされてシャンプー台までの高さに椅子の位置を上げられて、リクライニングを倒されタオルを顔にかけられた。
な、な、何がどうなってんの~?
頭皮のマッサージをするがごとくするすると手際のいいシャンプーに内心あわあわする。
「痒いところとかないですか? 痛くない?」
「な、ないです」
何が痒くて何が痛いのかわからんですよ!
ないからなんとかしてくれ~!!
「んー! 泡切れスルッスルー!」
ハイテンションなイケメンの発言に何も言葉は出てこない。
「トリートメントするねー。どうする? 染める? ちょっとマニキュアいれようか? 黒いのもいいけど、もう少し色を明るくするといいと思うよー似合うよ!!」
「いいね、やっちゃって~」
シャンプー台から離れた場所で青木嬢の声がする。
ちょ、青木嬢! 人の髪を勝手に染めるよう指示するとはっ!?
「ラジャー」
わたしの意見はっ!? わたしの意思はっ!?
そう反発しながらも、シャンプーはやたら気持ちよかった。
タオル巻かれて、またカット台に座らされる。
「さてー随分長い髪だけどー、どうする?」
「……っていうけどさー、せっかくココに来てんだから~ほらほら、こういうのとか、こんなのとか~」
ヘアカタログを渡される……。
メイクもばっちりきまった20代女子のキラッキラした笑顔が満載の雑誌を渡されてページをめくられる。
美容室に来て、こういうヘアカタログを見せられて、うっかりこういう髪型に~なんてやったとしても、この髪型が持つものはせいぜい7時間が限度だということを身をもってわたしは知っている。
どうやっても、次の日、自分自身でスタイリングを試みても美容室からでた直後の髪にはならないことを……。
それで、大学に行ったら、女子から「可愛い~」なんて語尾にハートマークつきそうな感じで言われはしたものの……影でこっそり「なんか必死だよね~」なんて囁かれてしまったこともあるのですよっ!
ええ、当時、処女とヤリタイだけが目的だった、女子から人気の男子に声を掛けられていた時期なんですけれどね。
わたしごときが勘違いしてたイタイ時期ですよ。
美容室に行って髪をきっても所詮その程度なんですよっ!
しかもその時、ものは試しにと、一度パーマをあてたんですよね。
しかし、そのパーマは一週間後には取れてしまったんです。
姉に、「一週間だったら、もう一度かけ直してもらえるよ!」とか言われたけれど、そうなるとまた美容室に赴いて、長い時間パーマをあてる間、スタッフさんとの会話をとれということになる。
無理だ……。
そういえば、その時も男性スタッフでした。
別に男嫌いってわけでもないのだけれど、男性の思考って女性のそれとは違うし、どうやってコミュニケーションとっていいかわからない。
「はあ」「まあ」「いいえ」の三つで二時間以上どうやってやりすごせというのか。
無理ですよ。無理無理無理ぃっ!
よっぽどの伸びきって、髪を纏めるのが面倒くさくなったり、シャンプーの減りが激しいなと思ったら、カットは1000円カットでサクっとすませていたんです。
会社に行くには、纏めていれば問題ないですからね。
「前髪だっけっていってもさー、つまんないー」
じゃ、今のシャンプーだけでいいです。
もういいですからっ。
「和也ー躊躇わず、やっちまって」
あゆと名乗る先輩風の女性が口を開く。
「えーでもー髪は女の命っていうからあ、本人の意向も大事じゃん?」
あゆさんは青木嬢の爪にネイルを施しながら肩をゆすりクックックと咽喉で笑う。
まさに魔女。
「そんなボサダサ髪に命なんてないわよ」
キター!!
グッサリときましたよ! 思いっきり背後から切りつけられた感じです。
長年、綺麗目、可愛い子女子から影で囁かれていたような言葉を面と向かって云われましたよ!
しかし、面と向かって云われた方が思ったよりダメージが低い……。
「和也、あんたがやらないなら、あたしがやるわよ」
「いいえ。そこは譲りません」
譲れよ。いや、譲ったらば、魔女の呪いの餌食になるっ。
まさに前門の虎後門の狼?
逃げ場なしですか?
鏡に映るわたしの顔を見て、イケメンがにっこりと笑う。
「心配しないで、すっごくキレイにしてあげるから」
耳元でそうボソリと呟かれた。
めったにない若い男性の声が耳の近くで囁いた事実を、わたしの脳が受け入れることを拒否しました。
呼吸も瞬きもすることなく対して大きくもない目が、大きく見開かれている間抜けなリアクションが、鏡に映ったにも関わらず、微動だにできませんでした。
そして、二時間後……。
「いやあ、もうーいい仕事したなー」
カットを施した和也氏がしみじみ呟く。
あゆ嬢がわたしの小指にネイルをほどこし、小さなラインストーンを乗せた時、そう呟いた。
「腕あげたじゃん、和也のくせに~」
「いやー実力ですよ、ジツリョク」
「言うよね~。ネイルも完成。どうよ、青木。こんなんで」
青木嬢はお二人に拍手する。
いや、わたしも拍手しそうになった。
というか椅子から立ち上がって「なんじゃこりゃあああああ」と叫びそうになりました。
美容師って、整形外科医なの!?
何コレ!?
これ、誰!?
顔違うんですけどっ!!
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