第3話


 

 その場にいた女子が全員唖然としたので、そのあとひとしきり飲み食いしてお腹も満腹ほろよい加減になり、トイレに行くふりをしてカードで会計を済ませた。多少は楽しかったからこれぐらいならいいでしょう。もし、彼女達が追加したらそれはそれで自己負担してもらえばいいやと思い、わたしは帰宅した。


「ただいまー」

「……美幸?」

 母が珍しく玄関まで出迎えてくれる。

「何かあったの? 残業だったら連絡あるし、今日は月末じゃないし」

「あ、ああ。連絡しなくてごめんなさい。後輩に誘われてご飯食べてきました」

「後輩! 男の子!?」


 ……ここでもか。

 というか、最近、母の様子が、おかしい。

 これまで常に兄、姉に注目してきたはずなのに、ここ数年、なんだかわたしとの会話を図ろうとする。

 この人、お料理教室の講師もしてて別に専業主婦のようにずっと家にいるって人でもないのにな……。


「女子会ですよ」

「なんだ、てっきり美幸にも彼氏ができたのかと……」

「ありませんよ」

「……美幸、あのね、話があるのよ」

 

 改まって言われると、嫌な予感しかしない。


「お母さん、すみませんが、お話は後日にしてくれますか? ちょっと疲れたので」

 

 そう言い捨ててわたしは自室に戻った。

 生まれてこの方ずっとある意味放任主義だったのに、最近の会話をもとうとするかと思えばその内容から、彼氏とか恋人とか結婚のフレーズが母から聞かされる。

 彼氏はいないのか、恋人はいないのか、結婚は考えないのか。

 上の二人が片付いたんだから、いつものように、それで全部が終わったと思わないのだろうか?

 今まで、小学校も中学校も高校も大学も就職も、こっちからの事後報告をして納得してくれてたと思ったのにな。

 やはり適齢期に結婚しましたって事後報告しないのが問題だったのかしら?

 ……いや、もしかしたら両親は上の兄、もしくは姉の家族と同居を考えているのかもしれない?

 いつまでも自宅住まいのわたしは邪魔者!?

 ……ありえる。

 そこで結婚の話を最近ふってきているんですかね。

 うん、あるある。となると部屋を借りる……もしくは貯蓄もそこそこ溜まっているのでマンション購入、独り暮らしだから1ルーム~1LDKのスペースで。

 素早く一人暮らしなら賃貸って話だけど、多分結婚しないならマンション購入でしょう。最近ならローン組む方が、賃貸の家賃払い続けるよりはお得。

 ずっと実家暮らしだったから家事の不安は多少はあるけれど、このままだと一生独身だし、身の回りのことは自分で出来るようになっておかないとだめですよねえ。

 25歳を過ぎたあたりから、将来の予想図を考えていましたよ。

 このままおひとり様街道を驀進していき、その果ての孤独死。

 ……その未来予想図に恐怖を憶えるどころか、妙に嵌るなと得心しました。

 悪くはないと。

 死んだ後の事まで考えません。腐乱死体で発見されようが、白骨死体で発見されようが、もう自分死んでますから。

 今すぐ死ぬのは怖いですけど、一人老衰は悪くはない。そこが自分の寿命ですから。

 自分のやることなすことにあーだこーだと口はさまれて、好きなこともできない状態で好きでもない赤の他人と一生暮らすぐらいなら、好きなことやってお気楽なぼっちの方が断然パラダイスですよ。

 暫くはあれだ、不動産めぐり、ネットもそうだ、遊んでばっかりいないでいろいろ調べないとだめですよね。

 もう28なんだから終の棲家は確保するべきです。

 決めた、明日、明後日の休みは下調べして、いろいろ見て回ろう。

 休日の予定が決まったところで、シャワーを浴びてから不動産関連のサイトをPCで見て、時計の針が夜中の2時を回ったところで、ベッドにもぐりこんだ。




 翌日、昨夜のネット検索で夜ふかしと女子会のアルコールが重なって、通常よりも思いっ切り睡魔に捕われていた私に襲いかかったのは、体重12㎏の甥っ子の存在だった。

 幼稚園児が全体重をかけた渾身のフライディングボディアタックに無理矢理意識を覚醒されましたよ。


「みゆきちゃーん! あーそーぼー」


「……幸太君……朝はおはようという挨拶です」


 弱冠の寝不足+アルコールが残るこの20代下り坂の身体に受けた仕打ちに対して、かなり寛容に応えました。

 すると天使のように微笑む甥っ子。

 この笑顔があるから、「朝っぱらか何すんじゃ!! こんのヴォケ!」などと罵詈雑言は出てこなくなるのです。 

「おーはーよー」

 くっ……可愛い……。あれ?……眼鏡……。

 寝る間際に外してたような……。

 枕元をまさぐり眼鏡を持ち上げるとフレームがゆがみ、レンズに思いっきりひびが入ってるっ!

 今のフライディングボディアタックのせいだ!!

「幸太君……これ、さ。今ので壊れたと思うんですけど?」

 幸太君を見つめると幸太君はとても悪い事をしてしまったとサーと顔色を失くした。

 自分のしたことをわかったらしい。

「なんて言うんだっけ? こういうとき」

「ご、ごめんなしゃい……」

 わたしは、はーと溜息をついて、ベッドから出て、リビングへ向かう。

 既に朝食を終えてお茶をしている母と、幸太の母親であるわたしの姉がいた。

「美幸ーおはよう」

「おはようございます」

「久しぶりに遊びに来ちゃった。幸太が美幸ちゃんと遊びたいってうるさくて~」

 姉と甥っ子が来るたびに、甥っ子相手に……戦隊モノゴッコに付き合ってあげていたのですが、今日は無理ですよ。

「どうせ、漫画読んでDVD観てネット観てデショ? いつものようにやってやってよ~スカイレンジャーの悪役エルニーニョ将軍。幸太スカイレッドやりたいって」

 ネットやって漫画読んでDVD観て、甥っ子の戦隊ゴッコに付き合う…それはいつものわたしの休日ですが、今日は違う。

 姉に自分のさっき壊れた眼鏡を差し出す。

「無理です。貴女の息子さんが思いっきり壊してくれたんで、眼鏡を買いに行くんですよ」

 眼鏡の残骸を姉にちらつかせた。

 母と姉はびっくりして眼鏡を手にする。

 極度のド近眼なので、眼鏡無しだと非常に不便でしかたない。

 その残骸を見て、姉は驚いたように思います。

「幸太、アンタ、何やってんの!?」

 リビングのドアの陰に隠れてこっちの様子をうかがっているだろう甥っ子に、母である姉は叱責をとばす。

「ごめんなさいってちゃんと言ってましたよ。ただし、今後、フライディングボディアタックで人を起こすのは辞めるように言い聞かせて下さい」

「ホントごめん、美幸。眼鏡屋まで車で送ろうか?」

「いいですよ、まだ使い捨ての未使用のコンタクトレンズがあったはずですから」


 数ヶ月前に、結婚式に呼ばれたので仕方なく作ったコンタクトレンズですが、眼鏡に慣れているので、未使用のままあるはずです。

 簡単に朝食を済ませて、食器を流しに置く。

 普段ならここで自分の食器ぐらい洗うのですが、やはり汚れが落ちるか確認できないのでこのままにしておく。

 その様子を察したのか、姉がわたしの隣にいた。

「洗っておくわよ」

 さすがに、自分の子供がやった行いに、申しわけなさがあるのかもしれない。

 姉がシンクにたって、皿を洗い始めたので、お礼を言って洗面所へ向かった。

 洗顔をしてから洗面所の上の棚からまだ開封していないコンタクトレンズを取り出してようやく装着、そしてブラッシングをする。適度に身だしなみを整えてから自室に戻り、着替ると、携帯からメールの着信があったのに気がつく。

 スパムメールかと思いきや、送信は青木嬢からのものだった。

 昨夜のお礼がしたいので、お昼を奢るから目が覚めたら連絡をくれてというものだった。

 ……青木嬢……いつのまにわたしの携帯のアドと番号を自分の携帯に登録したのでしょう。

 最近の女子の手際、恐ろしい……。

 こういう勢いで、合コンで気になる男子のメアドや携帯番号をゲットするのだろうか。

 数秒迷ったけれど、とりあえず、彼女にお礼はいいよと返信すると、今度は直接携帯が鳴った。

  

「はい?」

「ゆっきー、おはよう! 何よ、昨日は勝手に帰っちゃって! しかも何あれ、勝手にお会計~!!」


 朝からテンション高いですね。


「今日、時間があるんでしょ?」

「眼鏡店にいくんですよ、寝起きに甥っ子に眼鏡を破壊されたので」

 予定はきちんとあると伝えたつもりなのに、彼女はハイテンションのまま、まくしたてる。

「買い物っ!! いいじゃん!! 付き添うよ~! そんでランチ奢るからねっ!」

 

 断りを入れることすらわたしに隙を与えずに、青木嬢は勝手に待ち合わせ場所と時間を指定して、慌ただしく電話を切ったのだった。

 トークで彼女に勝てる気がしない。

 派遣から本店販売に移った実力者だもの。


 しかし……最近の女子って……一体……。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る