第2話




「聞いてよ、最近さーあちこちであたしの友達に春がきてるんですけど。同窓会で10年ぶりの再会でお付き合いだよ! しかも、派遣切られて、腐ってた友達だったんだけど、彼氏がIT系社長になっててさーも―ドラマじゃない? あたしにもそういう出逢いがあってもよくない?」

 

 ビールで乾杯した後、青木嬢は一気にまくしたてた。

 大丈夫、青木嬢、貴女にもきっと春はくるよ。

 その美貌と笑顔は世の男性を虜にするでしょう。

 これぐらいの人だと男性の方が気おくれしちゃうんだよ、きっと。

 

「いいよねー、私の友達も、そろそろ結婚するってー学生時代からつきあってた彼氏とーウチで指輪買えと言っておいたよー」

「あーあたしも自腹で自社割じゃなくて買ってくれる彼氏がほしいー」


 ……20代半ばは結婚に憧れるのかなー。

 というかさ、出産するには適齢期なわけですよね、結婚適齢期=出産適齢期。

 自分の遺伝子を残したいっていう本能があるのかなー?

 人間に発情期はないっていうけれど、女子20代とかってある意味発情期?  彼氏がいそうに見えるのに、全然いないのか、この女子会参加のお嬢さん方は……。

 そして周りが彼氏やら結婚やらって話が上がって焦ると。

 確かにご祝儀貧乏って言葉もあるからなあ。

 結婚式にわたしを呼ぶような親しい友人がいなかったから、その言葉にピンとこない現状なんですが。


「ゆっきー、彼氏いなくても友達はいないの? ねえ合コン設定してよ、ゆっきーぐらいの年齢ならあたし的にはちょうどいいんだけどなー」


 ボフォオとビールをむせるというか思いっ切り噴き出す。


「わあ! ゆっきーってばーもー」

「雪村さん……大丈夫?」

 

 おしぼりでわたしのこぼしたビールを拭き取ってくれる。

 す、す、すみません。やります。汚くしてすみません。

 しかも噴き出したビールを綺麗目のお嬢さんに拭かせるなんて……うわあ、ごめんなさい。

 

「む、む、ムリ……ぐほげほ」


 恐縮しながら拭いてくれたおしぼりを渡してもらって、自分で拭き取る。

 青木嬢、あ、貴女はなんという無茶振りをするのですか。

 同性の友達も片手いるかどうかというこのわたしに、なんという依頼。

 ありえない。

 こういう女子会ですらここしばらくぶりだというのに。


「ゆっきーもそろそろ、そういう話はないの?」


 あったら青木嬢のご要望にお応えしてますよ。

 合コン設定ってやつを。

 わたしとしてはこのまま定年まで残って骨を埋める所存……。

 恋愛どころか同性間の友情も、この年まで上手く育んでない状況ですが。


「申しわけありませんが」

「友達の伝手とかは?」

「いえ」

 

 学生時代に一応友達らしい人もいましたが、やはりこの年になると誰もが家庭に収まって、連絡は疎遠になるのですよ。


 「ここ数年で、みなさん落ち着くところに落ち着いたようで」


 まあ、しかし考えようによっては、生まれてこの方わたしは、落ち着くところにずっと落ち着いてますけどね。

 わたしをじっと見て、青木嬢は眉間に皺を寄せ始めた……。

 な、なんでしょう……。


「それを見て、ゆっきーはなんとも思わないの?」

「な……なんとも……とは?」

「……すっごい聞きにくい事をズバリ聞いてもいいかしら?」

「は、はあ……なんでしょう……」

「もしかして、年齢=彼氏いない歴じゃないでしょうね」

「はい。もしかしなくても年齢=彼氏いない歴ですが……」


 青木嬢を始め、テーブルを囲んでいるお嬢さん達の動きが止まる。

 え? 呼吸すら一瞬してない?


「が、学生の時に、それらしい付き合いとかなかったの?」

 

 ブルブル震えながら青木嬢はのたまう。

 わたしは記憶を掘り下げて見た。


「も、もしかして、か、片想いとかも……ない……とか?」

「片想い……ありますよ、幼稚園の時」

「は!?」

「あ、あの……わたしは、三人兄弟の末っ子で、年の離れた兄と姉がいましてね、二人にとって格好の玩具というか、お菓子を食べる様がそれなりに可愛かったらしく、そのせいで、ちょいポチャっとしておりまして、そんなわたしはクラスで一番かわいい男の子に好意を寄せており、小学生になって思い切ってバレンタインのチョコを渡そうとしたら全力で拒否されました。『デブはきらい』と、それはそれはストレートなお断りをされまして……」

「そ、それ以来いないと……?」

「うーん……まーなんというか、子供って正直ですから、見た目が重視されますよね、それなりにショックで、で、成長期も入って、体重は標準値からやや下になったのが救いで……ああ、そういえばその中学生時代には一応、告白されたことがあります」  

 青木嬢を始め、テーブルについているお嬢さんたちもほっとした様子で、わたしを見る。

「告白されたけど、タイプじゃないから付き合わなかったんだ?」

「いいえ、罰ゲームでした」

「はい?」

「付き合おうって告白してきた男子生徒をじっと三秒ほど見たら、男子生徒は泣きながら、というか怯えていたのかもしれません。私の返事を待つことなく『ごめん、罰ゲームで言わなきゃならなくて』と、本来なら付き合い始めてある程度時間が経過したところでカミングアウトするところを、その場で告白したことは、いたたまれない思いがあったのかもしれませんが……やはり恋愛するにはそれなりの外見が重視されるのだなと、やはりここでも思い至ることになったのです」

「……」

「……」

「聞くのがだんだんアレになってきたんだけど、ゆっきー高校は?」

「女子校でしたので、そういった話は縁遠くなり、比較的にのんびりとした高校生活を送り……」

「大学は?」

「女子大?」

「いいえ、とりあえず共学でした」

「サークルやゼミで、恋愛対象としていいなと思った男子は?」

「……声をかけてくるのは罰ゲームではないものの……その……大変言いにくいのですが……」

「何よ」

 

 わたしはビールを飲む、酔いに任せれば多少は話やすくなる。


「やはり見た目で、『コイツ、男と付き合ったことなさそうだ、処女はまだ試したことないから、ちょっとチャレンジしてみるか』的な、ただヤルのを楽しみたい感じの方から声はかけられました……」

「そ、それはどうして……そう思ったのかしら? 聞いてもいいかしら?」

「はい。忘れ物を取りに教室に戻ろうとしたら閉じたドアの向こう側から、わたしと付き合わないかと声をかけてきた人物の友人と思しき人の声で、『雪村とゼミのコンパでいい感じだったんじゃね? お前のセレクトにしてはまた規格外だな』という発言があり『あー俺、まだ処女とヤったことないからさー、アイツ絶対処女だろ?』という対応を耳にしまして」

「……」

「過去の恋愛というか片想いや告白などを思い出していただくとわかるように、男性からはあまり、そういった言葉をかけられず、また、気さくに語りかけてくれるその人物には好感はあったのですが、その一言で萎えました」

「……」

「しゃ、社会人になってからも……?」

「はい、一応声をかけられたこともありますが、やはり友人以上の関係を臭わせた男性は、宗教勧誘とかデ―ト商法的なお誘いがほとんどでして、まれにそうでない場合かもしれないと思った人も、結局はやはり大学の時のような感じで、気まぐれお遊びを楽しみたい人のお誘いと判断し、お断りした次第で」

「……」

「という男性に縁のない人なので、大変申し訳ないのですが、青木嬢がご希望するような男性をご紹介できないのでご理解ください」

「……」

「……」

「……」

 三人の女子社員のお嬢さん方はわたしの顔をまじまじと見つめる。

 

「ちょ……笑えないんですけど、ゆっきー」


 いえ、平和な現状ではもうこれは笑い話ですが何か?


 

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