第7話
並べられたビールの泡のみに視線を向けました。
相手のメンバーの顔を一順できない。顔を上げたら、「もう気分が悪いんで帰っていいですか」ってホラ吹いてとんずらしたい~。
もうギブ。ギブです。
「なんだかもうビールに集中してる人がいるみたいなんで、とりあえず、乾杯しますかー? オレ的にはこういうの久々なんで、アルコールで緊張ほぐしとく? みたいな?」
青木嬢が肘でわたしの腕をつつく。あ、何? わたしが原因でこの流れですか?
なら、もういいですか? 帰っていいですか?
青木嬢、いつもの営業スマイルの裏に、「何、逃げの態勢なの?」的な黒い感情だだもれてますよ!
でも負けない譲れない。逃げたいんです! 逃げたいんですよ全力で!!
「いいんじゃね、とりあえずカンパーイ」
「お疲れ様ー」
グラスを持って上げるだけじゃなくて、何故、グラスの縁を合わせるのか。みんながグラスの縁を合わせるけれど、わたしだけは合わせずに添えるだけに留める。
「じゃ、幹事の俺から男性陣紹介するから、青木、お前女性陣紹介な」
瀬田氏が言うと青木嬢は親指と人差し指で丸を作る。
自己紹介しなくてもいいのか。
幹事から紹介っていうのもありか。いやこのパターンは初めてです。
意外かもしれませんが、合コンは初めではありません。
人数合わせに呼ばれたことがあります。ええ、それこそ引き立て役として。
そのたびに、この一番初めの自己紹介タイムはもう苦痛以外のなにものでもありませんでした。このわたしが合コンにおいて唯一口を開くのがこの自己紹介タイム。そしてもちろんその後は沈黙の海……。
質問には、「はあ」「まあ」「いいえ」の三ワードで乗り切って、もちろん質問すらなく存在感を消していましたとも。
それが今回ないのは、青木嬢の段取りなのでしょうか?
瀬田氏がハキハキと紹介を始める。
「一番端にいる奴が三宅。オレの会社の後輩ね、年は22で新人です。えーと会社はオレが学生の頃に携帯アプリを作ったのがきっかけで、幼馴染と立ち上げた株式会社GK。合コンすることになったといったら後輩の三宅が真っ先に名乗りを上げた。趣味はドライブらしい」
見た目はジャニーズ系の可愛い子だった。新社会人の初々しい感じもあるけど、合コン参加は真っ先に名乗りをあげるんだー。そうそう見た目で判断しちゃいけない。爽やか草食系がガッツリ肉食系なのはよくあることですよね。
「えーと端から小原さん24歳、趣味はビーズアクセ作り、販売の後輩。彼女の携帯ストラップは自作。けっこう上手いのであとで見てやって」
へー、青木嬢と小原さんはそういう繋がりもあったんですね。それは初耳です。そういえば携帯ストラップもビーズで作ったと思われるクラウンをつけていたような。手作りだったのか……すごいなあ。
「次は大学の先輩で高本さん、27歳、現在NKフーズにいます。趣味は食べあるき、グルメかと思いきやジャンク系からコンビニ新商品までチェックしてる、今回の合コン店を紹介しろといったら、高本さんは『なら女子を紹介しやがれ』とのことで今回参加、この店、高本さんセレクトね」
NKフーズって食品会社だよね……。趣味がお仕事なのかな……。
食べるのが好きなのかな、多分、男性陣の中でも一番大柄な体格。
無精ひげでもあったら熊さん的なイメージだ。
「吉井さん、25歳。うちの広報部にいます。趣味は意外にもカメラ。所持デジカメはニコンF90です。写メも上手いよ」
そうなんだ……意外な一面だ。吉井さんの趣味がカメラだとは……。
わたしが吉井さんに注目してると、瀬田氏の紹介が始まる。
「で、各務さん」
……目の前に座ってる人は、他人の空似じゃありませんでした。やっぱり、ご本人様でした。
各務氏……。
そうです、名前、憶えてますよ、各務聡。
大学の時、一緒のサークルで、話しかけてくれた数少ない男子でしたよ。
映画も本も、持ってるものがすごくかぶって、話が合って、一緒に映画を見たこともありました。(ほとんどがサークル活動内だから、二人きりってわけでもなかったけれど、まあ一回ぐらいは二人で行ったこともあったような気もする。忘れたい過去です)
一気に思い出す。
大学時代のあれこれを。
このわたしが、ほんの一瞬ときめいちゃったような甘酸っぱい気持ちに陥って、結局それはやっぱり夢物語だったんだよと、現実をみたことも。
「各務さんはうちの広報してます。28歳ね。趣味は映画観賞。サブカルチャー系が好き」
「瀬田、言葉選ばず言っちまえ、オタクでいいぞ」
「じゃ、オタクで」
「マジで言うか」
「え、今いいって言うから、いいじゃん。オレ等の仕事、突き詰めればオタク系だし」
瀬田氏の言葉に気を悪くしたふうでもなく、ニコニコしている。
「なので、そんなに緊張しなくてもいいよ、雪村さん」
各務氏がにっこりとわたしに向かって笑ってそう言う。
その場にいた全員がわたしと各務氏に注目する。
青木嬢も目が点になっている。
「雪村さんはオレと大学同じでサークル一緒だったんだ、久しぶり」
「……お、お、お久しぶりで……す」
「えー、何、ゆっきー知り合いだった!?」
青木嬢がびっくりしたように、問いかける。
男性陣も「えーすげえ偶然じゃん」なんて言ってますが……。
まったくもって、恐ろしい偶然ですよ。
この三人の魔女もとい、お嬢さん方に顔をデコられて、大学の時とは雰囲気変わったはずだから、相手が気がつかなければいいのにと、そんな僅かな希望すらもたった今こっぱみじんです。
やっぱり気がつきますか、どうしよう。
思い出せば、各務氏との交流、縁の切り方もまずかったんですよねー。
ゆっくりフェードアウトすればよかったのに、わたしにご注進した彼女の目の前で、教えてもらった各務氏の携帯番号を着拒して、「各務氏の携帯は今着拒否したんで、ご安心ください」と告げると、彼女も驚いていたけど、どこか安心したような顔していたので、ああこれでよかったんだなと思いましたし。
貸し借りしていた本やCDは「お借りしていたのですが本人に渡すよりもあなたから彼女であるあなたから返却してください」と彼女経由で渡してもらうようにしたし。彼女はさすがに迷惑そうだったとうか困惑気味で「それぐらいは雪村さんから渡しても」と言われましたけれど、「ヘンな女が彼女の存在を無視して話しかけるのも外聞よくないと思われるのでお願いします」と丸投げして、そして各務氏本人に声をかけられても、ちょっと時間がないのでと逃げるように会話をしないで遁走し、180度の視界にはいるようならば半径500メートルは距離をとり……。
だってそうでもしないと思い切れなかったでしょうし。
たとえ処女とヤリタイ目的だとしても、表面的にはそんなことは見せない紳士だったから、男慣れしてない自分はころっと……、目的がそれでも、彼女がいても、傍にいたいなとか思っちゃうじゃないですか。
でもそれはよくないでしょ。
どんくさい自分にしては完璧にーいえ、もともと交流苦手だからこそ、かなりうまく彼から離れたと自負していたんですよね。
「えーと、ゆっきーこと雪村さんは28でうちの総務、趣味は読書、本屋さんが好き」
「オレと同じサブカルチャー系だよね」
「……は、はあ……」
すみません、オタクです。
読むのはラノベ、ミステリ、時代小説、あとは漫画、ネット小説、最近は甥っ子幸太と一緒に児童書絵本等々も……でも、才能ないので自分で創作とかはしたことないです。ただひたすら、需要するだけです。って、心の中で自己紹介してどうするよ。
そして何故、青木嬢と交互で各務氏がわたしの趣味を公言するんですか……。
「じゃ、とりあえず、そういうことでー」
「瀬田、幹事の紹介すっとばしてる」
各務氏がやんわりと瀬田氏にいうと、瀬田氏ははっとする。
「あ、そか、俺は瀬田で、25歳、今回青木と同じ中学出身、ちょっと前に同窓会で連絡とりあったのがきっかけで、今回の合コン幹事やってます」
「で、瀬田君の同級生だった青木です、年は瀬田君と同じーで、宝飾店勤務販売です。趣味はビーズアクセ作ったりウィンドウショッピングしたりするのが好きかな」
「じゃ、一通り紹介終了ってことで、はい、もう一回カンパーイ」
瀬田氏がまたグラスを上げる。
自己紹介というか幹事からの紹介が終わって安堵したのか、みんなも緊張してたのか、ノリ良くグラスをもう一回合わせる。
その時、またわたしはグラスの縁を誰とも合わせないようにしていたのに、誰かがわたしのグラスの縁を合わせた。
グラスの縁からその持ち主の指、手からその先に視線を移すと、それは各務氏だった。
視線を走らせたのは一瞬だったのに、ばっちり視線があっちゃいましたよ! 各務氏は……にっこりと笑顔だけど……
こっちは笑顔なんて引き攣るばかり、とにかく、この場の数時間をどうすごせばいいのでしょうか。
経験値の低さをこれほど恨めしく思ったことはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます