第2話
その男の後ろ姿が隣の車両に消えていくのをそっと見届け、私は泣きそうになった。心臓が壊れそうなくらいドキドキしている。慌てた拍子に男の爪が刺さったのか、脇の辺りがヒリヒリして痛い。こんなところに触れられたのは初めての事だった。
桜木町の叔母の家へ行った帰りの電車の中、ウトウトしていると突然、冷たい感触を右肘のあたりに感じた。フッと目を開けると、知らない若い男と目があった。その近すぎる距離感から冷たい感触の原因に思考が行き着きハッとする。見ると身八つ口から手を差し込まれてしまっていた。思わず「えっ!?」と声を出すと男は慌てて手を引っ込め立ち上がり逃げて行った。
誰かに助けを求める事よりも、少しでも触れられたことがショックで全く動けない。私の馬鹿。なんで居眠りなんてしてしまったんだろう。自分を攻める気持ちで頭がいっぱいになる。触れられるなら先生がいい。いいえ、先生じゃなきゃダメ。先生じゃないといけないの。
こんな時なのにじわじわと先生の事で頭がいっぱいになってくる。そんな自分がいじらしくてなんだが余計に泣けてくる。触れられたショックより先生に触れて欲しい気持ちが勝って涙の色すら変わっていくようだ。あぁ…先生にお逢いしたい。鞄からハンカチを出しながらふと自分の爪が色づいている事に気づく。
小指の爪だけがほんのりと赤いのだ。
さっきまで普通の色だったのにこの赤色は一体何?どこかで同じ様な爪を見た事があった気がする。確か何かの本だった様な。あれこれ考え込んでいるうち電車が新橋に着き、私は家へと急いだ。
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