第1話

『先生、先生がお菓子なら頭から食べてしまいたいくらい私は先生の事が…』


そこまで書いて私は筆を止める。顔が熱い。鮮明に思い出せる先生のお顔。少し幼くて、でもお声は男らしくて艶っぽい。その不一致は、お稽古中いつも私を混乱させた。


先生は12歳年が上の小唄の先生。父に勧められるがまま小唄をはじめてもうすぐ1年が経つ。最初はどうして男の先生なの?なんて思っていたけど、いつの間にか私はお稽古が楽しみで仕方なくなっていた。それはいつから何がきっかけだったかなんてもう覚えていない。


気がついたら撥を持つ先生の長い指にやたら胸が高鳴るようになってしまった。やけにボーッとして先生の言っていることが頭に入ってこなくなった。自分がおかしくなってしまったようで最初はとても怖かったっけ。先生に会うのも少し怖くて、だけど会いたくて。それは17歳の私には初めての感情だった。


『食べてしまいたい』と思うだなんてはしたない。


ぐしゃぐしゃと便箋を丸める。生暖かいものが頬をつたい、丸めた便箋を握りしめている両手に零れ落ちた。それを皮切りに次から次へポタポタと瞳から垂れ落ちてくるものが私の顔を手を着物を濡らした。


「ねぇ。先生?どうして結婚しているの?」


何度心の中で同じ様に問うたかしら。ポカポカと殴って責めたくなるような、心を閉じて諦めたくなるような、目の前が真っ暗になるようなどうにも出来ないこの気持ち。


こんな苦しい気持ちにさせるだなんて先生は本当にずるい。本当に悪い人だ。

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