第8話
その日、私は異常に眠たくて土に潜って本格的に眠っていた。
いつもはお気に入りの大きな葉の下で眠るのに、なんだか深いところに潜りたいような初めての気持ちだった。あんまり深く眠っていたのでその声がいつから聞こえていたのかよく分からない。
気がついたら頭上の土の隙間から部屋の光が差し込んできていた。
あぁいつの間にか彼が帰ってきたんだなぁ…とぼんやりと思った。
「ええ…どこにいるの!?」
それは初めて聞く声だった。
頭上に降り注いでくる光と凄く似合うような、綺麗なコロコロした声だった。
え?だあれ…?
私は土の中で薄らと目を開けた。聞いたことのない女の子の笑い声が聞こえてくる。
「あれ、土の中で寝てるのかな?」
彼の声がする。
彼の顔が見たくて、私はそっと手を伸ばして頭上にかかった土を払って地上に出てみた。
「あ…!いた…!」
長いまつ毛に囲まれた2つの大きな瞳がプラスチック越しに私を覗き込む。
可愛らしいゆるい2つの三つ編み。
思わず触りたくなるような柔らかな茶色の髪。
私は首を伸ばして彼女をじっと見つめた。
あなたは誰?
「ねぇ。ナギくん、どうしてカエル飼う事にしたの?」
トントン…。
プラスチックの壁を優しく叩く音がする。
彼女の形の良い長い指が私の目の前で小さくワイパーのように右へ左へ揺れた。
『ナギくん』
そっか。彼の名前はナギくんだったのか。
初めて知った彼の名前を頭の中で呼んでみる。
なぜだかとても泣きたくなるような気持ちになった。
「なんでだろう。小さくて。心許なく見えたからかなぁ…。」
彼女と並んで私の部屋を覗き込んでいたナギくんが柔らかな視線を彼女に向ける。
深い親しみがこもっているような今まで一度も見たことのないような表情だった。
2人は見つめ合ってふふふと仲良さそうに笑った。
とっても近い距離で。
ナギくんが、彼女の長い指をそっと握る。
私は、思わず声を張り上げた。
聞いたことのない声が喉から出てくる。
ナギくんと彼女は驚いた顔で一斉に私を見た。
「初めて鳴いた。初めて声聞いた…。」
ナギくんがビックリしている。
私は止まらなかった。2人の距離が離れるまで鳴いてしまえと思った。でも、すぐに疲れて息が続かなくなってしまった。苦しい…。声がうまく出ない。
2人はいつの間にかベッドの方で仲良く並んで座っている。
しばらくして部屋の電気が暗くなった。
悲しくて、後ろ足で必死に土を掘った。
深く、できるだけ深く。
もう地上に上がれなくなってしまってもいい、そう思った。力の限り深く掘って奥へ潜るとあたりは凄く冷たくて私は疲れ果ててそのまま眠ってしまった。
まるで深いところの意識を全部、自分の中から投げ出すような、手放しの眠りが私を迎えにきてくれたようだった。
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