第6話

頭上にある巨大なパネルが眩しくてよろよろしながら歩いた。

PCのキーボードを小気味よくパチパチ打っていた彼の手が私の方に伸びてくる。

手のひらに乗るとまたフワッと上昇する感覚と共に、急に視界が広くなった。


「カエルの飼い方、飼育ゲージに水場を用意する…ええーと、湿度管理…?湿度計か…。」


んーー…と呟きながら暫く首を捻っていた彼は突然スッと立ち上がった。その拍子に体がゆらっと揺れて私は思わず足を踏ん張る。彼は部屋の隅に向かって行き、目の前にある棚の1番上の段に降りるように私を促した。恐る恐る掌から棚の上に移動する。その途端、目の前の大きな怪獣のフィギュアと目が合ってしまってびっくりした。


それからしゃがんで暫くガサゴソ何かしていた彼は、ふと立ち上がり、何かを私の隣にそっと置いた。


それは透明の箱だった。蓋を開けて中から何かを取り出している。何だろう?

私は首を伸ばして目を瞬かせた。

黒い…もの。マイク?マイクが2本、両手に握られている。彼はキョロキョロ部屋を見回してからベッドの上にそれをそっと置いた。大事なのだろう。壊れやすいのかな?

こちらへ戻って来ると彼はさらに大切そうに両手を使って私を掬い上げた。

そしてその空になった透明の箱の中に私を入れた。


「ちょっと我慢しててね。」


見上げると心配そうな表情の彼の顔があった。すぐに彼は居なくなり、ガラッと窓が開く音がした。部屋の中に外の空気が入ってくる。


私はツルツルしたプラスチックの上をペタペタ飛んでみた。すぐに透明の壁にぶつかった。痛いような痛くないような感覚。気をつけて飛ばないといけない。ここが私の部屋になるのだろうか。頭にさっきのマイクがよぎる。大切そうだったあのマイク。場所を奪ってしまってなんだか申し訳ない様な気がした。


改めて、プラスチックの壁を隔てた向こう側の彼の部屋をぐるっと見渡してみる。


たくさんのCDと見たことのない機械。スタンドにギターが立てかけられて並んでいる。バタースコッチブロンドのテレキャスターと、さっき彼が弾いてたストラトキャスター。色はサファイアブルーのトランスペアレント。それとアコースティックギターもある。キラキラして見えるピックガード。多分マーチンのアコギだ。床にはギター用のアンプとか、黄色や赤など色んな色をしたエフェクターが並んでいる。どれもどこかで見た事があるし、どんな音がするのかどんな使い方をするのかも知っている。何故だか分からないけど、私はギターの事をよく知っていた。ネックを握った時の感触も思い出せた。誰かと2人で1本のギターを弾いている記憶がよぎる。誰だろう、一体。何かとても哀しい気持ちがもたれかかってきた時、窓の外からこちらへ戻ってくる彼が見えた。


「ごめん、お待たせしちゃった。大丈夫?」


私は頷いて見せたけど、彼は気づかない様子だった。代わりにフワッと箱ごと宙に持ち上がる感じがあって窓の外に連れて行かれた。上空には深い色の夜空があってずっと遠くにさっきの月が小さく見えた。


必死にここへ歩いて来た事がずっと昔のことの様に思える。そうだ、私はさっきこの世界に生まれた。カエルの姿で…!


そう思った途端、なんだか身体が熱くて息が苦しくて、視界がボヤけてくる感じが私を襲った。

すぐ隣に彼の手が現れて茶色い何かをフワッと積んだ。土の良い香りがする。同時に気が遠くなる。

目の前が真っ白になって、プツプツ途切れる。どうしたんだろう私、もう死んじゃうのかな…?そんな不安がよぎった後、体が急に、フッと軽くなった。


え…?


心地よい冷たさが全身を覆った。瑞々しい感覚に目が冴える。本能的に腕を伸ばして気がついたらスッーと泳いでいた。気持ちいい…!生き返る心地がした。


「良かった!間に合って。干からびちゃったらどうしようかと思った。」


彼がホッとしたような顔で呟く。私は水をパシャパシャ叩いて合図を送った。でもやっぱり彼には通じない様子だった。


彼は箱の中に水場を作ってくれていた。殺風景だった箱の中に石ころや土、枝や植物なんかがいつの間にかびっしりと入っていた。そっと箱が持ち上がる。彼は部屋に戻るとさっきの棚の上に私の部屋を置いてくれた。ここならきっと、彼の姿がよく見える。あぁ、嬉しいなぁと私は思った。

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